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【四方バ会議】2

メリクリでーす。

「はーい。分からず屋のみんなをボコすために【四方会議】を開催したいと思いまーす」


やさぐれた桜月の声が、部屋の空気を一気に凍らせた。


冗談めかした口調とは裏腹に、そこに込められた殺気は本物だった。


朱奈、紫乃、麗音。


三人もまた、笑顔も余裕もどこかへ置き忘れたような顔で互いを睨み合っていた。


視線と視線がぶつかるたび、見えない火花がパチパチと散っていた。


「あの、落ち着けって」


俺が仲介しようと思ったが、四人に睨まれる。


怖っ!


「聡君は黙ってて。乙女にはね、何があっても引けない瞬間があるの」


「いや、でもさ……」


「――これだけは譲れないのよ」


被せるように麗音が低く言った。


「私も、この案件に関しては東雲家の力を使うことも辞さないです」


紫乃が静かに一歩前に出る。


「そうそう~


――私も引く気はないよ」


ホワホワした笑顔の仮面を外した朱奈が、三人を真っ直ぐに睨み返す。


そして、四人の視線がぴたりと俺に集まった。


「結婚したら、『西園寺聡』だよね?」

「『北川聡』よ」

「『東雲聡』です」

「『南条聡』に決まってるよね~?」


……どうしてこうなった。


時は少し前に遡る。


「将来、不安だなぁ……」


何気なく、零した俺の独り言。


頭に浮かぶのは就活の二文字。


それ以外に意味なんて全くなかった。


「日本だと一夫多妻は認められていませんからね」


「……ごめん、どういう意味?」


即座に返って来た紫乃の一言に、俺は思考を丸ごと持ってかれた。


「何って、大学を卒業したら、紫乃にプロポーズしようと思うけれど、他の三人が可哀そうだなぁ、ってそういう話でしょう?」


「一ミリも掠ってないぞ?」


全く見当違いだ。


ただ、紫乃の指摘はもっともだと思う。


紫乃にプロポーズするかは一旦置いておいて。


「どうしたのよ?」


麗音が話に割り込んできた。


「聡さんが結婚生活について考えているようです」


「え? そうなの⁉ 聡ったら、もうそこまで……」


麗音が俺を見て、頬を一気に赤くした。


とりあえず、紫乃。


嘘吐くのはやめようか。


俺の思考を一ミリも掠めてないんだわ。


「なになに~。どうしたの~?」


今度は朱奈が興味本位で首を突っ込んできた。


「ああ、将来の」


「聡さんがマリッジブルーを心配しているようです」


「え~。聡君は心配性だなぁ~」


「ふふ、全くです」


「私たちに限ってそんなことはないわよ」


朱奈、紫乃、麗音が俺を見て優しく微笑む。


うん、だから、紫乃。さっきから結婚生活も、マリッジブルーも考えてないんだが……


「何々~? 聡君ってば、私へのプロポーズの言葉を考えてるの?」


最後のピースが満を持して割り込んできた。


「いや、俺は」


「子供の名前を考えているそうですよ」


「えぇ! 気が早すぎるよ! もぉ!」


桜月に背中をバンバン叩かれる。


もう、いいや……


どうしても紫乃がそう言う話をしたいということで頭を切り替えた。


「さっき紫乃が言ってたけど、日本だと一夫多妻は認められてないから、事実婚って形になると思うけど……」


外国に行けばなんて話もあるが普通に怖い。


それに、ご飯が美味しい日本から出る理由はない。


「でもさぁ、結婚は憧れるよね~」


朱奈がうっとりと遠くを見る。


「わ、私は興味ないけれど……聡がしたいのなら……」


「素直になりなよ、麗音。紫乃はどう?」


「どう……と言われても……」


紫乃は本気で理解できないという顔で俺たちを見回した。


「聡さんと結婚できた者が、正妻になれると思っていたのですが……違うのですか?」


そのまま流れるように、俺の膝を枕にしてきた。


「東雲聡……いい響きです。ね、聡さん?」


「え? ああ、そうだな」


「ふふ、聡さんなら東雲家を継ぐにふさわしいです。父も歓迎するでしょう」


俺、入谷姓のまま生きると思ってたんだけど……


「――ちょっと待ってよ」


桜月は首を少しだけ傾げ、瞳孔を開いている。前髪が唇にかかっていて危ない雰囲気を醸し出している。


「西園寺聡の方が良くない?」


頬を膨らませて、俺の手を取ってきた。


「え、それもありかも……」


「――駄目よ」


即座に麗音。


俺の腕をがしっと抱き込む。


「北川聡が一番合うわ。ね?」


「え、と」


「ダメダメ~」


今度は背中に柔らかい感触。首に腕を回される。


「南条聡だよね~?」


━━━


━━



「「「「――は?」」」」


……冒頭に戻る。


