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何を探してるのかな?

宴の後の静けさが、まるで嘘のような静寂の中、四つの影が音も無く起き上がった。


私はそっと聡君を見下ろし、彼の穏やかな寝息が、睡眠薬の確かな効果を物語っていた。万が一、目を覚まし、止められてはならない。


「ごめんね、聡君……でも、もう君を巻き込むわけにはいかないんだ」


静かに息を吐き、互いの顔を見て覚悟を決めた。


「さぁ、決着を付けに行こうか」


四つの影が無言のまま立ち上がり、扉に手をかける。


ギィ……と静寂を破るかすかな軋み音を最後にして、四つの影は音も無く夜に消えていった。



「この世界の創造主はどうして【LoD】を創ったのかずっと考えてたんだ。『主人公』と結ばれなかったヒロインは死ぬ運命にある。このコンセプトはどこにあるんだろうね?」


春の温風が肌を優しく撫でる。一年ぶりに訪れた高校には頑丈な門があり、去年はなかったような錆の跡が月明かりで映し出された。門柱に古びた高校の文字が掘られていて、懐かしさを感じさせられた。時計の針が日付を超えようとしていた。


桜月が俺を背に向けて学校を眺めていた。


「私は手に入らない女の子に対する愛/憎だと思っているんだ。『俺のものにならない女なんて全員死ねばいい。俺のものになるんだったら、許してやる』ってね━━━じゃあさ、【入谷聡】って何なんだろうね?」


━━━知るかよ。


俺の感想はそれだけだった。


「彼も私たちと同じ運命にあった。でも、おかしくない?【LoD】ってギャルゲーでしょ?どうして、何の変哲もないモブが殺される必要があったのかな?何でハーレムエンドだと死なない運命にあったのかな?


━━━ねぇ、どうして?」


桜月がこちらを振り返る。瞳には純粋な好奇心が宿っていたが、その奥には薄暗い影が揺れているようだった。俺には何を話しているのか分からなかったが、背筋が冷たくなり、風が俺たちを通り過ぎた。


そんな俺を見て桜月はため息をこぼした。


「はぁ。何も知らないんだね。まぁいいや。一年ぶりだね。元気だった?」


去年までは高校生だった彼女は一年経って、とても大人びた雰囲気になっていた。


「……『元気だった?』だと……?俺がどんな思いでここに来たと思ってるんだよ」


俺の神経を逆撫でするような質問に自然と怒気が含まれた。


再び、ため息をついた桜月は侮蔑と呆れの視線を俺に向けてきた。


「知らないよ。ストーカー(・・・・・)の気持ちなんてさ。その手の鞄は何?私のなんだけど」


「ストーカーだって?人聞きが悪いな。こんな回りくどいことをしてまで桜月が俺を呼んだんだろう?」


俺は鞄ごと、桜月に投げる。昼間、憎きアイツと一緒にいるのを見つけた俺はわざわざ桜月が鞄を落としたのを知ったから、拾ってやったんだ。そして、中に入っていたスマホを覗いたら、ホーム画面に、『24時にあの場所で待ってる』という文字。


つまり、俺を呼ぶためにここまで回りくどいことをしてきたというわけだ。あの場所というのが何なのか直感で分かっていた。


そして、俺の勘が当たっていたということは━━━


「なぁ、桜月。俺とやり直したいなら、それなりの誠意を持つべきなんじゃないか?」


つまり、入谷ではなく、俺を選んだというわけだ。桜月の落とし物を拾っては届けてきた甲斐があった。俺の誠実さに気付いたのだろう。ただ、付き合うにしても、最低でも土下座くらいはしてもらわないといけない。恋人になるための禊だ。


「はぁ……そのハッピー脳は変わないんだね……」


そして、鋭い視線を俺に向けてきた。


「真実を知った、私が、私たちが……!お前ごときを好きになるわけがないだろうが。寝言は死んでから言えよ。カス」


「なっ!?」


酷い言葉を浴びせられたが、憤怒に満ちた桜月の気迫に圧倒され、言葉を返すことができなかった。そして、その勢いが静まると同時に、桜月の表情から感情がスッと消え去った。


「ここに来たのは最後の確認だよ


━━━この一年どうだった?」


この一年どうだっただと?


「ああ、知らないフリとかいいからね?知っているのは知っているんだから」


左手の道から静寂を切り裂く靴音が響く。やがて、漆黒の闇に溶けることなく、圧倒的な存在感を放つ銀髪が揺れていた。そこに現れた少女、いや、女を見て俺は確信が持てなかった。


「麗音……?」


「名前で呼ばないでくれるかしら?気色悪い」


麗音は手に持っていた鞄の中身をガシャンと地面に転がした。それは俺が仕掛けたはずの盗聴器や監視カメラだった。


そして、何も言わずに無残にも踏み砕いていく音が響いた。


「し、知ってたのか……?」


「そりゃあそうだよ、このために泳がしていたんだから」


ニコリと笑う桜月と無表情で破壊を続ける麗音を見て、俺の心が急激に寒くなった。


そして━━━


「お前らは俺のことを好きだったんだろ!?その肉体も心も運命も俺のものじゃないか!俺を好きになるために生まれてきたはずだろうが!それなのに何で俺を捨ててあいつと幸せになろうとするんだよ!役立たずの【サンタクロース】は何をしてんだよ!」


激情に駆られた声が響き、俺の胸は上下に激しく揺れていた。


「俺のものにならないんだったら死ねよ━━━」


桜月は静かにずっと俺を見ていた。そして、静かに口を開いた。


「私たちの復讐は、【入谷聡】という名もなき英雄の苦悩を味わわせることだったんだ」


「はぁ?」


「憎しみは分かったみたいだね。それじゃあさ。


どうだった━━━愛してる女が別の男に抱かれる切なさは?


