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【四方バ会議】

ツッコミどころは多いと思いますがよろしくお願いします。

「もぅ!【四方会議】だよ!」


「臨むところです」


「今日ばかりは譲らないわ」


「負けないぞ~!」


勢いよく四人が立ち上がった。場の空気が一瞬でピリッと張り詰め、視線が交錯する。まるで戦場の決戦前夜だ。その中で、桜月が鋭い目つきでこちらを振り向いた。


「聡君、ごめんね!ちょっと外で決着付けてくるから!」


「おー、夕飯までには帰ってくるんだぞ」


俺はといえば、株価チャートを眺めながら良さげな会社を探す手を止めず、気の抜けた返事を返すだけ。


やがて部屋が静まり返ると、カチ、カチ、と時計の音がやけに大きく響いた。俺はブルーライトカット眼鏡を外し、背筋を伸ばして大きく一息。最近、視力が落ちてきた気がするので、気休め程度に愛用している。


「それにしても、仲良しだね。君ら……」


四人は時々こうして小さな諍いを起こす。けれど、そのたびに【四方会議】を開催して議論で決着をつけようとする。


今日の議題は確か、俺が裸眼の方がいいのか、眼鏡をかけた方が似合うのか……だった気がする。


四人は本気だ。きちんと資料を用意し、プレゼン形式で語り出す始末。横でそれを聞き流しながら心を無にするのは、今の俺にとって造作もない。


なにせ、死ぬほどの褒め殺しに耐え続けてきた経験値があるからだ。


正直、並の精神力だったら数分で崩れ落ちるだろう。


推しを語るなら、せめて推し本人のいないところでやれ。


……と推される俺も文句を言いたい。


「そーいや、【四方会議】って何してんだろ」


原作知識というか四人をゲームで攻略する時に、その名前は聞いている。


ただ、死亡エンドを回避して、俺のアパートで暮らすようになってからは【四方会議】がうちで開催されることはない。


いつも四人は外に出ていき、どこかのファミレスか、あるいは喫茶店で落ち合っているようだった。


「ちょっと、気になるし、行ってみるか……」


四人が選ぶ店はいつも決まっているから、後は一つずつ当たっていくだけだ。五月雨式に探し歩けば、必ず辿り着けるはず。



近くのファミレスに行くと四人の美女がいた。


どこにいても浮く、という表現があるが、彼女たちは正にそれだった。


制服姿の学生や、仕事帰りのサラリーマン、家族連れが雑多に賑わう店内で、四人だけが光源を背負ったみたいに目立っている。


俺はといえば、ただのモブ。せめてもの保身に、深く帽子をかぶり、マスクをずらして顔を隠す。「不審者」と「目立ちたくないモブ」の境界線を、必死に歩く気分だ。


幸い、このファミレスはブースで仕切られたタイプの席だった。壁に囲まれたおかげで、気づかれずに彼女たちのすぐ隣へ滑り込むことができる。メニューを開くふりをしながら耳を澄ませると、楽しげな談笑が聞こえてきた。


ちらっと横目で様子を窺う。


テーブルの上には、パフェやケーキ、パンケーキが並び、グラスにはカラフルなソフトドリンクが置かれていた。


「麗音ちゃん、お口にクリームが付いてるよ~」


「んむぅ……ありがとう」


「朱奈はすっかりお姉ちゃんだね~」


「ふふ、麗音さんはみんなの末っ子ですからね」


「だから、私は末っ子じゃないわよ!むしろお姉さんよ!」


「それだけはない」


……うん、俺もそう思う。


麗音いじりはひとまず置いておくとして。少なくとも今のところ、喧嘩らしい雰囲気はなく、安心した。


四人が机を叩き合い、論戦で火花を散らすイメージとはまるで違う。


笑顔と甘い匂いが漂う、ただの平和な光景だった。


「はぁ……」


桜月が深々とため息をついた。先ほどまで和気あいあいと笑っていた空気が、途端に沈む。


「どうしたの?」


麗音が首をかしげると、桜月は真剣な表情のまま視線を落とした。


「最近、悩みがあってね……ちょっと皆に相談に乗ってほしいんだ……」


なん……だと。


背筋が伸びる。


まさか俺に言えないようなことなのか……?


