佐野side&入学式
俺こと【佐野優斗】には運命を約束された相手が四人いる━━━
頭が可笑しいんじゃないかと一笑に付される厨二の思考だが、物心ついた頃から漠然とそう感じていた。
顔も名前も分からないのに、すべてを知っている━━━
そんな感覚がすこしずつ現実に発露してきたのは幼馴染の桜月と出会ってからだ。
小学生の頃、俺には不思議と桜月が高校生に成長した時の姿が幻影として見えていた。
桃色の短い髪は成長すると、桜吹雪を靡かせるような美しい長髪になり、誰をも魅了しそうな笑顔でこっちを見ている。そして、何よりもその起伏に富んだ肉体は幼心にこの女は極上の女だと感じていた。
そして、俺の中にずっと靄のかかっていた運命の一人目が定まった瞬間だった。
絶対に離してはいけない━━━強迫観念に似た生存本能のようなものが俺を突き動かしていた。
そして、運命の歯車が動き始めたのが高校に入学した時だった。
北川麗音、南条朱奈、東雲紫乃━━━運命の女がすべて揃った瞬間だった。
高校一年の時、俺はこの女たちをすべて手に入れるために動き始めた、けれど、俺が直々に動いたっていうのに、あの女達は俺の厚意を踏みにじった。
仕方がないから桜月の相手することにした。二兎を追う者は一兎をも得ずではないが、まずは桜月を俺のモノにする。それから考えようと思った。なんかグラビアアイドルになるとか言っていたけど、正直、好きにすればって感じだった。
やりたいなら好きにすればいい。束縛することではない。
それに、俺の中で転機が訪れるのは『高校二年』だと直感していた。
そして、いざ二年生を迎えて四人との関係性を発展させようとしたが、全く変化がなかった。俺の厚意は再び踏みにじられた。あの時のことは今思い出しても腹立たしい。
「……そういえば、四人と仲良くなろうとしているモブがいたな~」
次の日に存在すら忘れられているのは滑稽だった。残念なことに顔を覚えてないが、そんな情けない姿を思い出して、少しだけ溜飲が下がる。
彼女たちとの関係性が変わったのは四人が【四方美女】と呼ばれ始めた時だったと思う。
そして、なぜか【四方美女】からの俺の好感度が上がり、好意的に話しかけられることが多くなった。身に覚えのないことで感謝されたり、大金が口座に振り込まれていたりと、不思議なことがあったが、俺は確信していた。
この世界は俺を中心に回っている━━━
そして、神様が俺と【四方美女】を結び付けようとしている。そして、俺の代行者が俺の好感度を上げてくれることに気付いた。もっと言えば、俺にとって都合の良い状況を創り出してくれる。その予想は当たっていて、俺は特に何もせずに、三年生になった時に【四方美女】全員を堕としていた。
ちなみに、俺はその代行者のことを【サンタクロース】と呼んでいる。
容姿も声も分からないけど、それっぽい名前を付けたと思う。
ただ、問題が一つだけった。それは【四方美女】は全員、仲が悪かった。俺を独り占めしたいという独占欲の表れなのだが、面倒で仕方がなかった。
相談とか重い話はすべて、適当に流して、後は【サンタクロース】に任せていた。
「それなのに、本当に大事なところで使えないんだよなぁ」
俺が【四方美女】たちからの告白を『保留した』のは、【四方美女】全員が仲良くなる時間を与えてあげたつもりだった。
卒業式まで時間があれば、普通、仲が良くなるだろ。仮に、【四方美女】だけでは無理でも【サンタクロース】がなんとかしてくれるだろうと思っていた。
けれど、いざ卒業式になっても、桜月は一人を選べとかほざいてきた。これだけ時間を与えても、俺の意図を汲めない桜月に辟易した。桜月たちにヒロイン達の良さを俺が直々に教えてやろうと思って、セフレになろうと提案したのに話の途中で俺に背を向けた。
