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生き残ってしまったらしい

目覚めた当初、全身を包帯でぐるぐる巻きにされて、俺は絶対安静を言い渡された。一番重症だったのが右腕だ。神経系がやられてしまっていて、うんともすんとも言わない。


それでも切断まではいかなかったのは不幸中の幸いだ。辛いリハビリを重ねれれば、動かすことはできるようになるかもしれないと言われた。


他の部位にも障害が残るかもしれないらしいと言われたが、死を覚悟していた俺としては五体満足で生き残れてただけでも十分だ。


目が覚めてから一週間が過ぎようとしていたが、俺の身体は順調に癒えてきて、もう一週間もすれば、自宅療養になりそうだ。


それより━━━


「もう少しで林檎が剝き終わるから待っててね。それとも他に何か食べたいものでもあるんかな?あ、喉が渇いちゃったかな?それともトイレかな?やりたいことがあったら何でも言ってよ」


「いや、今は大丈夫」


「残念。聡君は私の救世主様なんだから、やりたいことがあったら、『何でも』、言ってね?」


「ああ、うん。ありがとう」


『何でも』が随分強調されていたが、俺の気のせいだろう。


俺のベッドの真横には林檎を剝いている西園寺桜月(さいおんじさつき)がいる。


桜月はここ最近、毎日のように俺の病室にお見舞いに来てくれる。しかも、桜月だけじゃない。俺が助けたヒロイン全員がだ。


今日は偶々桜月だけしかいないだけで、ヒロイン全員が集合することもある。


俺がやり込んだゲームのヒロインたちがお見舞いに来てくれるのだから、助けた甲斐があったと思う。


佐野?あいつは一度も来ないよ。来られても困るから全然来なくていい。


ただ━━━


「ん?どうかした?」


「……いや、なんでもない」


桜月が柔らかな微笑を浮かべながら俺を覗いてきたので、気まずくていたたまれなくなる。居心地の悪い空間から逃げ出したくなるが、まだ自由に身体は動かないので、俺にできることは首を動かして視線を逸らすことだけだった。


が、これが悪手だった。


「なんで目を逸らすのかな━━━?」


「え?」


凍てつくような恐ろしい声が桜月から聞こえてきた。思わず桜月を見ると、ハイライトを消した瞳の焦点が俺に固定されて、一筋の涙が頬を伝っていた。そして、林檎を綺麗に剥き終えると、包丁をゆっくりと置いた。


「もし、私が聡君の気分を害することをしたのだったらごめんね。私が悪かったからもう無視しないでほしい。嫌いにならないでほしい。聡様に必要とされなくなったら、私が生きてる意味なんてないんだ。だから、何が悪かったか教えてくれると━━━」


