書籍化記念:北川麗音
梅雨の真っただ中、連続的に降雨が続いていた中で、久しぶりに空は快晴の様相を醸し出していた。天気予報でも一日中晴れと言われたので、俺の気分も爽快だった。
『いつもの本屋にいる』
麗音から送られてきた簡素なメッセージを見直す。今日は授業が昼までだったが、レポートを提出していたので、同じく昼に講義が終わった麗音は一足先に本屋に行っていた。
【四方美女】たちの過剰な過保護はだいぶ抜けてきており、俺も一人で過ごせる時間が少しずつだが増えてきた。バイトをしたり、友人と遊んだり、趣味に勤しんだりとみんなも各々の時間を過ごすことが多くなった。
マジで良かった……
三十分ほど遅れて、麗音の常連の本屋に向かう。麗音の銀髪は綺麗で、目立つから、発見するのにそこまで時間はかからないだろう。
「っと、さっそく見つけた……何してんだ?」
麗音がジーっと本棚の上の方を見つめていた。何をしているのかと思ったら、手を伸ばし、ぴょんぴょんと跳ねていた。そして、周囲を見渡してきょろきょろしていると不意に俺と目があった。
そして、羞恥心で俯きながら俺の元に来た。
「その、あれ、届かないの。取ってくれるかしら……?」
破壊力が強すぎて、俺は両手で顔を覆う。
「聡?」
「いや、なんでもない」
麗音は不思議そうに俺を覗いてきたが。気を取り直して、麗音の欲しがっていた本を左手を伸ばして取り出した。
「ありがとう」
「俺にとっては大した高さでもないし、気にする必要はないよ」
麗音は俺から本を受け取ると、買い物かごにそっと本を入れた。俺はそれを確認すると、買い物カゴを受け取る。すると、麗音が俺を見て驚いていた。
「これで、全部?」
「え、ええ」
「それじゃあ、会計してくるよ」
「そこまでしてもらう必要はないわよ。その思いやりだけで嬉しいわ」
麗音は嬉しそうに微笑んだが、俺はそんな殊勝な態度で奢ろうとしているわけではない。
「麗音の恥ずかしい姿を見たから、その罪滅ぼしのために奢ろうとしているんだけど」
「私の、恥ずかしい……ッ」
気付いたようだ。つまるところ、先ほど俺を萌え死にさせてくれた対価を金銭で返すだけなのだ。
「バカ……」
何回俺を殺せば済むねん……
◇
学校のすぐそばには都心にしては規模の大きい水族館がある。本を奢った程度で許せるわけがないと半ば無理やり連れてこられた。
勝手に二人でデートをするのは【四方協定】に反するらしい。どうせ、バレるわけがないじゃんと思っていても数日後には絶対にバレている。
俺の彼女たちの探偵能力は限界突破してるからな。
ちらりと麗音を見ると、今日のファッションは白いフリルのブラウスとブラックのロングスカートだ。全体的にシンプルな装いだが、大学生にしては高価そうな腕時計をしているので洗練された大人の雰囲気を醸し出していた。
「水族館なんて久しぶりだな。麗音は?」
「私もよ。小学生の頃の遠足で行って以来かしら」
前世も合わせても久しぶりだから、三十年近く行っていないことになる。麗音と俺は恋人繋ぎで腕を絡めて歩く。麗音の綺麗な肌は少しだけ赤くなっていて、照れているのが丸分かりだった。
館内に入ると、照明が暗くなり、真っ暗な夜の海を歩く。
「へぇ……綺麗ね」
麗音が水槽に手をそっと当てた。水面に映る青白い光が麗音の瞳を淡く照らしていた。
「確かに。幻想的な風景だな……」
水槽の中では、魚たちがゆらゆらと泳いでいた。
説明書きを読んで『なるほど』と頷きながら、次の水槽へと足を運ぶ。麗音は一つ一つの水槽の前で立ち止まり、ガラスに顔を寄せて、そのたびに目を輝かせていた。
「子供みたいだな……」
我が家の末っ子を見て微笑ましく思っていると、麗音と視線が絡む。
「どうかした?」
「いや、麗音が楽しそうで俺も楽しいよ」
「何それ」
クスリとほほ笑んだ麗音は目の前の展示に満足したのか俺の腕に自分の腕を絡めて次に行こうと急かしてきた。
次に出てきたのは巨大なタコだった。
「美味そう……」
「その感想はどうなのかしら……」
麗音から呆れたような表情で見られた。確かにムードの欠片もなかったので、少しだけ反省。すると、麗音の視線が俺とタコを交互に行き来する。何かを考えているようだ。
「タコの雄ってね。とっっっても、紳士で一途なのよ」
「そうなの?」
「ええ。愛する一人の女性を見つけたら、交尾をして、そのまま命が果てるのよ。女としてはとても光栄だと思うわ。文字通り『死ぬほどあなたを愛してる』って言われてるのも同然なんだから」
「へぇ~、なんかタコに対する評価を改めたくなったわ」
タコって中々男なんだな。
「逆に言うと、目の前の子は女性経験がないってことね」
「お前ぇ……」
タコの雄に同情してしまった。卒業しても死。生き残っても童貞と馬鹿にされる。人生ハードモード過ぎるだろ。
「どこかの誰かさんは好きな女の子が四人もいるのよね。タコとは違って、女をひっかえとっかえしても、死なないものね~」
「そういうこと言うのはやめようか……」
館内には人がいないとはいえ、誰かに聞かれたら外聞が悪い。
「一体いつになったら、私は一番になれるのかしら?」
「勘弁してください……」
ニヤニヤとそれでいて半分本気の追及に俺は白旗を上げるしかなかった。
◇
「おお……」
俺はというと、早くデカい魚が見たくてたまらなかった。
男だし、そういうもんだろ?
