【Love or Dead】
なぜ、俺があのような行動をとったのか。
それを語るには、【Love or Dead】、通称、【LoD】と、俺自身のことについて説明しなければならない。
【Love or Dead】はギャルゲーだ。
主人公の佐野優斗が西園寺桜月をはじめとした四人のヒロインたちの好感度を高めていくことによって、結ばれるというありふれたギャルゲーだ。
有名絵師に書かせているので、発売当初はそれなりに人気ゲームとして扱われていた。
しかし、すぐにクソゲーの烙印を押されることとなった。
その要因はシナリオだった。
【LoD】では結ばれなかったヒロインは確実に死ぬのだ。佐野と結ばれなかった悲しみで自殺したり、自暴自棄になって身体を売ったり、強姦されたり、不運な事故にあったり……
本当に碌なもんじゃねぇな……
それでもヒロインの絵が可愛くて、キャラの心理表現が緻密だったので、コアな層には受けていた。シナリオに一定の中毒性があったので、俺はしっかり全ヒロインの個別ルートを攻略した。そのたびに枕を濡らしたのは苦い思い出だ。
【LoD】の話はここまでにして俺の話を始めよう。
俺の前世はニートだった。前世で非業の死を遂げたと言えたら格好いいのだろうが、大学受験に失敗し、浪人を繰り返して何度も試験に落ちるうちに心が折れた。それ以来、親のすねをかじって暮らしていたが、家族に迷惑をかけている自分が情けなくなって、睡眠薬を大量摂取して自殺した。
目が覚めると俺は入谷聡として、第二の人生を送ることになった。
前世のように誰かに迷惑をかけないように、生まれた時から努力を始めた。おかげで天才と呼ばれるくらいには成功したと思う。
後は少しだけ前世の知識を使ってズルをした。この世界は現実に即しているため、名称や出来事はほとんど前世と同じだった。つまり、株やFXで儲かる物がわかるため、小学生のうちから全力で稼いだ。中学を卒業するころには数千万近く持っていたと思う。
そんな俺を両親は気味悪がっていた。普通の一般家庭の両親からこんな神童が生まれるわけがないと、DNA検査までさせられた。俺はそれをされた時にこの家を出ることを決意した。そして、高校入学を機に家を出た。
前世同様、俺という存在は家族に不和をもたらす存在らしい。
そんな俺に転機が訪れたのは高校入学の時だった。俺が選んだのは平凡な高校。なぜ、この学校に入学することになったのか、今の俺の偏差値ならこんな平凡な高校を選ぶことなんてあるはずがなかった。
そんな疑問は俺と同い年で入学した佐野優斗。そして、西園寺桜月や他のヒロインを見て、思い出した。俺は、入谷聡は【LoD】の世界のモブなのだ、と。
いや、俺自身もよくこんな変哲もないモブを覚えているなと驚愕したが、俺がこの学校に入学した理由もスッキリした。
それならと、俺は【LoD】の世界を堪能しようと、佐野と他のヒロインたちのラブコメを一番近いところで見守ろうとしたのだが、俺の目の前にいる佐野優斗はクソ野郎だった。
女好きで、優柔不断で、いざってときは全く動けない他責思考の人間だった。それでいてプライドだけは高い。そのせいでヒロインの好感度が上がる見込みが全くなかった。
クソ主人公だと割り切って、フラグが全く立たない恋愛を無視するつもりだったが、ふとヤバイ事実を思い出した。
それは主人公とヒロインが結ばれないとヒロインが死ぬという事実。そして、これが一番重要なのだが、なぜかモブの入谷聡も巻き込まれて死ぬのだ。
どうりでモブである『入谷聡』を覚えていたわけだ。毎回死んでいる絵があり、どのルートか忘れたが名前が付いていたから覚えてしまったのだろう。
このままだと俺は死ぬ。焦った俺は【LoD】唯一、誰も死なないハッピーエンドであるハーレムエンドを佐野に迎えてもらうしかなかった。
だから、密かに主人公とヒロインたちの恋愛を陰から手伝った。ほんとに色々頑張った。生きるためだからと大金も使った。
けれど、あのクソ主人公はここぞという時に最悪の選択肢を選び続け、中途半端にヒロインからの好感度を上げたまま、誰一人として救われない全滅エンドを迎えることになった。
全滅ルートに入ってしまったことでもう俺にできることはなかった。途中で何度も逃げ出そうと思った。けれど、何をしようとも、この世界のシナリオからのがれることができなかった。