まさか断られるとは思っていなくて、唖然としてしまったがすぐに追いかけようと思った。けれど、うちの高校の生徒が桜月の前で轢かれて、それどころじゃなくなった。
「どうせ事故るなら、俺に迷惑をかけるなよ……」
余計なことをしてくれたが、【四方美女】全員と同じ大学に進学するのは確定している。四人全員堕とすのは時間の問題だろう。
ただ、気になることがあった。
「麗音も意味のない連絡をするなよな……全く」
俺の提案を吞んだのだと思って、楽しみにしてみれば、どうでもいいことばかりの確認だ。普段なら、うんうんと相槌を打って、話しに合わせていたのだが、さっさと会話を切り上げてゲームの続きがしたかったので、ありのままの事実を話した。
どうせ【サンタクロース】がなんとかしてくれるだろうからな━━━
「ただ、既読すら付かないのは可笑しいよな……」
そんな風に考えていたら、ついに、入学式を迎えてしまった。あの日から一切、四人からの連絡がないので、俺から連絡したのだが、既読すら付かなかった。
仕方なく、桜月と二人で大学に行こうと思って、家に迎えに行ったのだが、誰もいなかった。
空には淡い青が広がっていて、微かに吹く風に誘われるように、桜の花びらがひらひらと舞っていた。入学式自体は幼稚園から数えて、五回目。その数字に特別な意味はないが、俺の隣には常に桜月がいた。
「あいつら、なにしてるんだろ……」
教養大学の入学式は学部ごとに行われる。教養大学創立百年記念会館で行われる。どっち道、四人とは一緒に入学式には出れなかったので、それまでと言われたら、それまでなのだが、どこか釈然としない。
記念館に入り、大きい扉を開くと広々とした空間が広がっていた。段差のあるホールは、独特の奥行きと動きを持たせる構造になっていた。中央には舞台があり、観客席のようになっている。こういうところに来ると大学生になったんだなぁとしみじみと感じさせられた。
中に入ると、前から席を詰めるようにと指示をされたので着席した。周りを見ると、スーツに着られている新入生たちが隣の席の学友と談笑していた。
今のうちに学部内に友達を作っておくか。高校では友人らしい友人はいなかったからな。
【四方美女】に囲まれていたせいで、同性からは嫉妬を買っていた。それが災いして、友人はいない。モテない人間の嫉妬ほど醜いものはないから、むしろ、そのような人間が排除できてよかったまである。
幸い、教養大学は俺のいた高校の中でも上位にいないと入れない大学だ。俺と対等に学び合える人材はいるはずだ。
とりあえず隣の陰キャそうな眼鏡に話しかけるか。
「頼む!俺一人で入学式に出させてくれ!」
ホールに悲鳴に似た懇願が響く。コンサートや合唱もやるような場所だから声が響きわたった。
「車椅子で1人なんて駄~目。ただでさえ、右手が不自由なんだから私たちがいないと移動できないじゃん」
「いや、大丈夫だって……校舎内を移動するだけなら、バリアフリーもしっかりしてるからそこまで不便じゃないし、もしきつかったら、事務員さんに頼むから……」
「ねぇ……私たちより、どうして、事務員さんに頼るなんて言葉が出てくるの?どうして?もしかして、私たち、必要なくなっちゃった。もし至らないところがあったなら、直すから捨てないで━━━」
「ああ!違うって!単純に美人なお前らと一緒にいたら滅茶苦茶目立つじゃん!俺は平和で静かなキャンパスライフを送りたいわけで」
「……聡君の描くキャンパスライフの中に私たちはいないんだね。ねぇ、みんな。さっき、掲示板で見たんだけど、『血洗いの池』ってところがあってね。飛び込むには丁度良さそうだよね」
「だからぁ!簡単に闇落ちしないで~!分かった分かった!気の済むまで一緒にいてくれ!」
「無理しないでよ。さ、行こっか」
