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書籍化記念:西園寺桜月

「海だあああ!」


桜月は海岸に駆け寄ると、両手を大きく広げて歓声を上げた。潮風に揺れる髪をかき上げながら、キラキラと輝く海を見つめるその姿に思わず苦笑した。


「海なんて撮影で慣れてるんじゃないのか?」


「まぁね~、だけど、お仕事で来るのとデートと来るのとじゃ気分が違うじゃん」


「そりゃあそうだ」


桜月と二人で海水浴場に来ている。本来なら五人で来るはずだったが、残念ながら他の三人は風邪を引いてしまい、急遽桜月と二人だけでの海水浴となった。


「それじゃあ、準備していこうか」


「おー!」


パラソルの支柱を手に取り、砂に突き刺す位置を決めた後、パラソルの影を確認しながら、砂の上に慎重に広げた。風邪が吹くたびに端がふわりと持ち上がるので、四隅に小石を置き、しっかりと固定した。


「うんしょ。これで、完成だね!」


桜月がシートの上を手で撫で、シワを伸ばすとようやく快適なスペースが完成した。俺はなんとなく桜月から視線を外した。


「ん?どうかした?」


「いや、なんでも……」


桜月は自慢の桜色の髪をポニーテールにしていた。白いビキニが桜月のしなやか肢体を優しく包み込む。肩に軽くグレーのパーカーを羽織り、そのラフな着こなしが色っぽさを醸し出していた。


すると、桜月が意地悪な笑みを浮かべて俺を見てきた。


「普段、私の裸を見てるのに、何で照れるのかな~?」


「……ノーコメントで」


隠されるが故のエロさってのもあるんだよ。後、そういうことを大衆の面前で言うもんじゃないよ。周囲の視線が俺に集中するじゃないか。


すると、桜月がシートにうつ伏せになって、無防備な背中を俺に向けた。そして、鞄の中に手を突っ込むと、何かを俺に手渡してきた。


「これは……日焼け止め?」


「うん!丹念に塗ってね?塗り残しがあって、私の柔肌が紫外線に晒されたら……分かってるよね?」


「はい……」


脅され?たので、俺は丹念に塗っていく。


「ん……」


「……」


「あ……そこ」


「……」


「駄目……」


「……」


こんなの集中できるわけがないだろうが!?


「ちょっと、静かにできない?」


「え~、聡君がうますぎるんだって」


「日焼け止めを塗るのに上手も下手もないだろ……」


「そんなことないよ。聡君はテクニシャンだって!」


「声、抑えようか」


桜月の爆弾発言のせいで、周囲の視線がより鋭くなった気がする。


「それじゃあ、今度は前を」


「調子に乗るんじゃない!」


「あひゅ」


桜月の頭をチョップで叩くと、可愛く呻いた。



桜月と一緒に海に入りに行く。白い砂浜を裸足で踏みしめるたびに、じんわりとした熱が足裏に伝わってきた。そして、寄せては返す波が足首を撫でた。じんわりと冷たい水が肌に馴染んでいく。


「気持ちいいな~」


「そうだね~」


俺は右手が使えないから、あまり深い所までは行けない。けれど、膝まで浸かるだけでも十分だった。


「えい!」


「ブフ!?」


俺の顔に水しぶきが飛んできた。海水が口に入ってきて、思わず呻いてしまった。恨みがましく犯人を見ると、


「つい悪戯したくなっちゃった。ごめんね?」


セリフとは裏腹に悪戯が成功した少女のような表情を浮かべている。


「桜月にも同じ目にあってもらうから、気にしないでいいよ」


「え?」


桜月が呆けている隙を突いて、俺は勢いよく水を蹴り上げた。すると、想定以上に大きな水しぶきが生まれ、桜月に襲いかかった。


「……」


悲鳴を上げる間もなく、桜月の全身を容赦なく濡らした。髪は肌に張り付き、額から頬へしずくが伝う。そのせいで、桜月の視界はすっかり遮られて、俺から表情が見えない。


とりあえず……


「……なんかごめん」


素直に桜月に謝ると、桜月が前髪をかき上げ、俺に向かって水しぶきをかけてきた。そして、ニヤリと笑うと、


「お返し」


「こんにゃろ……」


波打ち際でじゃれ合ううちに、俺たちはすっかり子供のようになっていた。互いに水をかけ合いながら、笑い声を響かせた。



「う~ん!気持ちよかったね!」


「そうだな~」


一通り遊び終わって、パラソルの下に戻る。桜月は再びパーカーを肩からかけて、俺たちはすぐそばに並んで座っていた。


「暑いね~」


「今日は三十度を超えるらしいからな」


砂浜に熱がこもり、蜃気楼のように景色が揺れていた。


「何か飲み物買ってくるよ。欲しいのある?」


「え?俺も一緒にいくよ」


「いいからいいから。私、1人で行ってくるよ!」


「あっ、ちょっと!」


俺の制止を振り切って、桜月は走って行ってしまった。


元気よく出るのはいいのだが、財布忘れてんぞ……


「まぁ、いいか。桜月一人じゃ心配だし」


桜月は全く気付いていなかったようだが、海水浴場では視線を独り占めにしていた。ただでさえ、美人で目立つのに、スタイルも抜群なのだから、注目するなという方が無理な話だ。


