もう限界です!
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「悪い。しばらく一人になりたい」
楽しい夕飯の時間だった。
笑い声が飛び交い、箸が進み、皆がごく自然に笑顔を浮かべていたその最中、俺は唐突に真顔でそう告げた。
箸の動きが止まり、空気が凍る。
カチャンと、誰かが茶碗を置いた音。
妙に蚊の羽音がブーンと耳障りに響く。
そのすべてをかき消すように、時計の針がカチ、カチと、一定のリズムを刻んでいた。
━━━静寂を破ったのは桜月だった。
「どうして……かな?」
その声は静かだった。けれど、恐ろしいほど感情がなく、瞳孔は開いたまま。ぞくりとするような無表情。最近は影を潜めていた”病み顔”が、今ここに完全復活していた。
しかも他の三人まで同じ顔をしている。
まるで『病み感染』でも起きたかのように、部屋全体が異様な空気に包まれていた。
けれど、今回ばかりは負けられない。
これは俺の尊厳、いや、命に関わる問題だ。
目頭がじんわり熱くなるのを感じながら、俺は土下座をした。
「……あの……もう、限界です……しばらく、夜の方を、休ませていただけませんか……?」
最初は本当に夢のようだった。美少女四人と毎晩一緒に寝れるなんて冗談みたいな幸せ。
━━━でも、数日じゃない。何か月もだ。しかも、毎晩全力。
そのうち、腰がバキバキ、全身が筋肉痛でまともに動けなくなった。
朝起きるたびにフルマラソンでも走った後だと錯覚する。
つまり、ただただ、休憩がしたいだけなのだ。
「な~んだ。そんなことかぁ」
俺の必死の訴えに、四人の表情がふっと緩んだ。
張り詰めた空気がほどけるように、小さく吐息が漏れる。
安心したような、弛緩したような。どこか肩の力が抜けた感じだった。
「それなら私が動くわ。聡は寝てていいから」
麗音が提案してきた。かつてないほど慈愛に満ちた笑みで。
「いや、搾り取らないでくれますかね!?マジで今、すっからかんなんすわ!」
「では実家からスッポン、マムシ、ニンニクを取り寄せましょう。しかも東雲家御用達の最高級品です。一晩寝れば回復しますよ?」
「寝ている間に襲ってくるから一人で寝かせてくれって頼んでんの!」
「それならさ~
━━━寝かさなきゃいいだけだよね?」
「鬼畜かッッッ!」
朱奈が満面の笑みで言い切った。思わず背筋が凍り叫んでしまった。
病み顔はいつの間にか霧散していた。
むしろ全員、やたら楽しそうに見える。
完全にいつものテンションに戻っていた。
だが、こちらは笑っていられない。
あまりにも理不尽な返答の連続に、流石の俺もぷつんと何かが切れた。
「と、とにかく今日は一人で寝るからな!絶対に、絶対に自分の部屋に戻れよ!?」
「……フリ?」
「違いますッッ!!」
俺は無言でご飯を口にかきこみ、食器を流し台に置くと、歯磨きを高速で済ませた。そしてロフトへとよじ登り、布団に潜り込んだ。
「あ、襲ってきたら本気で怒るからな!?」
最後の警告を口にして、俺はうつ伏せになり、枕に顔を埋めた。そして、全身を丸めるようにして、絶対不可侵の防御態勢を取る。
そのまま、泥のように意識を手放した。
◇
「聡君、本気だね~」
朱奈がのほほんとロフトを見上げながら呟いた。
「……勃たせますか?」
紫乃が真顔のまま、指をゴキゴキと鳴らす。声音は静かだったが、恐ろしいほどに本気だった。
私は一度深くため息をついた。
「いや、いいよ。ああなった聡君は頑固だからね。それより━━━」
隣に目をやると、不安そうな顔でおろおろしている麗音がいた。
「も、もしかして、嫌われたのかしら……?」
「そんなことないよ~。麗音ちゃん、落ち着いてね~」
朱奈が柔らかく微笑み、慣れた手つきで麗音の髪を撫でる。まるで妹をあやす優しい姉のような所作だった。
「麗音さんは置いておくとして、桜月さんはどうします?」
紫乃がちらりとこちらを見て静かに問いかけてきた。
