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風邪を引いた……

「コホン……コホン……」


風邪を引いた……


いや、普通に風邪を引いただけなんだが……しんどい。


大学のレポートを締め切りギリギリまで放置して、二徹で無理やり仕上げたツケが、今ここに来て回収されているのだろう。


まぁ、体調不良なんて寝てれば治る。


問題は、四人だ。


俺が寝込んでいると知った途端、全員が「看病する」と言ってきかず、学校に行くのをサボろうとしたのである。


紫乃なんて、わざとらしく長い黒髪を掻き上げ、艶やかな仕草を添えて自信満々にこう言い放った。


「ハーバード大学の教授によれば、病気には房中術が効果的だという研究が発表されておりまして」


……病気の俺に、勃たせろとでも言うのか?


後、房中術は色仕掛けだ。


麗音は麗音で━━━


「やだぁ!聡、死なないでぇ!」


滝のような涙を流しながら、子供のようにガン泣きしていた。


いや、ただの風邪だよ?


君、この年までどうやって生きてきたの?


そんなカオスな空気の中、比較的まともなお姉さん組の二人が、紫乃と麗音をなんとか宥めて学校へと引きずっていってくれた。


……心の底から感謝する。


あれ以上騒がれたら、風邪どころか命が縮んでいた。


とりあえず寝るか……



「ただいま!」


玄関から、桜月の肺活量を全力で使った元気な声が響き渡る。その勢いに思わず目が覚めた。


「聡君、元気~」


続いて聞こえてきたのは、朱奈の気の抜けたスローテンポな声。


布団の横に置いてあったスマホに手を伸ばすと、時刻はすでに17時を回っていた。俺は重い身体をなんとか起こして、ロフトの下を覗き込む。


「おかえり、早かったな」


「まぁね!聡君が心配だったから!」


桜月が胸を張って即答する。その後ろで朱奈も、心配そうにしながらもいつものゆるい笑顔を浮かべていた。


「はは、心配ご無用。おかげさまでだいぶ良くなった」


実際、朝に比べたらだいぶ楽になっている。


「そういえば、麗音と紫乃は?」


俺が周囲を見回すと、桜月が両手を腰に当てて元気よく答えた。


「聡君の病気が治るように!って、水天宮に行ってるよ~!」


「……ありがたいけど、そこって病気平癒じゃなくね?」


「だよね~。でも今日の二人、正直めんどくさかったし……なんか放っといていいかなって思って」


「なるほどね。ご迷惑をおかけしました」


二人の顔を改めて見ると、桜月どころか朱奈にまで疲労の色が浮かんでいた。


……どうやら俺が寝ている間、ずっと二人で面倒を見てくれていたらしい。


「まぁ、お腹が空いたら帰ってくるだろ」


ちなみに水天宮は安産祈願の総本社です。


アレ?なんか、怖くなってきたぞ……


「聡君さ。お熱測った?」


「あ~、全然測ってないなぁ。ちょっと取りに行くわ」


「いいよ~、いいよ~。私たち(・・)が持ってくね~」


「?ああ、頼むわ」


まだ体調は戻り切っていない。布団に寝転がったまま、俺は素直に二人に甘えることにした。


ギシギシと木が軋む音。朱奈がロフトの階段を登ってくる足音が近づいてくる。


「聡君、水も持ってきたよ~」


「おお、ありがと……




━━━は?」


目に飛び込んできた光景に思わず飛び起きた。


「どうかした?」


「いや……目の前にナースのコスプレをした朱奈と桜月がいるような……」


「良かった~!目に異常はなかったね~!」


「異常であって欲しかったんだが!?」


俺の願い虚しく、二人の恰好は現実だった。


桜月はトレードマークともいえるピンク色のナース服。膝上まで大胆に切り込まれたスカートからは、健康的な太ももがまぶしいくらいに覗いている。


朱奈は純白のナース服。シンプルなはずなのに、無駄にフィット感のある生地が身体のラインを強調し、ふわっとした雰囲気とのギャップでやたらと破壊力が増している。


「聡君の看病のために、朱奈と一緒にドンキで買ってきました!」


「いえ~い!」


桜月と朱奈は、ナースキャップを揺らしながらノリノリでハイタッチ。


当然、俺はその輪に入れず、ぽかんと見守るしかなかった。


「それじゃあ、聡君。お薬飲ませてあげるから口開けて!」


「あ、うん」


頓珍漢な格好とはいえ、心配してくれている気持ちは本物らしい。俺は大人しく口を開けた。


「ん、それじゃあ」


桜月が粉薬を口に入れ、水を口に含む。


━━━同時に、背後から朱奈がぴたりと俺の背中に抱きついた。両腕が羽交い締めにされ、体が動かない。


「え?何を……むぐ!?」


言葉を遮るように、桜月が俺の口を塞ぐ。柔らかな唇が重なり、そこから勢いよく水が流し込まれてきた。


「ん、むぅ」


冷たい液体と、桜月の吐息と、そして舌の感触。三重攻撃に脳がバグり、溢れた水が布団にぽたぽたと落ちていく。


「流石、桜月ちゃん。激しいね~」


耳元では朱奈のふわふわした声が心地よく響く。


いや、心地よいどころじゃない!?酸素が……足りない……!