「ああ、ごめんって!俺が悪かった。西園寺はもちろんだけど、そもそも女子と一緒に居るのに慣れてないから緊張しただけだから」


「嘘だよ。だって、『西園寺』って呼んでるもん。怒ってるんでしょ……?」


「う、嘘じゃない。桜月は美人で可愛いから余計に緊張しちまうんだよ。ほら、桜月って呼ぶだけで声が震えてるだろ?」


俺の必死の弁明を聞いて桜月にハイライトが戻ってきた。


「……ごめん。聡様に嫌われたら生きていけないから取り乱しちゃったよ……」


「なら良かった。後、俺のことを様付けで呼ぶのはやめてね?」


「あ、ごめんね。つい出ちゃった」


「可愛いから許す。あ」


思わず本音をこぼしてしまって、恥ずかしくなった。穴があったら入りたい。


「可愛い、聡様が私のことを可愛いって言ってくれた。えへへ」


……怪我の功名とはこのことか。


桜月は頬を抑えてクネクネと悶え始めた。喜んでもらえたなら、恥をかいた甲斐もあった。


後、俺の名前に『様』が付いてる。元に戻ってしまった。


「あ、もうこんな時間になっちゃった!これから撮影だから帰らないと。ごめんね、聡さm……聡君」


「ああ、うん。ありがとう」


時間がない中で俺の面会に来てくれるのは嬉しいが、もう少し自分の時間を大事にして欲しい。


桜月はハンガーにかけたコートを着ようとして、上下反対になって腕を入れるところを間違えていた。なんとかコートを着ると、自分のトートバッグを乱雑に掴んだ。


「それじゃあまたね!明日また来るから」


そういうと、病室から飛び出ていった。廊下の方から「病院内で走ってはいけません!」「ごめんなさい!」という大きな声が聞こえてきた。


桜月は抜けているから、こういうミスは【LoD】で何度も見た。そんな光景を思い出すと少しだけ元気が出た。


「さて」


病室で一人になると一気に静かになった。


どうせ一人になったのだからと本を渉猟しようとでも思ったが、生憎、俺が事故った時の鞄がそこにあるだけだった。中には参考書が入っているが、受験も終わったのでもう見たくない。単語帳で読書をするほど勉強好きではない。スマホは事故で粉々に砕け散ったらしい。


「生き残っちまったなぁ……」


何度目か分からない自問自答である。死ぬ覚悟で車に轢かれたから、先のことを何も考えていなかった。俺はベッドに倒れ込んで、天井を見上げた。


「俺が生き残ったのは多分、桜月たちと同じ理屈だよな」


自分がなぜ生き残ったのかをずっと考えていたが、ようやく俺の中に一つの仮説ができた。


バッドエンドの瞬間、


『信号無視をしてきた車に高校生が轢かれた。  BAD END』


というテキストと車に轢かれて血を流している俺の絵が描かれていた。


けれど、それだけだ(・・・・・)


俺が事故にあっただけ。死んだとはどこにも明示されていない。


ただ、アレだけ血を流しておいて、バッドエンドの文字があり、かつ、個別ルートでヒロインがたくさん殺されているのだ。生き残れると思う方が不思議である。


「それにしても俺たちが生き残ったことを原作者たちはどう思ってるんだろうなぁ」


思わず邪悪な笑みがこぼれた。


原作者に限らず制作者たちは全滅エンドを想定して、あの最期を描いたはずだから、俺たち全員が生き残ったことを悔しがっているだろう。目の前で中指を立ててやりたい気分である。


少し横道に逸れるが、バッドエンドという名の生存ルートの可能性は考えられる。


俺が手を出さなくても俺はもちろん、ヒロインは生き残っていたんじゃないかという仮説だ。


あえて、直接死んだと表現しないことによって生き残る可能性を【LoD】をプレイした人たちに考えさせる余地を残していたということだ。


鬼畜だらけの制作陣の中に、仏がいたんじゃないかと考えることもできるが、俺はこの説には明確にノーと言える。


そもそも俺が桜月を突き飛ばして、ヒロインたちを助けなかったら、全員車に轢かれていた。そうなったら、誰かは生き残るかもしれないが、誰かは死ぬだろう。全員生き残ることは考えにくい。


俺が生き残ったのだって奇跡に近いのだ。


「ま、全勝とは言えないけどな……」


右腕をさするとやはり感覚がない。そこにあるのに何も感じない。当たり前のように動いていた俺の右腕はただの置物と化してしまっていた。


切断までいかなかったのは不幸中の幸いだったが、動かないのはやはり辛い。それでも、俺の命を助けてくれたこいつには一生感謝をし続ける。


ふと、綺麗にウサギ型になった林檎が見えた。


「桜月が林檎を剥いてくれたんだったな」


左手で身体を起こす。こういう時にやはり右手の大切さを思い知る。起き上がるだけで一苦労だ。爪楊枝を突き刺して、林檎に突き刺して、口に運ぶ。美味い。


こんな感じで毎日のように桜月をはじめとしたヒロインたちがお見舞いに来て、差し入れをしてくれる。それは本当に嬉しい。さっきも言ったが、助けた女の子にお礼を言われるというのは何にも代えがたい。