「う~ん。そうだなぁ」
少し考えたが、すぐに答えを出した。
「今から襲いに行っても、なんやかんやで受け入れてくれる気がするんだよね~」
「ええ。聡さんは優しいですから」
紫乃がふっと目元を緩めた。
「でもさ~、それをやったら聡君の優しさを利用することになるでしょ~?」
朱奈の声が、横からふんわりと届く。膝の上に麗音の頭を乗せながら、髪をゆっくりと撫で続けていた。その表情は笑顔だったが、瞳は真剣だった。
「私は聡君が本気で嫌がることをするのは反対だなぁ~……」
「それもそうだね……」
振り返ってみれば、聡君が本気で泣き言を漏らしたのは初めてかもしれない。本当に限界だったのだろう。
その姿を思い出すと、胸にほんの少しだけ申し訳なさが浮かんできた。
そして、少しの不安。
麗音ほどでもないが、ほんの一日でも、聡君に愛されない時間があるという現実は少しだけ辛い。
もしも、私たちが欲を出し過ぎて、本気でうんざりされてしまっていたら。
その時はきっと、私たちは捨てられる。
小さな棘ほどの不安がじわじわと胸の奥に広がっていく。
気付けば、朱奈も紫乃も同じような顔をしていた。
「だらしないわね」
沈んだ空気を断ち切るように麗音の凛とした声が響く。
「シャキッとしなさい。聡の彼女として恥ずかしいと思わないのかしら?」
「「「……」」」
━━━お前が言うんじゃねぇよ。
この瞬間、三人の心が完璧に一つになった。
ついさっきまで朱奈の膝枕でとろけるような顔をしていたくせに、今は得意げなドヤ顔で腕を組み、まるで最初から冷静だったかのように私たちを見下ろしている。
「……とりあえずさ、麗音は今夜一人で寝なよ?」
「えっ!?あ、え、えと、当然よ!」
声が裏返り、顔が引きつる。冷や汗をかきながら必死に虚勢を張る姿は、もはやお約束の愛らしさだった。
「まぁ……いい機会なのかもしれません。休息は大切ですから」
紫乃が静かに呟いた。
「それもそうだね。聡君が倒れちゃったら、その方が大変だからね」
深くため息をついて、私たちはようやく聡君の部屋を出ようとした。
その時。
「━━━悔しいな~」
「え?」
振り返ると朱奈が微笑みながらロフトを見上げていた。けれど、どこか奥底に熱を孕んでいた。
「考えてもみてよ~。私たちが聡君から誘われて断るなんてこと、あると思う~」
「ありえません。腕が折れようが、心臓を抉られようが関係ないです」
紫乃に同意する。
そう何があっても、聡君を拒むことなんて絶対にない。
だからこそ、私たちの頭にある疑念が浮かんだ。
「……今夜、私たちを抱かないのは━━━私たちの魅力が落ちたって言いたいのね?」
「そういうことになるね~」
「ふ~ん」
それは何とも━━━腹が立つ。
私たちの瞳にふつふつと闘志が宿る。
その時、カナブンが窓にぶつかって「コツン」と鈍い音を立てて、地面に落ちた。そして、羽音を残して飛び去った。
静寂の中、紫乃がぼそりと呟いた。
「……聡さんはこう言いました。『襲ってきたら、本気で怒るからな!』と」
「つまり、私たちから手を出さなければ良いってことだよね~?」
「そうね。聡から誘ってくる分には何も問題ないわ」
「じゃあ……やることは決まったね」
私たちは静かに頷き合った。
やがて立ち上がり、玄関の扉を開けた。
夜の空のはすっかり暗く、月だけが高く静かに照らしている。
それぞれ自分たちの部屋へと向かおうとしたその時、階段の隅で黒猫が丸くなっていた。けれど、私たちの足音を聞くと、すぐにパッと飛び退いて闇に溶けていった。
まるで何かを察したように。
私たちにこんな気持ちを抱かせるなんて━━━君は本当に罪な男だよ。
◇
「う~ん!」
目覚めと共に、思わず声が漏れる。
爽やかな朝。柔らかな陽光がロフトの小窓から差し込み、小鳥たちのさえずりが空から降ってくる。
心も体もスッキリ軽い。
体力がある。
元気がある。
━━━なんて素晴らしいんだ……!