「――ということで、私たちは【四方会議】で決着をつけてくるね!」


「店に迷惑をかけるなよ?」


「は~い」


四人は肩を並べ、まるで仲良しグループの放課後みたいな空気で部屋を出て行く。


さっきまでの殺気が嘘みたいだ。


……いや、逆に怖いな。


「はぁ……」


ドアが閉まった後、部屋には一気に静けさが戻った。


それはそれとして、将来どうしようかなぁ……


スマホを手に取り、就活用に入れておいたサイトを開く。


業界一覧、企業研究、説明会情報。


……眺めるだけで、気力が削られていく。


次は業界地図。


横文字だらけの図を眺めて、三十分もしないうちに、集中力は完全に限界を迎える。


俺はスマホゲーを起動して、思考停止した。


指だけ動かしていればいい世界は、なんて楽なのだろう。


だが、それもすぐに飽きる。


ソファーから起き上がり、背中を反らして軽く伸びをすると、骨が鳴った。


「そもそも、働きたくない……」


口に出してみると、妙にしっくりきた。


転生特典で、それなりにお金はある。


ただ、桜月たちも彼氏が無職というのは体裁が悪いだろう。そこまでダメな男になりたいわけではない。


ただそれはそれとして、働きたくないのはこの時期の大学生あるあるだと強く主張する。


「桜月たちはどうするんだろうなぁ」


ふと、四人の顔が浮かぶ。


『聡君のお嫁さん!』


全員が同じノリで言いそうな光景が容易に想像できて、思わず口元が綻んだ。


「……それにしても、遅いな?」


いつもの【四方会議】なら、小一時間ほどで戻ってくる。


もう二時間も戻ってこない。


「……見に行くか」


財布をポケットに突っ込み、部屋を出た。



桜月たちは近所のファミレスですぐ見つかった。


テーブルの上には、空になったパフェの容器が散乱していた。


……何個目だ、これ?


俺は運よく、テーブルの仕切りを挟んだ反対側の席に滑り込めた。メニューを眺めるフリをしつつ、耳だけを全力で隣に向ける。


「桜月、食べすぎよ」


「太るよ~?」


麗音と朱奈が桜月を注意する。


「大丈夫、大丈夫! どうせ、夜の大運動会でカロリーゼロだから!」


おい……


今日だけは意地でも逃げたくなった。


とはいえ、四人が本気で喧嘩している様子はなさそうだ。胸を撫で下ろす。


「はぁ……」


紫乃が小さくため息をついた。


「どうしたの?」


桜月が追加注文したパフェを食べながら、紫乃を見た。


「最近、聡さんは自分の将来について案じることが増えましたよね?」


「そうね。大学生活も折り返しだから、健全な悩みだと思うけれど」


「羨ましいです」


「え?」


「私は父に将来を決められているので、悩む余地すらありませんから」


「私たちとは逆の悩みなんだね~」


なるほど、と思う。


決められた人生と、選び取らなければならない人生。


どちらが楽かなんて、一概には言えない。


「紫乃は、やりたいことでもあるの?」


桜月はパフェを食べ終わると、またベルを鳴らそうとした。


いくつ、食べる気なんだよ……


「私は



――聡さんの駄メイドになりたいのです」


神妙な顔で何言ってるんだ、こいつ……


「私は、没落令嬢。父によって、新興財閥の入谷家に出稼ぎに行かせられるのです。ですが、箱入り娘の私にできることなど何もなく、ただただ無能を晒すだけでした」


まさかのストーリー付き……。


「私に人権などありませんでした。傲岸不遜な聡さんによって、奴隷のようにこき使われ、そして、嫌がる私を組み伏せて、身体を弄ぶのです」


俺が鬼畜なの何なん?


「ですが、聡さんも長として、常に決断の苦悩を強いられていました。当然です。若くして父を亡くし、重圧の中で一人、決断を重ねてきたのです。そのひたむきな姿に私は惹かれていき――」


そして。


「売られた元令嬢の駄メイドと、孤独な会社の若き長。最終的にはーー」


「駄作の恋愛小説ね」


「は?」


大人しく聞いていた麗音が鼻を鳴らして、紫乃の夢?に茶々を入れた。


「そこまで言うのでしたら、麗音さんには崇高な将来像があるのでしょうね?」


「当然よ


私は――拷問官になるわ」


俺はそっと手を挙げた。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


「頭痛によく効くものを」


「はい?」


「……すいません。コーヒーを一杯」


「……かしこまりました」


店員さんを見送ると、お冷を飲んで心を落ち着けた。


「新興財閥の長、入谷聡はメイドへの暴行はもちろん、自分の会社を守るために汚れた仕事をたくさんしてきた。それこそ、人殺しのようなことも、ね」


まさかの紫乃の話の続きですかい……


後、俺がクズなのは何なの?