ただ━━━


「俺を命の恩人だと言ってくれるのは嬉しいんだけど、どこか重すぎるんだよな……」


桜月が俺のことを『聡様』と呼んでくるのはおかし過ぎる。おかげで看護師さんたちから変な目で見られるのでやめさせようと思ったのだが、中々うまくいかない。


これでもだいぶマシになったけど……


ただ、俺が拒絶をしたり、俺に嫌われたりしたと思った彼女たちは錯乱してしまう。桜月は泣いていたが、他にも自分を責めたり、自傷したりするので、どっちが病人だかわからない。


だから、基本的にヒロインたちの好きなように世話をさせている。そうでもしないと闇落ちされて、俺の精神が参ってしまう。してくれたことに笑顔でお礼をすれば、喜んでくれる。それで済むならそれが一番である。


まぁ、ヒロイン達がこんな風に俺を甲斐甲斐しく世話をするようになったかは思い当たる。


彼女たちは俺に何かをすることで俺への罪悪感を消したいのだろう。


よく命を助けた者の立場で物語を描くことが多いが、逆の立場になって考えてもみて欲しい。


自分を助けて、大怪我を負った命の恩人を見て、内心はどうなのだろう。「私のせいで……」と考えるんじゃないだろうか。


そう考えたら、今の彼女たちの行動にも理由がつく。だったら俺が治るまで好きにさせようと決めた。別に俺に害があるわけでもないしな。


「それにしては過剰過ぎる気もするけどな……」


俺の頼みだったらなんでも喜んで聞くのだ。冗談でトイレを手伝ってと言ったら地獄のような目にあった。安易な命令はやめようと思った瞬間である。


もしかしたら、俺が身体を要求しても、受け入れてくれるかもしれないという邪心がよぎったが、すぐにそんな自分を心の中で殴り飛ばした。


そんなわけで、助けた側なのになぜか心労が募る一方なのである。


「別に俺はこんな状況を望んだわけではないんだけどな……これじゃあ救世主というよりも神様だ」


何度目か分からないため息をついた。


自分が助かって、命がけで助けた彼女たちからお礼を言われただけで満足なのだ。後はヒロインたちが幸せに生きてくれさえすれば、お腹いっぱいである。


できることなら佐野以外のいい男を見つけて幸せな家庭を送ってほしいけど。


「ま、退院するまでの辛抱だ。やることないし、参考書でも読んでるか」


誰だかわからないが、事故で散乱した参考書類を俺の鞄の中に綺麗に戻してくれたらしい。俺は中をごそごそと探して、数学の解き切っていない問題集を取り出す。


「ないか……」


ついでにもう一つ探し物をしていたのだが見当たらない。俺が高校に入学してから使っている【日記帳】はやはり鞄に入っていなかった。


毎日、記していただけに、ここで記録を途切れさせてしまうのは勿体ないし気持ち悪かった。


それと俺が【日記帳】を気にするのは別の理由があった。


「あの日、誰かが拾ってそれを持ってるんじゃ……」


俺が気にしているのはあの日記の中身だ。基本的に俺の考えを書きなぐっていたから、だいぶ恥ずかしいことが書いてあるのだ。後半なんて死への恐怖と原作者への復讐心でいっぱいだったので、誰かに中身を見られたら頭が可笑しいとさえ思われる可能性がある。そんなの恥ずかしすぎる。


が、そんなことはすぐにないと思考を切り替える。だって、アレだけ綺麗に鞄の中身がしっかりしているのだ。それなのに【日記帳】だけ元に戻さないと言うのはありえない話だ。


もしかしたら、用水路とかに落ちているのかもしれない。一番有力なのは家に忘れたという説だ。前日は死への恐怖と原作者への復讐心で記憶がない。無意識に変な行動をしてしまったのだろう。


そもそも、あの【日記帳】を理解できる人間なんてこの世界には俺しかいない。それなら、何の心配もいらない。警察に届けられていたら、赤面しながら受け取ればいいだけだ。


そういうことにしておこう。

『重要なお願い』

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参考書はもう見たくないとか言いながら最終的には問題集を開いちゃってる…… 1週間もやることなけりゃそうなっちゃうか
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