「ちょっと待ってええええ!え~と、やっぱり俺って人見知りで三年間友達がいないボッチだったから、事務員さんに話しかけるなんて無理だって気付いたわ!やっぱり普段から一緒にいて慣れ親しんだお前らがいてくれないと困りまくるわ~!」
「……本当?」
「嘘じゃない!俺の目を見てくれ。嘘をついてるように見えるか?」
「……確かに、聡君には友だちなんていないもんね……ごめん、早とちりだったよ……」
「え?そこなの!?」
気付いていないようだが、男の声がホールに響き渡った。残念なことにボッチだということが学部内に知れ渡り、失笑してしまった。ただ、誰かと話しているようだったが、そっちの声は聞こえてこなかった。正直、興味はない。それより、隣りにいる人間と友人になるのに相応しいか見定めるか。
……と思ったのだが、彼は後ろを向いていた。よく見ると、他の学部生もだ。俺もつられてそっちを見ると、ホールの入り口付近で車椅子の男に四人の女子生徒が抱き着いていた。
……なんというか腹の立つ光景だ。俺は普段、ハーレムを作る側の人間だったから、あまり感じなかったが、知らない人間がそれをしていると、中々腹が立つ。次からいちゃつくときはTPOを弁えようと思う。
俺はそこらのモブとは違うから舞台の方に向き直った。しかし━━━
「離れろって桜月!麗音も朱奈も密着しすぎ!後、紫乃!俺の膝に顔を埋めるな!」
その名前で反射的に振り返ると、そこにはあってはいけない光景が広がっていた。
「は━━━?」
俺の【四方美女】たちが見知らぬ車椅子のボッチ野郎を甲斐甲斐しく世話をしていた。
四人はその男の言葉に身を預け、心から楽しそうに笑っていた。心臓が一拍遅れて跳ね上がる。
やめろ━━━
反射的に立ち上がり、詰め寄ろうとしたが、ホールが暗転した。入学式が始まる今、アイツみたいにやらかしてキャンパスライフを灰色にするわけにはいかない。俺は渋々椅子に座り直したが、無意識のうちに拳に力が入っていて、爪が掌に食い込んでいた。
「何が、起きてる━━━?」
俺の連絡に出なかったこと、春休み中ずっと姿を見せなかったこと━━━
何よりも、そいつは誰だ━━━?
◇
「ちょっと、どけ!」
「うお!」
入学式が終わると、俺はいても立っても居られず、すぐにホールの後方に走っていった。けれど、既に姿がなく、ホールに出入り口の扉を乱暴に開けて、記念館の外に出た。
「クソ……どこに行ったんだ?」
影も形もなかった。
「そうだ!電話だ……!」
スマホは持ち歩いているはずだ。両ポケットに手を突っ込むと、スマホがポケットの中で引っかかったが、無理やり引き抜いた。
「桜月……電波が繋がってない……?朱奈はスマホを持ってなかったよな……麗音は?紫乃は!?どうなってんだよ、クソが!」
目についた自販機の横にあるゴミ箱を蹴とばすと、ペットボトルが溢れてきた。
「こういう時こそ、【サンタクロース】の出番だろうが!何で肝心な時に限っていねぇんだよ!」
気持ちを落ち着けようと、深呼吸を試みるが、逆効果だった。息を吸い込むたびに、胸の中に膨れ上がるのは焦燥感と未知の存在に対する怒りだけだった。
「一体、何が起こってるんだよ!」
回答はない。虚しく木霊するだけだった。
◇
「ふぁ~、退屈だったね~」
「ふふ、式典というのはそういうものですよ」
それなら、付いてこなくてよかったのに……
言うと闇落ちするので、絶対に口にしないが心の中で愚痴った。
それにしても、さっきの入学式を思い出すと、明日から通うのが本当に憂鬱になってくる。ただ、1人の時間が欲しいだけなのに、なぜここまで酷い目に合わなければいけないのか。
桜月たちを宥めた後、冷静に俯瞰してみると、同期の新入生たちが一斉に俺を見ていることに気付いた。その視線は残念なものを見る瞳と【四方美女】に抱き着かれている俺への嫉妬心にまみれていた。そこで、俺は自分の現状を把握した。