さっきまで俺が一緒だったから、ナンパをしようという輩がいなかったが、今は一人だ。慣れているだろうから、あしらえるだろうが、何が起こるか分からない。俺は心配になって、小走りで桜月の後を追った。特に時間をかける間もなく、桜月の後姿が見えたので、声をかけようとした。


その時━━━


「お兄さ~ん」


「え?」


知らない人に声をかけられたので、反射的に隣を見ると、女子大生ギャルの四人組がいた。


「すいません、この辺詳しくなくてぇ。どうやって、ここにいけばいいのか困ってるんですけどぉ。分かりますかぁ?」


「すいません。俺も観光客でして。この辺りの地理は全く分からないんですよ」


「あ、そうなんですねぇ~。困ったなぁ」


できれば力になってやりたいが、桜月が心配である。いい人と出会えることを祈って、俺はこの場を去ることしよう……と思ったのだが、右腕を掴まれた。


「お兄さん、一緒に遊びませんかぁ?」


「え、あの急いでいるんじゃ?」


「それもそうなんですけど、せっかく海に来たんで楽しみたいっていうかぁ……ヒッ」


甘ったるい話し方をしていた目の前のギャルたちが突然、青ざめた。俺も後ろに殺気を感じて、振り返ると、そこにいたのは桜月だった。瞳からは光が消えていて、カクンと首を傾け、まるで糸が切れた人形のように俺たちを見つめていた。


「私の彼氏に何をしているのかな?」


「え?あの……」


「私の彼氏から離れて」


「いや、その」


「早く消えろって言ってるの。その耳は飾りなのかな?」


「す、すいませんでした!」


ギャルたちは桜月の圧倒的な恐ろしさにビビッてさっさとどこかに行ってしまった。すると、桜月が首をグルンと曲げて俺を見た。そして、


「大丈夫!?怖かったよね!?右手大丈夫!?」


「あ、ああ。大丈夫だよ」


「良かったぁ」


桜月が心配そうに、俺にまくし立ててくるが、怖かったのは……



「全く、聡君も無警戒すぎだよ」


海の家に着くと四人掛けの木製のテーブルに二人で並んで座った。俺たちの間にはほとんど距離がなかった。先ほどのギャルたちは信じられないことに俺をナンパしようとしていたらしい。そのせいか桜月は俺から一切離れようとしなかった。


桜月はカレーとコーラを頼み、俺は焼きそばとクリームメロンソーダを頼んだ。桜月の口元にカレーが付いていたので、ティッシュで拭き取る。


「ごめんって。本当に困ってるみたいだったからさ」


「甘い。甘いよ。今、聡君が飲んでるメロンソーダよりも甘いよ」


桜月が飲みたそうにしているので俺はクリームメロンソーダを差し出すと、躊躇なくストローに吸い付く。


「ありがと。でね、さっきのはナンパの常套手段なんだよ。人の善意を利用すれば、声をかける方も罪悪感がなくなるじゃん。あ、はい、あーん」


「ん。美味い」


桜月がスプーンを差し出してきた。香ばしいスパイスの香りが鼻をくすぐり、胃が期待にざわめいた。海の家で食べるカレーはどうしてこんなに美味しいのだろうか。


「あ~あ。せっかく私がナンパされたところを助けてもらおうと思ってたのに逆になっちゃったじゃん」


そんなこと考えてたのかよ……


「財布を忘れたのもその一環なのか?」


「あ、普通に忘れてた」


「駄目じゃん……焼きそば食べる?」


「うん!」


俺は桜月に焼そばを食べさせてあげた。紅ショウガと青のりをしっかり麺に絡ませて、桜月に食べさせてあげた。


「やっぱり焼そばはこうでなくちゃね~!」


落とし物癖について、改善しようという話をしようと思ったが、幸せそうな桜月を見ると、憚られた。それより、ソースがこぼれていたので俺はティッシュで桜月の口元を拭う。


食い終わったし、さっさと陣地に戻るかな。


「「ご馳走様でした~」」


忙しそうにしていた店員さんたちに俺たちの声が届いたかは分からないが、飯を作ってくれた人たちに感謝を忘れたらいけない。


「夫婦……」

「息合いすぎ……」

「真のリア充かよ」



「いやぁ、楽しかったね」


海辺の空がオレンジ色に染まり、波が静かに打ち寄せる音が心地よく響いている。昼間の喧騒が嘘のように、浜辺にはもうカップルたちしか残っていなかった。俺たちもそろそろ片付けて帰ろうと思っていたそのとき、桜月が砂の上に転がる大きな巻貝を見つけて、耳に当てた。


「本当に波の音が聞こえるよ、ほらほら」


「マジだ……」


俺は巻貝を耳に当て、不思議な音に耳を澄ませた。心なしか貝殻に詰まるその音には今日の楽しかった思い出まで詰まっているように感じた。


すると、桜月が俺の肩に持たれてきた。俺たちの視線の先には境界線を越えて沈んでいく太陽があった。煌々と輝く水面と太陽の轍が黒に飲まれて行く幻想的な情景に俺たちはただただ魅入っていた。


どちらがそうしたわけでもなく、桜月の指と俺の指が絡み合う。


「また来ようね」


桜月がそっと微笑む。その表情が最期の夕日に照らされて、優しく輝いていた。


「ああ……」


次にまたここに来た時も、きっと同じように楽しく、そして、美しい時間を過ごせるだろう。

『重要なお願い』

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