そんなことを思いながら、歩いていると、目の前に大きな水槽が現れた。サメやエイ、そして、鮮やかな色を纏った魚たちが優雅に泳いでいた。
俺は思わず足を止め、その幻想的な光景に魅入っていた。まるで、海の一部を切り取ったかのような美しさに、ただただ息を飲むしかなかった。
「ねぇ!あの水槽凄いね!」
「エモ!写真撮ろう!」
……うるせぇな
人が目の前の世界に感動していたのにうるさい声が聞こえてきた。視線を向けると、リア充たちが巨大な水槽を背景に写真を撮っていた。
魚を見ろよ、魚をさ!
心の中で、そんな文句を言っていると、不意に袖が引っ張られた。麗音が慣れない手つきでセルフカメラ棒を準備していた。
「い、一緒に撮りましょう」
「え、ああ」
「どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ」
リア充たちを批判しいていた手前、すんなりと頷くことが出来なかった。
まぁ、郷に入っては郷に従えって言うしな。ここがリア充たちの巣窟なら、俺たちもそれに従うべきだろう。フレームに収まるように麗音が俺に寄り添い、触れていないところがないくらいに密着していた。
「チ、チーズ」
「あ、チーズ」
麗音の慣れていない撮影合図に俺もタイミングが合わない。連写したりと何度も何度も撮り直すことになった。
「やっと、撮れたわ……」
麗音は俺から離れると、すぐに写真を確認する。俺も覗き込むと、麗音の雪のように白い肌は赤く紅潮していた。
俺も麗音に負けず劣らず赤くなっていたが……
「次に行きましょうか」
「だな」
麗音と恋人繋ぎをして、次の展示に向かった。
ふと、俺たちがここに来た時の通路を見ると、同い年位の青年と目が合う。その瞳は「魚を見ろよ」と雄弁に語っているようだった。
◇
「今日はとても楽しかったわ」
「俺も……正直、ここまで楽しいとは思わなかった」
普通に1人で来てもここまで面白くなるとは思えない。好きな女の子と一緒だから、ただの楽しいが超楽しいになったというだけだ。
麗音も同じ気持ちなのか握っている手をさらに絡ませてきた。
すると、ぽつぽつと雨が降ってきた。
「雨……?」
麗音が呟くやいなや土砂降りになった。
「最悪かよ」
今日は晴れと言われていたので、傘を持ってこなかった。辺りを見回すと屋根のあるバス停が目に入ったので、麗音を連れてひとまずそこに駆け込んで雨宿りをすることにした。周囲には誰もいなかったので、俺たちは少しだけ落ち着いてベンチに座った。
「濡れたなぁ」
俺はバス停の時刻表を確認した。次のバスが来るまで、十分ほど時間があった。
「……予報じゃ降らないって言ってたのに……」
ずぶ濡れになった麗音は屋根の下で雨を落とした空を恨めしそうに見上げていた。水滴が頬を伝い、濡れた銀髪がしっかりと肌に張り付き、そして、雨水を含んだ服が薄く透け、肩のラインがわずかに浮かび上がっていた。
俺はそんな麗音が誰かの眼に触れるのが嫌だった。
衝動的に麗音をぐっと引き寄せると、目を大きく開いて驚いていたが、やがて柔らかく微笑んだ。
「ふふ、独占欲の強い彼氏ね」
「悪い……?」
「いいえ。そのくらいじゃないと私は縛れないわ」
しっとりと雨に濡れた麗音は妙に色っぽくて頭がくらくらするような魔性のオーラがあった。
「好きよ」
静かに紡がれたその言葉が、雨音に溶けていく中で、その唇がそっと近づき、優しく触れた。
「悪い女だ……」
俺は苦笑しながら、麗音を見る。
「ええ。だけど、今だけはどんな悪いことをしても、雨が私たちを隠してくれるわ」
「それもそうか」
再び、麗音の唇が俺に触れる。
ざぁざぁと響く雨が、世界から俺たちを隔て、ここだけを秘密の空間に変えていく。
雨が止むまでの数分、俺たちだけの世界が、確かにここにあった。
『重要なお願い』
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