「ごくっ、ごくっ……!」


必死に飲み込む。そうしないと窒息まっしぐらだった。


「ぷはああ!」


やっと思い出桜月から顔を離した。


荒く息を吐き、肩で呼吸する俺。


「お薬注入完了!いやぁ、一度やってみたかったんだよね~」


桜月は両頬を赤く染め、両手でいやんいやんポーズ。その隣で、朱奈が俺の耳元で囁く。


「いいなぁ~、桜月ちゃん」


完全にデレデレモードの二人。俺の命の危機なんて、頭の片隅にもないらしい。


「し、死ぬかと思ったわ!?」


怒鳴る俺を見て、二人は顔を見合わせて笑った。


「あ、ツッコミに元気が戻ってる!やっぱり口移しは効果的なんだね!」


「やった~」


お、可笑しい。俺の本気の抗議が軽く流されてるんだが……


「それじゃあ、次はお熱を測りましょうね~」


「うえ?」


俺が間抜けな声を漏らす間もなく、朱奈にぐいっと布団へ押し倒された。直後、何か柔らかいものが顔面にのしかかってきて、視界が真っ暗、鼻も口も塞がれる。


「ん、暴れちゃダメだ~め。おっぱい体温計で正確に測れなくなっちゃうよ~?」


「むご、むごおおおお!?(何じゃそりゃあ!?)」


呼吸困難の中、必死に手足をばたつかせる俺。だが、朱奈の胸圧は予想以上に強固で、びくともしない。


そこへ追い打ち。


「精度をあげるために反対側からも測らせてもらうね~!」


「ッ!?」


背後からも、幸せすぎる感触が包み込んできた。桜月が俺に抱きついてきたのだ。ナース服のさらりとした生地越しに、弾力と温もりが同時に押し寄せる。


前にも後ろにも逃げ場のない、夢のような、いや、悪夢のようなユートピア。


「前を見ても、後ろを見ても、おっぱいだよ!」


「聡君は幸せだね~」


「~~~ッ!」


耳元で囁かれる朱奈のウィスパーボイス。その破壊力に全身がくすぐったくなり、ついに俺は反射的に飛び起きた。


「はぁ……はぁ……」


肩で荒く息をつきながら、酸素を取り戻す。


そして━━━


「死ぬわ!(二回目)」


俺は心の底から叫んだ。ご近所迷惑とか知らぬ。


「お前らは俺を殺したいのか!?何でさっきから窒息死させようとしてくるの!?」


水責め(口移し)に窒息おっぱいサンドイッチ


言ってしまえば男の夢のシチュエーションだが命に関わる。


「私たちは白衣の天使だしね!迎えにきたよ~!」


「誰がうまいことを言えって頼んだ!?」


「聡君にとってこの世界は死後の世界でしょ~。だったら、私たちが天使でも可笑しくないんじゃないのかな~?」


「……ツッコミずれぇよぉ……!」


朱奈の脱力した一言に、思わず言葉が詰まる。


まさかこんな理屈で論破されるとは……


重たい溜息をひとつ。


「……何でこんなことをしたんだよ……」


「……君が、心配だったんだよ」


桜月が小さく呟く。その声はいつもの元気とは違って沈んでいて、かぶったナースキャップまでしゅんと凹んで見えた。


「私たちは聡君が大好きなんだよ。病気になって、死んじゃったらって思うとね~……」


朱奈もふわっとした声色のまま、けれど瞳は真剣だった。


「桜月、朱奈……」


そういえば今朝の騒ぎ。紫乃と麗音の突拍子もない行動ばかりが印象に残っていたが、この二人も同じように、俺を案じて必死になっていたのだ。


不安で仕方がなかったのは、二人も同じ。