恋人である俺を差し置いて、四人だけで抱え込むようなことなのか?


コーヒーカップを握る指先がわずかに震え、耳が自然と彼女たちに傾いた。





「実は━━━最近、夜がマンネリ化してきてる気がするんだよね」


………


……



は?


コップの氷が割れる音がした。


「桜月ちゃんもなんだ~、実は私もなんだよね~……」


え?


「奇遇ね。私もよ……」


え?え?


ちょっと待て。空気が重々しくなっているが、俺の知っている現実と噛み合っていないぞ!?


毎晩、誰よりも燃え上がってるよね、君ら!?


昨日だって俺は、意識が遠のくまで搾り取られたんだが!?


……いや、落ち着け。


もし本当に不満があるのなら、ちゃんと聞いておくべきだ。


俺は彼氏なんだから。


「なんというかさぁ、聡君が自分から責めてくることってないじゃん?」


「うんうん。結局逃げ惑う聡君を捕まえて襲うだけだもんね~」


「聡から積極的に求めて欲しいのよね……」


……なんか、本当にごめんなさい。


でもね? 毎日四人を相手にしてみてください。


枯れないで生きてるだけでも褒めて欲しいくらいなんですよ、俺は……


「も、も、ももし、私たち以外の女に聡が興味を持ったのだとしたら、私はどうすればいいのかしら……?」


麗音が声を震わせる。


「はいはい、麗音ちゃん。大丈夫だよ~」


「ん、むぅ」


泣きそうになった麗音を慣れた手つきで朱奈が抱き寄せた。


……うん、不満は分かった。


とりあえず、帰りに精力剤を買って行かないとだな。うん。


「皆さん、節操がなさ過ぎです」


澄んだ声音とともに、紫乃がコーヒーカップをそっとソーサーに置いた。ことり、と小さな音が響くだけで、なぜだか空気が張りつめる。その一挙手一投足すべてが洗練され、黒髪の艶と相まって絵巻物から抜け出たかのよう。


さすがは東雲財閥の令嬢。


一杯のコーヒーすら、紫乃の手にかかれば儀式めいて見える。


「聡さんは一人で私たちを相手にしているのですよ?体力的に無茶な相談に決まってます」


し、紫乃……!


思いやりを感じる!


流石、我らがの東雲財閥令嬢!


「じゃあ、どうすればいいのかな……?」


桜月が小首をかしげると、紫乃はすぐに柔らかな微笑みを返す。


「ふふ、ご安心を。解決策はありますので」


「さっすが我が家の色情魔!」


「淫乱ドスケベ~」


「サキュバスの女王」


軽口を叩く朱奈と桜月に便乗するように、麗音まで肩を揺らして笑う。


「ふふ


━━━誰が変態やねん」


「え?」


時間が止まった。


今、紫乃から……まさかの関西弁ツッコミが聞こえた気がするのだが。


三人も一斉に目を瞬かせ、言葉を失っている。


気品の象徴、ドスケベ大和撫子の代名詞のような紫乃が、まさかのノリツッコミ……?


紫乃は咳払いひとつ。


黒髪がさらりと揺れ、何事もなかったかのように再び令嬢然とした表情を取り戻した。


「ところで、皆さん四十八手をご存じですか?」


紫乃が静かに切り出した瞬間、俺の背筋に嫌な汗が伝った。


……なんか、雲行きが怪しくなってきたぞ。


四十八手。江戸時代から伝わる性交の体位の分類で、要するに夜の技のカタログみたいなものだ。


「うん、知ってるよ」


桜月があっさり頷いた。


「もしかして、それを勉強してマンネリ化を防ぐってことかな~。だとしたら、四十八日しか持たないんじゃないかな~?」


朱奈が能天気に笑ったところで、麗音が朱奈のおっぱい枕から離れ、意味ありげに微笑んだ。腕を組み、脚まで組んでみせる仕草は大人ぶっているようで、どこか背伸びに見える。


