書籍化記念:南条朱奈
「暑いし、遅い……」
土手の向こう側では夏祭りで屋台やら、何やらで盛り上がっていた。待ち合せ時間は過ぎたのに一向に朱奈が来ない。
今日は朱奈の実家に帰省していた。会社の業績がV字回復したのは俺のおかげだと言われ、そのお礼をしたいと言われてしまえば断ることもできない。
そのついでに、二人で夏祭りに行こうという話になったのだが、現地集合になった。そろそろ連絡でもしようかと思ったその時、
「お~い!遅れてごめんね~」
朱奈の間延びした声が聞こえてきた。良かった。何かあったのかと思ったが、杞憂で終わってよかった。面を上げて朱奈の声がした方を向くと俺は固まった。
「どうかな~?」
朱奈がくるっと回って、俺に見せてきた。
「めっちゃ似合ってる……」
オレンジやイエロー、ブラウンなど夏を感じさせる花柄が全体にあしらわれており、大人っぽい雰囲気を醸し出していた。ブラウンの髪はハーフアップになっており、頭頂部で軽くまとめられていた。準備に時間がかかると言っていたのはそういうことだったらしい。
「えへへ~、嬉しいな~」
可愛い。とっても惚れ直した。
「それにしても随分、遅かったな。何かあったの?」
朱奈はのんびりしているようで、時間はキッチリ守るタイプだから、余計に気になる。
「ん~?夏祭り用にお金を返してもらおうと思ったんだけど、今日は換金できない日だったようだからね~」
「それってどういう……」
「さぁさぁ、行こうか~」
朱奈が俺に背を向けて、土手を降り始めた。
ただ、俺は朱奈の些細な行動を見逃さなかった。
朱奈の右手がエアハンドルを握り、それをクイクイっと動かしていた。
さては負けたな?
ひとまず財布の管理は俺がすることにした。
◇
屋台の明かりが煌々と輝き、甘い香りが漂う。誰も彼もがこの瞬間を楽しんでいるようだった。
「りんご飴だ~!」
「あ、おい」
りんご飴を二つほど買って、おっちゃんから預かると、二人で食べ始める。カリっとした飴の食感と、りんごの爽やかな甘さが口いっぱいに広がる。
「お面も買おうかな~、金魚すくいも射的も魅力的だなぁ~」
「落ち着きなさい」
「むふぁ?」
目を輝かせながら、あたりを見回す朱奈にわたあめを食べさせる。そして、それを頬張りながら、幸せそうに笑った。
「ごめんね~、聡君と来た初めての祭りだからとってもテンションが上がっちゃってね~」
てへへと笑う朱奈を見て、なんとなく撫でたくなった。
「こ、こら~!な、何をするのかな~?」
「あ、ごめん」
「も~」
朱奈が頬を膨らませて、俺に抗議してくるが全く怖くない。むしろ膨らんだほっぺをつついてやりたくなった。
すると、朱奈が何かに気付いたようにハッとした。
「ん~?聡君。あの子」
「どうかした?」
朱奈に言われて、そっちを見るとうろうろしていて、泣きそうな少女がいた。あの感じからすると、大人とはぐれてしまったのだろう。すると、朱奈が俺を申し訳なさそうに見てきた。
「……ごめんね~」
「構わないよ。俺も付いていくからやりたいようにやりな」
「うん!」
俺はそれに微笑みを返して、朱奈を撫でる。朱奈は一瞬だけとろんとして、気持ちよさそうにした後、すぐに振り返って、少し小走りで迷子らしき少女のところに向かった。
「君~、大丈夫かな~?」
自分がどれだけ貧乏になろうと、誰かを助けようとするその姿勢に惚れたんだから。
◇
こういう場所には簡易的な迷子センターがある。朱奈と一緒にそこまで連れて行くと、両親が心配そうな表情で待っていた。放送をかける寸前まで行っていたのだろう。
「ありがとうございました。このお礼は……!」
「いえ……俺は何もしていないので」
謙遜ではなく本当に事実だ。俺は子供の扱いには慣れていないので、後ろから付いていっただけだ。その間、朱奈がずっと少女の手を取って、相手をしていた。兄弟がいないのに慣れてるものだとずっと関心していた。
横目で朱奈を見ると、身をかがめて、少女と目線を合わせて会話をしていた。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして~、お礼を言えて偉いね~」
少女の頭を撫でると、くすぐったそうにしていた。すると、少女がポケットから何かを取り出して、朱奈に渡した。
「これあげるね!」
「え~、いいの~?嬉しいな~」
朱奈は子供から指輪を受け取った。それはどこにでもありそうなプラスチック製の指輪だった。それを自分の薬指に嵌めると、再び少女の頭を撫でた。
少女の両親は深く頭を下げ、最後まで感謝の気持ちを表していた。
俺たちは、その家族の後姿を見送った。両親の間で、子供はしっかりと手を繋がれている。その微笑ましい光景を見届けた後、俺たちはそっと反対方向を向き、静かに手を繋いだ。
「改めてごめんね~、せっかくのデート中に……」
朱奈がもう一度申し訳なさそうにしてきたが、朱奈の手を握り直した。
「何度も言わせるなって。あそこで助けに行ける人なんて中々いないんだ。むしろよくやった!惚れ直した!って感じかな」