胸の奥がじんわりと温かくなる。


俺は二人をそっと両腕に引き寄せた。


「ごめん、心配かけた……おかげで、もう元気になったと思う」


「うん……」


「えへへ~」


……よし、もう徹夜は二度としない。


体調を崩さないこと、それが何より大事だ。俺が倒れたら、この家そのものが崩壊しかねないのだから。


「ところで、聡君さ」


「ん?」


桜月が、ふいに真剣な顔で切り出した。普段の快活な声色が少しだけ沈んでいて、胸の奥にずしりと重みが落ちる。


「もしね。もしね……聡君がいなくなったら、私たちはどうすればいいのかを考えてたんだ……」


そんな馬鹿な……


そう笑い飛ばすのは簡単だが、四人が真剣に悩んでいたことはすぐに分かった。


「私たちは聡君がいないと生きていけないからね~」


「そう。下手したら心中もあり得るかなと思ってたんだけどさ」


「お前らより長く生きるから安心してくれ……」


健康大事。メモしとこ。


「でもさ」


桜月が朱奈を見やる。朱奈も小さく頷いた。二人の間に言葉ではない合意が流れる。


「もし、聡君と同じくらい大事な存在がいたら、私たちは大丈夫だと思うんだ……」


「そうだよね~」


「桜月、朱奈……」


二人が言わんとしていることに、俺は気付いた。


━━━四人は、俺だけでなく、互いの存在をも同じくらい大切に思っている。


その想いが伝わった瞬間、胸の奥が温かくなった。


本当に、嬉しかった━━━





「だからさ、子供作ろうぜ☆」





━━━と思ったのも束の間。


可笑しいな。世迷言が聞こえたような……


「流石に子供ができたら、聡君を追って死ぬわけにはいかないよね~」


「うん。私たちの愛の結晶だもんね……親として守らないと……」


頬を赤らめ、未来を想像している。しかも悲壮な決意まで滲んでいる。


……落ち着け、俺。


ここで感情的になってはいけない。理性的に、客観的に、できない理由を伝えるんだ。


「ごめんな。流石に俺も病み上がりだから、まだできないんだ……そもそも、性欲が湧かないし」


病気を理由にすれば、流石の二人も俺に襲い掛かってこないだろう。


甘かった……


「大丈夫だよ。聡君!さっきのおっぱい体温計で元気だってことは証明されたから!」


「うんうん!元気だったもんね~」


二人の視線が俺の顔に向いていない。


と言うよりも下半身に━━━


「いや、あのね……」


「それにね、こういう時のために、古来より素晴らしい名言があるんだ。ねぇ、朱奈!」


「うんうん。聡君も聞きたい~?」


「……一応、聞いておこうか……」


もう、半ば運命を諦めた。


「「勃たぬなら 勃たせてしまえ ホトトギス」」


「偉人に謝れぇぇぇ!?」


ベッドの上で絶叫する俺をよそに、二人はにっこり笑っていた。


とりあえず。


元気にはなりました。


二重の意味で…はい……

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― 新着の感想 ―
更新再開されたんですか?!短期なのかな?なんにせよありがとうございます!緩くでも続けて下さると助かる命があります
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