【四方美女】side5
「━━━って言われてね~」
「そうなんだ~」
「興味深いですね」
「これが女子会……楽しいわ」
柔らかな照明に包まれたワンルームには、絶え間ない笑い声が響いていた。中央のテーブルを囲んで、私たち四人は腰を下ろしている。深夜三時に差しかかろうとしているにもかかわらず、ファミレスで女子高生たちが雑談に夢中になっているような光景は、どこか奇妙にも思える。
「それにしても……私たちは、【LoD】の、『世界の強制力』の外側に行けたのよね?」
麗音が控えめに確認する様に私たちに声をかけた。
「はい。この文に書いてあることを素直に受け取れば、【LoD】の舞台は高校三年間で終わりだそうです。大学生からはシナリオがないということになります。もう、『世界の強制力』の支配に踊らされることはないでしょう」
「良かった、本当に良かったよ……」
私たちの意志や心を操られて、誰かを無理やり好きにさせられることはない。そして、命を天秤にかけられることもない。私たちは本当に解放され、自由になることができた。心の底から安心しきってしまって、何度も何度もそれを確認しては喜びを分かち合っていた。
そして━━━
「入谷聡君にお礼を言わなきゃだね~!」
朱奈が胸の前で手のひらを合わせた。そして、『聖女』の面影が蘇り、言葉に温かさが宿っていた。
「そうですね……」
「ええ……」
「うん。そうだね……早く目を覚ましてほしいよ」
『入谷聡』がこの際、誰であったとしてもどうでもいい。彼は【LoD】という世界で死ぬはずだった私たちの命を救ってくれた。私たちに未来をくれた。
事故からもうすぐ一週間になるが、そろそろ目を覚ましてほしい。
今まで守ってくれてありがとうって感謝の言葉を言いたい。気付いてあげられなくてごめんねと謝りたい。そして━━━
「桜月ちゃん、顔が赤いよ~?」
「え!?いや、それは、ってそういう、朱奈こそ顔が赤いじゃん!」
「え、え~、そんなことはないと思うけどな~」
「いえ、とても真っ赤ですよ?ゆでだこみたいです」
「人のこと言う前に鏡を見たらどうかしら?紫乃も同じようなものよ」
「……その言葉、そっくりそのまま麗音さんにお返ししますよ?」
「うるさいわね……」
四人の間に奇妙な沈黙が流れる。それぞれが、胸の内を隠そうとしながらも、真っ赤に染まった頬がすべてを物語っていた。
この光景を見るのは二度目だ。私がどのような表情を浮かべているかは分からないが、三人を見る限り、私も同様の表情を浮かべているのだろう。
「私たち、趣味嗜好が似ているのかもね……」
「ですね……」
困ったように私たちは笑い合った。かつてはこの感情を他の三人が抱いていることに嫌悪感を抱いていた。けれど、今は同じ人を思い浮かべていることに喜びを感じていた。彼と結ばれるのは一人だけだから、結局同じ強敵と戦うことなっているのに不思議だった。
「ねぇ……」
すると、麗音が遠慮がちに呟いた。私たちは一斉に麗音を見た。
「私は、『入谷聡』を愛しているわ。絶対に結ばれたい。だけど、友達と好きな人を争いたくないのも事実なのよ……」
「麗音ちゃん……」
麗音とはそこまで深い付き合いではないが、直接的な表現を避ける傾向にあると思っていた。悪く言えば、ひねくれ者。だからこそ、ストレートな想いに驚かされた。
皆を見ると同じことを考えていのが分かる。同じ苦しみを味わった者同士、全員で幸せになりたい。もう不幸な目に合ってほしくない。
運命に翻弄され続けてきた四人の『同志』、その想いは家族に対するものよりも遥かに重く感じていた。
けれど、残酷だ。救世主である『入谷聡』に対する想いはさらに大きい。『世界の強制力』はないのに、私たちは再び、同じ人間を好きになり、争いたくもないのに争わなければならない。皮肉なことに……
けれど、次の麗音の言葉にさらに驚かされることになった。
「だから、ここにいる全員で彼のモノにならない……?」
「え……?」
悲壮な覚悟を決めようと、心で葛藤してただけに、麗音のあまりにも突拍子もない提案は私たちの思考を上塗りした。思わず、視線だけで他の二人と交わる。そして、私は控えめに麗音に問いかけてみることにした。
「それ、本気なの……?」
「ええ、本気よ」
私たちは、瞳にさまざまな感情を宿しながら麗音を見つめた。すると、麗音もまた、まっすぐに私たちの目を見返してきた。
一番最初に沈黙を破ったのは朱奈だった━━━
「いいかもね~!私は賛成だよ~」
「本当に……?」
本心を探るように朱奈を見ると、笑顔で返答してきた。
「ただの友達だったら話は別だよ~?だけど、私たちは同じ絶望を味わった同志でもあるわけでしょう~?もう、他人事じゃないよ~。ね?麗音ちゃん」
「え、ええ。そうね。朱奈」
朱奈はほわほわな笑顔で困惑する麗音の手を取った。
「……だそうだけど、紫乃は?」
「そうですね……もちろん、個人としては、私一人を選んでほしいですね。ただ━━━」
一度、息を吞んだ。そして、
「私の中で貴方たちに対する同族意識も強くなってきたのも事実です。それこそ、彼と同じくらい……」
「じゃあ」
「私も麗音さんの意見に賛成ですよ。そもそも私自身、妾の子でしたし」
紫乃が自身の境遇を吐露して困ったように笑った。
そして、三人の視線が残った私に視線が集中する。未だに困惑があるが、答えは定まった。
「降参だよ。私もみんなと一緒がいい。ただし、一番は私だからね?」
全員、結ばれることは了承したが、彼の一番になりたい。一番愛されていたい。それが、この異常な恋愛を受け入れる条件だ。
すると、皆一斉に不敵な笑みを浮かべた。
「臨むところよ」
「正妻の座は私のモノです」
「ふふ、負けないよ~」
こんな関係は普通ではない。私以外の誰かと一緒にいる彼を想像して、嫉妬してしまい、苦しい思いをしてしまうかもしれない。四人全員で恋人になっても序列ができてしまうのではないか。私だけを優先してほしい。もしかしたら、私だけ捨てられてしまうのではないか。
不安を挙げれば枚挙に暇がない。
だけど、それでも、それと同じくらい、この関係がうまくいってほしいと願ってしまっている自分がいた。
「入谷君も驚くだろうね!」
「そうね……彼女がいきなり四人、しかも、【四方美女】全員だなんて。一体どんなリアクションをするのかしら」
「ふふ、今から楽しみですよね」
盛り上がっている中、一瞬だけ断られる可能性も考えた。けれど、彼の【日記帳】を見る限り、彼は私たち全員を推してくれている。少なくとも嫌いな人間だったら、私たちを命がけで助けようだなんて思わないだろう。
「楽しみだね~みんなで幸せになろうね~!