つまり、俺は高校時代ボッチ学生を自称する美少女たちを泣かせるクソ野郎という最悪のレッテルを張られてしまったということだ。
キャンパスライフ終わったやん……
少なくともマイナススタートなのは変わらない。入学式の後にあるであろう食事や遊びに参加して、名誉挽回と行きたかったが、身体がこれだと気を遣わせてしまうし、何より、後ろの四人が怖かった。
「うわ、もう出会い厨来たぁ……聡君のお世話があるからそういうのお断りなんだけど……どっから連絡先が漏れたんだろう」
「はぁ……私の方にもよ。盛りのついた猿なんてお断りなのに……」
流石、桜月と麗音。朱奈も紫乃もスマホを見ては嫌そうな表情をしていた。特に朱奈なんてスマホデビューしたばかりなのに、もうスマホを捨てようとしている。
晴れの舞台なのに、暗い話ばかりだ。この流れは良くないので、俺はある提案をすることにした。
「ま、まぁそんな話はおいておいて、うちで入学祝いでもやらないか?出前でも頼んでさ」
うちと言っても、俺のアパートの隣に四人が引っ越してきた。まさか、隣りの部屋が四部屋も空いてるなんて偶然もいいところだ。
すると、わっと明るくなった。
「いいね!そうしよう!」
「でしたら、家から何か取り寄せましょうか?」
「あんなの毎日食べてたら、舌がおかしくなるわよ……」
「そうだね~、普通に私たちのポケットマネーで普通の大学生らしいことしようよ~」
「朱奈の言う通りだな。割り勘でそれぞれお金を出し合った方が大学生らしい風情が味わえるんじゃないか?」
「それもそうですね。『割り勘』というものを一度やってみたかったので丁度良かったです」
「やりたいことがそれなんだね……」
紫乃がワクワクしているが、やはりお金持ちは感覚がズレている。
まぁ、暗い雰囲気は吹き飛んだから良しとするか。
ところで俺の【日記帳】はどこに行ったんだ?
部屋にもなかったんだが……
◇
学長と学部長とお偉いさんの退屈な挨拶を後方から見てみると、真面目に聞いている生徒は半々といったところか。
聡君は真面目に聞いていて、私たちはその顔をバレないように覗き見ていた。
そういうところ、とても素敵だと思うよ━━━
「ふふ」
静寂と暗闇の中に突如として、小さな四つの光がぽっと浮かび上がった。
【四方グループ】
朱奈
『嫌だね~あのクズに見つかっちゃったよ~』
紫乃
『そうですね……聡さんの家に帰って泣きたい気分です……』
桜月
『それより、あの顔見た?』
麗音
『ふふふ、桜月やめて(笑)思い出して、笑うのを我慢するのが辛いわ(笑)』
紫乃
『そうですねwww』
朱奈
『私は気持ち悪いけどね~。いつまで、私たちを自分のものだと思ってるのかな~?』
桜月
『朱奈、殺意抑えてよ……車椅子が悲鳴を上げてるよ?』
朱奈
『あっ、ごめんね~』
紫乃
『そろそろ、本題に入りましょうか。私たちと聡さんが一緒にいることがバレたということは」
麗音
『まず、間違いなく、あっちから聡に接触してくるでしょうね……』
朱奈
『なるべく私たちも一緒にいようよ~。幸い聡君の学部はマンモス学部だし、私たちが忍び込んでもバレることはないんじゃないかな~?』
桜月
『それでも、一緒に居れない時間はあるんじゃないかな?アレのことだから、隙をついて関わってくるだろうし……』
紫乃
『私たちが一緒に居た方がむしろ、接触されるでしょう』
朱奈
『面倒だね~。殺虫剤かける~?』
麗音
『やめなさい……他の人に迷惑よ……』
朱奈
『は~い』
桜月
『とりあえず、出方を見るしかないね』
紫乃
『そうですね。もし、害を与えようとするのなら……』
桜月
『紫乃も我慢してね?』
せっかく殺し方を決めたんだから━━━
『重要なお願い』
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