だったら、シナリオを書き換えてやろうと、俺が直接介入しようと思ったが、世界の強制力で俺の行動はなかったことにされ続けた。
前世のネット小説では、モブが主人公を超える話が増え始めていたが、モブにそんな資格があるわけない。モブはこの世界でモブという役割があるんだから、その範疇を超えることはできるわけがない。
この世界は佐野優斗を中心に話が進んでいる。これを覆すことはできない。俺はモブとしてバッドエンドを迎えた瞬間に死ぬことを宿命付けられた。
死ぬのは怖い。なんとか回避しようと最期まで足掻いたが、全滅エンドルートに入ってしまったこの流れを止めることはできなかった。
毎日俺の死んだときの映像を思い出し続ける日々、気付けば【LoD】という世界そのものを憎んだ。どうして俺は死ななければならないのかと、【LoD】の原作者を呪った。
自分の死への恐怖とこの世界への憎悪が拮抗していたが、いつからか、憎悪が自分の死への恐怖を凌駕した。
それからは自分の死は受け入れてやるから、どうにかして【LoD】の制作者に復讐ができないかと考え始めた。
けれど、どう考えても復讐する方法がない。そもそも原作者の名前も覚えていない上に、この世界にいないのだ。
それでもなんとか一発入れる方法がないかと考えた時、ふと全滅エンドの時だけヒロインが全員死んだ絵がないことを思い出した。
ヒロインたちが車に轢かれる直前の絵はある。そして、ブラックアウトした後にバッドエンド表記がなされた絵に描かれていたのは入谷聡が地面に血を出して倒れている姿と、
『信号無視をしてきたトラックに高校生が轢かれた。 BAD END』
と表記されたテキストだけだった。
この原作者は女の子を殺すことに興奮するタイプのクソ野郎のはずだ。この一文もヒロイン全員が車に轢かれて死んだと想定したものだったはずだ。俺も全滅エンドを迎えた時はそう捉えた。
けれど、ヒロインたちが死んだということは明確に描かれていない。
俺はこの可能性に賭けた。
俺の命を犠牲にして、ヒロインたちを助ける。俺は死ぬけど、クソみたいな原作者にとって不本意な終わりだろう。
死ぬ直前に見た桜月たちの安否は確認できた。
ざまぁ見ろよ。クソ野郎。
まだまだ生きてやりたいことはあったが、やり返せただけスッキリした。願わくば、俺の前世を支えてくれたヒロインたちに幸せになってほしいものだ。
「ぐっ!?」
それにしても全身が死ぬほど痛いな。死んでも痛みがあるってマジで嫌なんだけど。まさか、俺の行先って地獄なのか……?
恐る恐る瞳を開けると、徐々に光が見えてきた。地獄の釜でも見えるのかと思って、びくびくしていたら、無機質な白いタイルが敷き詰められた天井だった。
「せ、先生!聡様……じゃなくて、入谷君が眼を覚ましました!」
悲鳴に似た声が俺の耳に響く。やかましくも、どこか懐かしい声だった。顔を見てやろうと身体を起こそうと思ったが全く動かない。というか右手の感覚が全くない。他の三肢と体中が焼かれるように痛いのに、右手だけは凪のように静かだった。
「入谷君、私が分かる……?」
「桜……月?」
なぜか俺の目の前に俺を悲痛な面持ちで見ている桜月がいた。その瞬間俺の全身が冷え込んだ。
まさか死ぬ前に見たあの光景は嘘だったというのか?失敗したのか?
声を出そうにもうまく声が出せなくて、つっかえる。俺の思考がぐちゃぐちゃになっている時、俺の顔に一筋の涙が伝った。
「良かった……本当に良かった」
嗚咽まみれの桜月の言葉を聞きながら、ありえない可能性が頭に浮かんできた。
「私たちを庇って車に轢かれたんだよ。覚えてないかな?」
それは覚えてる。クソ原作者にやり返すために俺の命と引き換えにヒロインたちを助けるつもりだったんだ。
「血も止まらないし、全身傷だらけでさ。一週間も生死を彷徨っていたんだよ?」
━━━いつからか俺が捨てた選択肢だった。諦めたものだった。
「改めて私を助けてくれてありがとね?救世主様。生きててくれて本当に良かった……」
俺は生き残ってしまったらしい……
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