━━━ところで、あのクズどうする?」
「え?」
朱奈の声音が奈落の底に落ちたように低くなった。朱奈を見ると、私たちは息を吞み込んだ。首を傾けたまま、ひとふさの髪が朱奈の口に挟まっていた。瞳孔は狂ったように開ききっていて、冷徹で純粋な殺意が宿っていた。
カチカチと時計の音だけが部屋に響いた。朗らかだった部屋が極寒の極夜へと変わってしまったようだった。
「そ、それって、優t「その名前は口にしないでくれないかな?」え、ああ、ごめんなさい……」
麗音が朱奈に圧倒されてしずしずと小さくなった。
「どうしたんですか……朱奈さん?」
首だけカクンと動かして、朱奈は紫乃を見た。
「どうしたもこうしたもないよ。逆に、何でみんなはそんなに冷静でいられるのかな~?」
「……質問の答えになっていないと思うのですが……」
「じゃあはっきり言うね━━━私は【佐野優斗】を殺したいんだ」
すると、朱奈はいつもの笑顔に戻った。いや、外側だけだ。滲み出る邪悪さが隠せていなかった。百戦錬磨の紫乃から汗がこぼれていた。
朱奈の雰囲気に圧倒されて、私と麗音は蛇に睨まれた蛙のようだった。
「私ね。『世界の強制力』が何かわかっちゃったんだ~」
朱奈から発せられたのは意外なものだった。
「……それは何なのですか?」
ニコリと笑って、私たちを見た。恐怖で心臓が掴まれたような気分だった。
「私たちってさ【LoD】っていう世界のキャラクターなわけでしょ~?詳しいシナリオは分からないけど、恋愛物なのかな~?まぁ、そんなことはどうでもいいや~。シナリオの中心って何だと思う?」
「え、え~と」
何と言われると全く分からない。一括りにまとめられているが、物語にだってジャンルがある。ラブストーリーとSFでは全く別物だ。
「主人公だよ」
「あ……」
「主人公の想い、背景、行動、感じたもの、周囲の出来事━━━色々なものが要因となって話が進んでいくの。だから、物語の世界では主人公がすべての中心なんだよ━━━つまり、何が言いたいかっていうとね~、『世界の強制力』って、アレにとって都合の良い世界を維持するための装置みたいなものなんじゃないのかな?」
意外だった。朱奈は分析とか戦略のようなものを考えることが苦手なタイプだと思っていたからだ。ただ━━━
「……朱奈さんの言いたいことは分かりました。興味深い考察だと思います。ですが、『世界の強制力』と【佐野優斗】への殺意がどうして結びつくのか分かりません」
「私もそれは思ったよ。いくらなんでも……」
「そうね。名前も呼びたくないほど嫌な奴だけれど……」
殺意までは抱かない。もちろん、もう二度と関わる気はない。大学で会っても極力、無視しようと思っている。
「みんなはさ、【日記帳】を読んで違和感を感じなかったの~?」
「……というと?」
「アレさ~、入谷聡君がやってきたことを簡単に受け入れすぎじゃないかな?」
「━━━」
受け入れすぎ
朱奈の言葉を心で反芻すると、見ようとしていなかった奈落の底が見えてきたような感覚があった。
「やっぱりどう考えてもおかしいんだよね~。身に覚えがないことが起こったら、普通は怪訝な顔をするんじゃないかな~?でも、記憶の中のアレはそんな素振りを一切見せないんだ~。みんなもそうじゃないかな~?」
「……そうね」
「言われてみればそうですね……」
麗音も紫乃も私と同じ感覚を得ているのだろう。気付けば、私たちは朱奈の言葉に惹きつけられていた。
「百歩譲って、ただの主人公ならアレを無視すれば良いと思うよ~。【LoD】の創造主の人形という意味では私たちと同類だからね~」
【LoD】での被害者は私たち四人と『入谷聡』は言ってくれているが、アレもまた【佐野優斗】という主人公キャラを演じさせられていた被害者という考え方もできる。もしかしたら、私たちを好きにさせられたのは、あっちも同じだったという説だ。
「ただね━━━」
朱奈が再び、真顔になる。
「アレさ、『世界の強制力』があるものだと思って行動してるよね?もっと言えばさ、この世界の主人公だって自覚してるよね?」
『重要なお願い』
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