「そんなに褒めてくれるの、聡君だけだよ~、嬉しいなぁ~」
朱奈がそっと腕を絡めてきた。寄り添う温もりが心地よく、歩きづらさも気にならない。
「……花火、楽しみだね~」
「そうだな……」
言葉は少なくとも、伝わるものがある。俺たちはゆっくりと足を進めながら、花火が一番綺麗に見える場所を探して、屋台が立ち並ぶにぎやかな通りの真ん中をゆっくりと歩いて行く。
「あ、花火の前にアレやってもいいかな~?」
「ん?」
そういわれて朱奈の言う方を見ると、そこにはガラポンの抽選機があった。ハンドルをぐるぐると回すタイプのやつで、一等賞はなんとハワイ旅行。夏祭りの景品にしては、かなり豪華だと思った。
けれど、
「駄目です……」
「なんでよ~!」
あの手のモノを朱奈にやらせると『出るまでやる~』と言われそうで怖いのだ。そもそも朱奈はこういう運を試すものにめっぽう弱い。
「聡君。君は全く分かってないよ~。私が何も考えずにこんなことを提案すると思うのかな~?」
「話だけは聞いてあげるよ」
「仕方ないなぁ~」
どうせろくでもない話なんだろうけど、得意げな朱奈が可愛かったので、好きに語らせることにした。
「この時間まで当たりが残ってることなんてめったにないんだよ~?裏を返せば、それだけ多くの同志たちが討ち死にしてきた証拠ともいえるね~。彼らの死に様を無駄にするなんて、私にはできないよ~」
「所詮他人だからいいんじゃない?」
「え~そんなの駄目だよ~!お馬鹿さんたちのおかげで、ハズレくじはだいぶ削られたんだよ~?やるしかなくないかな~?」
「おいコラ」
【聖女】様より、聞きたくなかった本音が漏れた。
「それに今は善行バフが乗ってるから、当たると思うんだよ~、一回だけでいいからさ~」
「善行バフって言わないで……」
迷子の子供を助けたのがこの瞬間のためだったらと思うと、複雑な気持ちになる。とはいえ、朱奈が良いことをしたのも事実だ。ここで強く断るのもなにか違う気がしたので、俺は条件付きでやらせることにした。
「一回だけなら……」
「やった~、聡君、大好き~」
世界で一番複雑な大好きだな……
「じゃあ、ちょっと離れて見守っててくれるかな。私、隣に誰かがいると手元が狂っちゃうんだよね~」
「仰せのままに。好きなようにしてきな」
朱奈は俺から五百円を受け取ると元気よく店のおっちゃんにお金を渡した。そして、目を輝かせながらガラポンのハンドルをがっしりと握る。
「行くよ~」
ガラガラと勢いよく回転するカラフルな球体が、内部で弾けるように跳ねまわる。朱奈は身を乗り出し、固唾をのんで見守っていた。
「こいこいこい!」
瞳に宿る炎は、まるで勝負師のように燃え上がり、朱奈の集中力が研ぎ澄まされていくのが分かる。
ついに一つの球が転がり出た。店のおっちゃんが拾い上げ、ゆっくりと番号を確認する。
「残念、八等賞!」
まぁ……そうだと思った。
朱奈の金運のなさは知ってたから、全く驚くことはない。仮に二分の一であったとしても当たるとは思えない。朱奈がおっちゃんから八等賞の何かを貰ったところで俺は近付いた。
「残念だったな」
「ん~?」
アレ?外したんだよね?
いつも負けた時はこの世の終わりみたいな表情をしているのに、今の朱奈は誰よりもニコニコだった。
「じゃーん!これでお揃いができるね~!」
すると、朱奈が俺に見せてきたのは、さっき迷子の子供からもらったのと同じ指輪だった。
「もしかして、このおみくじを引いたのって……」
「うん!指輪狙いだよ~」
「てっきり一等賞を狙っているのかと」
ちっちっちと舌を鳴らす。
「むしろそれが一番のハズレだよ~。紫乃ちゃんに頼めばすぐに行けるのに、旅行券なんてもらったって仕方なくないかな~?」
そう言われてみればそうだ……
それに朱奈は一等賞が当たりとは一言も言っていない。最初から八等狙いだったのだろう。信じられないが朱奈がギャンブルを制したようだ。
すると、朱奈が俺の左腕を持ち上げて、丁寧に俺の左手の薬指に作り物の指輪をはめた。
「こういうのって男の俺がするもんじゃないの?」
「細かいことは気にしな~い。えへへ~」
朱奈は少女のように俺とお揃いの指輪を喜んでいた。
すると、夜空を切り裂くように、一筋の光が駆け上がった。二人で空を見上げた瞬間、ドンッ!と大きな衝撃が全身に響いた。
グズグズしていたら、花火の時間になってなってしまったらしい。
「急ごうか」
「そうだね~」
俺は朱奈の手をしっかり握って、少しだけ早歩きで花火が良く見える場所に向かった。
「ねぇ、聡君」
「ん?どうかした?」
不意に朱奈が立ち止まった。
「今回は私からだったけどさ~」
言葉の余韻が残る間もなく、朱奈はそっと背伸びをし、俺の唇を奪った。
「……いつか、本物の指輪を頂戴ね~?」
頬を染めながら微笑む朱奈の笑顔は夜空に咲いた花火よりもずっと眩しかった。
「……もちろん」
頭上では、花火が俺たちを祝福するかのように夜空を彩っていた。
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