布団の上で軽く伸びをしながら、心の底から実感する。昨夜はちゃんと眠れた。それだけで、人はここまで回復するのかと驚くほどだ。
━━━ただ。
「……それはそれとして、少し悪いことをしたよな……」
生きるためとはいえ、四人を拒絶したのは申し訳ない。
彼女たちに悪意はない。むしろ重すぎる愛情ゆえに俺は命の危険を感じたのだ。
少なくとも、休息期間は彼女たちの願望を聞くようにしよう(エロいこと以外で)。
「聡く~ん!朝だよ~」
「あ、今行く」
朱奈の元気な声に、思わず返事も弾む。身体が軽い。足取りも軽い。体調が良いって素晴らしい!
俺は上機嫌でロフトのはしごを降り、そして、リビングの光景を見た瞬間、動きが止まった。
「おはよ……━━━は?」
思考が一瞬で停止する。
眩しい朝日よりも強烈な光景がそこにはあった。
「……ッ……」
俺は無意識に目を瞑った。幻でも見てるんじゃないかと思って、ごしごしと目を擦るが、景色は微塵も変わっていなかった。
「な、何してんの……?」
四人があまりにも過激な恰好をしていた。
「ごめんね、聡君、私たち……やっと目覚めたんだ」
桜月がにっこりと微笑む。白いエプロン姿で。
けれど、下は……一応水色のビキニを着ているようだ。
元グラビアアイドルだけあって、瑞々しい肢体が堂々と曝け出されている。エプロンの布地は谷間の奥へ吸い込まれ、シワを作っている。脇から覗く水色のビキニの紐が視線を誘ってやまない。
肌の艶、腰のライン、脚の張り。視線を誘うポイントばかりで、どこを見てもアウト。
俺は紳士なので、反射的に目を逸らした。
「いや、その、一体何をされて、るんでしょう……?」
思わず敬語になってしまった。
「君は昨日こう言いたかったんだよね?
『最近のお前らは俺が抱くに値しない。俺が手を出したくなるくらいにエロい女になって出直して来い』
って、ね?」
「思ってませんが!?」
どう解釈したら、そんな歪んだ結論になるのか!
俺はただ、疲れてたから休みたかっただけなのに……
「でも、安心してね。私たちから手を出すことはないから」
「え?」
正直、強制的に何ラウンドかやらされる覚悟は決めていたので意外だった。
「聡君が言ったんでしょ~?しばらく休みたいって」
朱奈がニコニコと笑う。その裏にほんのり狂気を孕ませながら。
「ふふ、聡さんのご気分を害する気は一切ありません」
紫乃が優雅に微笑む。何かを企んでいそうな瞳で。
「そうね。私たちから手を出すことは絶対にしないわ」
麗音が凛とした表情で断言する。
「そ、そうか」
ああ、そういえば昨日のニュースで今日は最高気温が三十五度を超えると言っていたっけ。
つまり、節電か。
なるほどなるほど。
それなら冷房を強めれば、解決するな!
今の四人の恰好は暑さで頭がおかしくなって血迷っただけだ。
そうだ。きっとそうだ!
俺はなんて不甲斐ないんだ!
冷房一つ、しっかり管理できなくて、何が彼氏だよ!
「ただね━━━」
桜月の声が少し低く、甘くなる。
空気が変わった。まるで空間に香が焚かれたような、淫靡な気配。振り返ると、桜月がぺろりと唇を舐めていた。瞳には艶が宿っていて、背中に寒気が走る。
「君が手を出したくなったら、いつでもいいからね?」
「……」
━━━言ったのは、俺だ。
『襲ってきたら怒る』と。
なら彼女たちが採る行動は一つ。
圧倒的な色気で、目の前に存在し続けるだけ。
俺が自分の意志で堕ちるのを、彼女たちはじっと待っている。
徹底的に誘惑して、完全に理性を溶かすまで待ち構える。冷静に見えて極めて攻撃的な狩り。
俺は、そっと天を仰いだ。
━━━もしかして、詰んだ?