「闇に葬られた罪を暴くために拷問が行われたわ。けれど、どれだけ拷問しても、口を割らないのよ。そこで、派遣されたのがスーパー拷問官である私――北川麗音よ」


麗音のドヤ顔が可愛いなー


「私は毎日、毎日、聡を独房で拷問したわ。けれど、『これ以上、話すことはない。殺せ!』って言うくらいには口は堅かった。だから、私は、最後の手札を切ることにしたの」


「それは何なの?」


「決まってるじゃない――房中術よ」


ガムシロップを追加。頭痛が痛い……


「それからの聡は情けないくらい情報を漏らすのよ。『麗音様ぁ、生意気な態度を取ってしゅいませんでしたぁ!』って。ふふ、楽しいわね」


色仕掛けで負けるなよ、入谷聡!


「聡は無期懲役。聡とは一生独房で過ごすの……」


コーヒー美味しい……


「はぁ……そんなのが将来の夢だなんて、情けないな~」


「……そこまで言うなら朱奈の夢を聞かせなさいよ」


「決まってるじゃん~。酒場のママだよ~」


ギャンブラーじゃなくて良かった……酒場のママ?


「田舎の漁港で小さな酒場をやるの~。訳ありの人たちが集まって、素性は聞かない~。私は、ただ話を聞いてあげるんだ~」


……それはとても似合う。


アレ? 意外とアリか?


「そこにね、ある日、ボロボロの聡君が流れ着いてくるんだ~」


麗音から逃げ延びたのか……俺。


「最初はただのお客さんだったんだよ。だけど、お金がなくてね~。仕方がないからうちの仕事を手伝ってもらってたんだ~。そしたら、凄い頑張り屋さんでね~。店は徐々に大きくなっていったんだ~」


俺の人生、波乱万丈すぎるだろ。新興財閥の長から、罪人、最後に流浪人って……。


「聡君はいつも悲しそうな瞳をしていたんだ~。そんな聡君に徐々に惹かれてね~。最後に、私たちは結婚するんだ~。そして、いつまでもいつまでも幸せに暮らしたんだ」


まぁ、ハッピーエンドな気がするけど――


「そんなので、私の聡君が幸せになれるわけないじゃん!」


「――へぇ」


朱奈が目を細める。


「私は、牧場を営むんだ!」


さぁ、最後に入谷聡はどうなるのかな。


「酒場の夫婦は確かに幸せだった。だけど、ある時期から、奥さんがお金に目がくらんで、ギャンブルを始めちゃうの……」


なんだろう。リアリティが、ありすぎるような……


「徐々に性格が荒んでいく朱奈を見て、聡君は愛想が尽きて、夜逃げを決意するんだ」


また、逃亡生活……


「そこで丘の上で牧場を営んでいる私の家に逃げてくるの。その途中で、狼に襲われている私を助けてくれたの。そこで、私はコロッと落ちちゃうんだよね」


桜月さん、チョロすぎる……


「私の猛列なアプローチの末、ついに聡君は私の家で一生暮らすことになるんだ。暴力的な一面がある聡君だけど、そこは近くの狼や熊を殺せば解消される。麗音の拷問で負った心の傷も牧場なら療養できるし、朱奈みたいな物欲も別にないから、私と聡君はいつまでも幸せに暮らしました。あ、でも聡君には性欲だけはあるよ。もう、絞っていいのは牛さんだけだよ、もう!」


なるほど、割と健全。


そう思った瞬間。


「ところが、駄メイドである私は入谷家を再興させ、桜月さんの牧場を買収したのです。そして、聡さんは今度こそこの国の頂点に立つために、社長に就任し、私に惚れ直すのです」


「申し訳ないけれど、聡の罪はまだ残ってるのよ? 再び社長の座に付いたとしても悪逆の限りを尽くす聡を私は拉致し、再び牢屋にぶち込んで、聡が誰のモノか教え込むのよ」


「残念だったね~。牢屋には私もいたんだ~。また一緒にやり直そうって獄中で愛を誓い合うの。そして、二人で脱獄して幸せに暮らすんだよ~」


「でも、また財を成した朱奈は投資詐欺に引っかかって、聡君と二人で路頭に迷うんだ。お金が嫌になった聡君はまた朱奈から逃亡。私はお金がないから踊り子をやって生計を立ててたんだけど、聡君はなけなしのお金を使って、私を買い取ってくれるの」