どうだった━━━知っているのに何もできない無力感は?


どうだった━━━すべてを奪われる絶望感は?



━━━ねぇどうだったの?答えてよ?」


次々と投げかけれられる質問が、一定のリズムで胸を打つ。途切れることのない言葉の波に、思考は飲まれてしまいそうだった。


俺の中にあったのは虚無感だった。ある種の諦め。


「……もういい」


俺のものにならないなら、もうどうでもいい。【四方美女】たちに対する執着心が音を立てて崩れていく。


さっさと帰るとしよう。俺には新しくやるべきことができたんだ━━━


「まだ話は終わってないよね~?」


間延びするような声が聞こえたその瞬間、鈍い音を伴って肉が引き裂かれる感触が伝わった。


「━━━え?」


笑顔の朱奈が右側の道から現れた。麗音と桜月に気を取られていて、全く気付くことができなかった。疑念を抱くより先に、切り裂かれた右腕の焼けるような痛みが俺を襲って来た。


「……ぐっ、何を」


痛みを堪えながら、俺は朱奈を見上げると、顔は笑っているのに目は笑っていない朱奈がいた。


「桜月ちゃんが言ってたでしょう~?聡君の追体験をさせるって~



━━━どう?右腕が使えなくなるのは?」


「ぐっ!?」


俺は無我夢中で中央の道を引き返すことにした。血がコンクリートを彩るがそんなことは関係ない。俺の心を埋め尽くしていたのは恐怖感と使命感だった。


「俺にはやっとやるべきことができたんだ……!」


ちらりと振り返ると、三人がこっちに向かって歩いてきた。そして、桜月は鞄を拾い上げると、自分のスマホを取り出し、俺を無心で見続けていた。


『5』


口元がそう呟いている気がした。俺はすぐに正面を向き、駆け出した。背後に何かが迫っているという確信が胸を締め上げた。


『4』


後ろから三人の足音が聞こえる。そして、聞こえないはずの桜月の声が脳に直接響き、恐怖を形にしていく。


『3』


三人は歩いていて、俺は走っている。それなのに、距離がどんどん縮まっているような感覚がある。振り返ることさえできない。後ろを見たら、すべてが終わる気がする。汗が背中を流れ、視界が滲む。


『2』


「おい、助けろよ!【サンタクロース】!今がその時だろうが!』


息が切れ、叫び声が震える。俺の悪態が虚しく響く中、足はもつれるように地面を蹴る。だが、右腕の痛みが全身に広がり、力を奪っていく。ふと、足が何かに引っかかり、顔から盛大に地面に叩きつけられた。


『1』


皮膚をコンクリートが削り、鮮血が滴る。頭が真っ白になったが、止まるわけにはいかない。這うようにして、体を起こし、無理やり立ち上がる。真っ暗な視界の中で青信号が見えた。


ここを抜ければ……!


『0』


━━━やっちゃえ、紫乃


「え?」


遠くからトラックの音が聞こえてきた。低いエンジン音が地面を震わせ迫りくる。ライトに照らされた瞬間俺の身体が硬直し、次の瞬間空を飛んでいるような浮遊感が起こり、夜空との距離が縮まった気がした。けれど、すぐに遠ざかり、後頭部に地面が激突してきた。


身体が動かない。手足の感覚が徐々に消えていく中、ドアが乱暴に開く音がした。足音が徐々に近づき、俺の視界には━━━


「紫……乃?」


呟くようにその名前を口にしたが、応答はない。そして、静かに口を開いた。


「『信号無視をしてきたトラックに高校生が轢かれた BAD END』


でしたか?


ここは完璧に再現できなくて残念ですよ。私たちは『大学生』ですからね。


━━━どうですか?死ぬ運命を受け入れなければならない絶望感は?」


嫌だ嫌だ嫌だ!助けて!


声が出ない。じゃあ、ジェスチャーでと思ったが、全身が動かない。


俺ができるのは視線で助けを乞うだけだったが、見上げたそこに映ったのは四人の絶対零度の瞳だけだった。俺を助けようとする意志はこれっぽっちも見えない。


それを見た瞬間、俺の心が急速に冷えていった。冷静になって、自身の運命を受け入れる覚悟を決めた。


それなら、俺が最期にすべきは━━━



「━━━動かない右腕で何を探していたのかな?」


動かなくなった死体に問いかけるが何も答えることはない。


最期まで死の絶望感を抱いて死んで行ってほしかったのに、そこだけ残念だった。


まぁいいか━━━


「じゃあ、手筈通り迅速に片付けようか」


「そうね。このままだと捕まってしまうわ」


「最悪、警察程度、誤魔化せますが……」


「私たちのせいで東雲家に借りを作るわけにいかないでしょ~?さ、口より手を動かそうか~」


緊張感もなく、かつて『主人公』だったものを片付ける。私たちの胸を支配しているのは安心感と達成感だけだった。


━━━やっと幸せになれるね?

ラスト一話。


やっと全部回収できる……


『重要なお願い』

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なんだ、落とし物が戻ってくるのはストーカーさんの仕業でしたか。
なんだろう、『プ◯キュア』をキャッキャウフフしながら見ていたら、突然『ひぐ◯しのなく頃に』に番組が変わった気分。もしくは『Sch◯ol D◯ys』、『魔◯少女ま◯か☆マ◯カ』(最上級の褒め言葉) か…
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