「……浅薄な思考ね」


「え~、じゃあどういう意味なの、麗音ちゃん」


「……紫乃。このお馬鹿さん二人に教えてあげて」


偉そうに振っておいて自分は黙るあたり、相変わらずだ。


紫乃は一呼吸置いて、カップを口元へと運んだ。


白い指先がカップの縁をなぞり、唇が触れる瞬間まで無駄がない。


ひと口含み、そっとソーサーに戻す。モナリザに匹敵するほど整った所作と評しても言い過ぎではない。


「私たちは四人で聡さんの恋人です」


「うん」


「つまり、四十八手も四人で組み合わせれば、四十八の四乗通りに広がるのです」


……おい、何だそのお馬鹿理論は。


俺は黙ってコーヒーをあおり、心を必死で落ち着けた。


「え?つまりどういうこと?」


桜月が首をかしげると、朱奈が考え込むふりをしながら、口元に人差し指をちょんと当てた。


「ん~、つまり、私たちは四十八手を四人で応用できるから、5,308,416通りも楽しめるってことかな~?」


「ザッツライ」


なんじゃ、そりゃああああああああ!?


「それなら、大丈夫だね!マンネリ化なんて絶対にしないよ!」


「うんうん!これで安心だね~!流石、紫乃ちゃん。凄いね~」


「ふふ、この程度のこと造作もありません」


「ふ、そうね」


四人は口々に納得し、勝ち誇ったように頷き合う。


何言ってんだ、この馬鹿共は!?


桜月と朱奈はハイタッチを交わし、紫乃と麗音はドヤ顔で満足げ。


おい、麗音!


説明は全部紫乃に丸投げしたくせに、何でそんなに自慢げにドヤ顔できんの!?


今すぐ抱きしめたいぜ、この野郎!


やがて四人の顔は、朗らかな笑みに包まれていった。


俺からすると狂気なんだが……


「でもさ~、5,308,416回もできるかな?」


できねぇよ!?


「ん~そうだよね。せっかくなら全部達成したいよね~」


無理無理無理無理!


「仮に一日一回やったとすると、14543年かかる計算になりますね……」


だから言ったじゃん!


西暦だって2000年ちょっとしかねぇんだからな!?


「ふふ、私たちの聡よ。一日100回くらい、わけないわ」


それでも145年かかるんだよ!


「確かに!聡君だもんね!」


俺は人間だって言ってんだろうが!?


……まずい


議論が完全に可笑しな方向に転がっていく。


そして、この後━━━あの女が、さらに俺を恐怖のどん底に突き落とす。


「だけどさぁ、四十八手って江戸時代の人が考えたものでしょ~?」


朱奈がストローをくわえたまま首をかしげる。その調子の抜けた声に、思わず耳を傾けた。


「今の性交の種類が、四十八程度なわけがないよね~」


「あ~確かにそうかも。コスプレとか道具を使うことも考えたら、1000はありそうだね」


桜月が哲学の命題を語るかのような表情で真剣に頷いた。


「流石朱奈さんです。素晴らしいご慧眼ですね」


紫乃まで真顔で同意した。


「つまり、1000の四乗……1兆通りも夜のバリエーションがあるってこと……?」


麗音の言葉にゴクリと喉を鳴らす音がした。


「……一日一回だと2,739,726027年かかることになりますね」


「一日百回だと無理……千回でも全然足りない……!もし、寿命を百年として、子供が生まれてできない期間を考えると、一日一億回しないと達成できないの!?」


桜月が机を叩いて真顔で言い放った。


声には焦燥すら滲んでいた。


もう馬鹿すぎて……辛い……


一日一億回ってどういうことだよ……


人体の構造を完全に無視してるだろ……


「こうしちゃいられない!早く帰ろ!」


「マンネリ化なんて言ってる場合じゃなかったね~」


「学校を辞める検討もしなければなりませんね……」


「判断が遅いわよ、紫乃。私は家に帰ったら退学届けを出そうと思っているわ」


四人は真剣な顔でそんなことを言いながら、なぜか足取り軽く、楽しげにファミレスを後にした。


残された俺は、カップを握りしめながら呟く。


「家に帰ったら生きてられるのかな……」


背筋を冷たい汗が伝い、心臓が妙に早く脈打っていた。

9/13に書籍が発売されます!

よろしくお願いします!

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