………………。


「……さっきから、私の夢にケチをつけるのやめてもらってもいいですか? はっきり言って邪魔です」


「それはこっちの台詞よ。駄メイドでも、酒場のママでも、牧場を営んでもいいけど、聡を絡ませるのはやめてもらってもいいかしら? 聡は罪人よ。罪を償わなきゃいけないのよ」


「拷問は人権を無視してるよ~。それより、私をギャンブルとか投資で破滅させたりするのはどうかと思うんだけど~?」


「普段の生活を振り返ってみれば、いいんじゃないかな~? お金は生きていく上で何よりも大事だからね~。ま、お金で愛を買えると思ってる駄メイド(笑)もいるみたいだけど~?」


「ふふ、助けられるだけの無能プリンセス(笑)に言われたくないです」


声量は上がっていない。


だが、言葉の一つ一つが殴り合いだった。


気付けば、周囲の客の視線が集まっている。


「とんでもない彼氏なのね……」

「あんな綺麗な女の子たちを開発するなんてどんな男なのかしら?」

「リア充死すべし……」


ひそひそ声が、背中に突き刺さる。


「――」


その瞬間。


俺の中で、何かが静かに切れた。


「お前ら……」


「何よ、聡。今いいところだから、黙ってて頂戴」


「そうだよ~……アレ~?」


四人の視線が、一斉に俺に向いた。一瞬だけ笑顔を浮かべた四人だが、俺の雰囲気を察して何も言えなくなっていた。


「……散々、好き勝手言ってくれたな~?」


声は低かった。


怒鳴ってはいない。


だからこそ重い。


「「「「――」」」」


「俺は、暴力男でドМ奴隷の脱獄者で、普通の幸せじゃ満足できない権力大好き男って認識らしいなぁ。ええ?」


「え、えと」


「はは、いいよいいよ。こういうのって、自分がどう思ってるかじゃなくて、相手がどう思うかが大事だからな。うんうん。勉強になった」


乾いた笑いが店内に響く。


「――さて、帰ろうか。色々、聞きたいこともあるし。な?」


「あ、あの」


「ああ、決定事項だけ伝えておくわ」


俺は桜月の言葉を無視した。


「麗音はしばらく一人で寝ること」


「な⁉」


「紫乃は禁酒」


「そ、そんなぁ……」


「朱奈はギャンブルの永久停止」


「――」


「桜月は、甘い物厳禁」


「お、横暴だぁ!」


四人が一斉に反論しかけたその瞬間。


「――黙れ」


一言で空気が凍った。


店内の視線が完全にこちらに集まったため、俺は会計を済ませ、外へ出た。


少し多めに払って置いたのは、せめてもの礼儀だ。



「ま、待ってよ!」


一拍遅れて、四人が外へ飛び出していた。



いつもなら無意識に四人と歩幅を合わせるが今日は違った。


俺は先頭を歩き、少し後ろをついてくる。


「こう言ったらダメだけど、怒ってる聡君もいいね……」


「わ、私も。駄メイドになりたくなってきたわ……」


「ふふ、今夜はそういうオシオキが待ってるかもしれませんよ?」


「楽しみだね~」


……全く反省してないな。


仕方ない。最終手段を使うか。


「ああ、そうそう、これも言っておかないとだ」


声は淡々としていた。


感情は一切乗せない。


「しばらくドスケベ禁止な?」


次の瞬間。


「「「「え⁉」」」」


四人の声が綺麗に揃った。


足音が止まり、空気が一瞬で張り詰める。


「当然だろ?」


俺は肩を竦めた。


「俺は鬼畜らしいからな。性欲をコントロールできるようにならないといけないんだ」


そして、ほんの少しだけ間を置いて――


「――絶対に部屋に入れないからな?」


その言葉が落ちた瞬間。


「ごめんなさああああああい!」


「反省するから許して~~!」


「謝るからぁ!私が悪かったわぁ!」


「お願いします、聡さん! そんなことされたら生きてられないです!」


さっきまでの余裕は跡形もなく、泣き声と謝罪が一斉に押し寄せてくる。


袖を掴まれ、背中に縋られ、足元で懇願される気配。


……効果は、抜群だった。


「さてさて」


俺は歩みを再開しながら、言ってやった。


「お前らに相応しい男になれるように頑張るかぁ」


「「「「ごめんなさああああああい」」」」


夜道に情けない声がいつまでも響いた。


たまには反省しろよ?

二巻が発売します。

完全書き下ろしの完全続編です。

あの【日記帳】の続きが気になる方はぜひぜひ~。

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― 新着の感想 ―
メリクリです! ちゃんと周囲の期待通り「とんでもない彼氏」を演じてる…… これから近所歩くたびに白い目で見られそう というか「”ド”スケベ禁止」ということは、ギリギリのラインを狙えということですか…
めりくり!
2巻!? 絶対買います!!
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