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【四方美女】side4

「ここですね……」


『入谷聡』の住んでいるアパートは高校から三駅ほど離れたところにあった。最寄駅から徒歩三分ほどの場所にあり、近くには総合小売店やスーパー、娯楽施設も整っており住むにはとてもいい場所だと思った。


辺りはすっかり真っ暗で、部屋の中から垣間見える明かりも、昼光色からオレンジがかった電球色になっていた。階段を登る音が不気味に響き、先頭を歩く紫乃が歩を止めた。205号室。そこが入谷聡の部屋らしい。


「開けます」


紫乃の言葉に私たちは無言で頷いた。どこで調達したのか分からない鍵を突き刺すと、ガチャリと音が鳴った。当然ながら、生まれて初めての空き巣だ。誰かがいたらどうしようとか、隣の人にバレたらどうしようという不安に苛まれていたが、それは杞憂に終わった。


「入りましょうか」


「そうね……」


「お邪魔しま~す」


「わ、私も」


とりあえず、外にいては怪しまれる。私たちはいそいそと入谷聡の家に入り込んだ。まず、私たちが感じたのは異臭だった。


「うわ~、酷い臭い~」


「ですね……」


「明かりを点けましょう……何も見えないわ」


「そうだね。明かり明かりっと……」


部屋の中は当然、無人で月明かりがない分、外よりも暗い。最後尾にいた私が壁の中間あたりに手を這わせると、スイッチが手に当たり、電源を点けた。


「うわ……」


明かりが点くと、一番最初に目に付いたのはゴミ捨て場のような台所だった。床一面に散らばる空き缶やペットボトルや、コンビニや出前で頼んだであろうプラスチック容器が散乱し、その隙間から覗く液体のシミがじっとりと光っていた。


「入谷聡は几帳面だったのかしらね?」


「……放っておいてください」


麗音が意地悪く笑うと、紫乃は少しだけ拗ねた。


ハンカチで口元で覆っても、異臭が鼻をつんざく。私たちはゴミを避けながら、奥の扉の前にたどり着いた。


「ねぇ、死体とか出てこないよね?」


「怖いこと言わないでよ~!めっ!」


朱奈は本当に怖がっているのかな……?


いまいち緊張感を感じなかったが、それが良い感じに場を弛緩させてくれた。


「いきますよ」


私たちが頷くと、紫乃が勢いよく、扉を開けると、奥には一つのワンルームが広がっていて、カーテンが風を舞い、夜空がベランダから覗かせた。部屋の中も汚いことには変わりないが、物が散乱しているだけで異臭はしない。


家具はソファーと部屋の中心に小さなテーブルが置かれており、そこにはノートパソコンがポツンと鎮座していた。電源が入っているので、この部屋の主が電源を落とさずに出て行ってしまったのかスリープモードになっていた。もう一つ特筆すべきものは部屋に入ると突き当たりに梯子があり、ロフトがあった。


「……とりあえず、やることをやりましょうか」


「そうね」


紫乃はゴミをどかしてノートパソコンの前に座った。麗音は無言でロフトへの階段を登っていった。


二人とも思い切りが良すぎない……?


これでは本当に空き巣だ。ここまで来て、躊躇う方も可笑しいのだが、どうしても倫理観が邪魔をする。


「私は部屋を掃除するよ~これじゃあ汚すぎるからね~」


それはそれで不味いんじゃ……


家が綺麗になっていたら、『入谷聡』が帰ってきた時に、混乱するんじゃないかと思ったが、さっさと行動し始めてしまった。


「みんな、自由人過ぎるなぁ……」


手持ち無沙汰になった私は麗音がいるロフトに上がることにした。何かを隠すにはとても向いてそうな場所だった。


「何か見つかった……ってどうしたの、麗音?」


ロフトの中央には布団が敷かれていて、周りにはダンボールが積まれていた。麗音は奥の方で女の子座りをしていたが、私の呼びかけで、身体を私の方に向けたが、顔は下を向いたままだった。そして、麗音は、古びて水を被ったような跡がついた財布を私の前に投げた。


「桜月、それが何かわかる……?」


「……さぁ?」


「私の、母親のものよ……傷の位置が記憶にあるものと完全に一致したわ……」


「ッ」


【日記帳】には、財布を失くした麗音の母親が腹を立たせて麗音を殴り殺そうとした。そして、それを拾った彼が【佐野優斗】を名乗り、一命をとりとめたとあった。


「あの日、眼を覚ましたら、あの女の機嫌がよくなってて、混乱したわ。ただ、財布がなぜか新しくなってて、私に万札を見せびらかしてきたのよ。【佐野優斗】のおかげって……」


「麗……きゃっ!」


麗音に声をかけようと身を伸ばした時にダンボールに足が引っかかって倒してしまった。


「やば~い!ごめ……ん……な……さ、い━━━」


私は度胸がないので、やはり物色などできない。特に男子高校生など年頃の男子だ。見られたくもないものの一つや二つくらいあるだろう━━━そう思っていた。


「な……なん……で」


ダンボールから出てきたのは、私のグラビアアイドルとして、一番最初に出した1st写真集だった。しかも、同じものが何冊も出てきた。


入谷聡が私の大ファンと考えられたら、どれだけ良かったのだろう。


「1……2……3」


思わず、一冊ずつ数え始めた。そして、数え終わると、隣りにある同じ形のダンボールが見えた。先ほどの罪悪感はもう感じない。空けると、同じものができた。


「53……54……55」


鳴かず飛ばずで売り上げを伸ばすためにマネージャーや社長から暗に枕営業を持ちかけられていた。そんな中で太客が一度に百冊買ってくれたという知らせを聞いて、心の底から喜んだ。そして、握手会に来てくれたのが彼だったのが嬉しかった。大好きだって再確認できた。


「98……99……100」


ピッタリ百冊。他のダンボールなど探す必要は感じなかった。ここにあるのがすべてだと直感していた。


「ははは……な~んだ。全部嘘だったんだね……」


今まで信じたかった最後の砦が崩れ去った。私に残っている彼への感情は完全に崩れ去った。残っているのは━━━


「そうですか、そうなんですね!……ふふふ……あはははははは!」


「アレ~、可笑しいな。なんで君が持ってるのかなぁ?可笑しいよね~?ね~?ね~!ね~!?」


ロフトから下を覗くと、パソコンの前で不気味に笑う紫乃と片付けながら何かを発見した朱奈が壊れたように口調を強くした。


「ふふふふ……そうだったのね……」


麗音が俯きながら呟いていたが、口元が三日月型に浮かんでいた。


「おっかしいね!あはははは!」


私も三人に負けず劣らず狂ってしまっていた。狂いたかった。


【日記帳】だけなら、紫乃の言ったことが眉唾物だと、悪い作り話で偶然だと言うことができた可能性もあったかもしれない。


カーテンの隙間から切り裂くような狂笑が寝静まった閑静な暗闇に木霊した。


この世界は作り物だ━━━


【西園寺桜月】は両親ではなく、この世界の創造主によって、作られ、【佐野優斗】に恋することをプログラムされた人形。


今まで生きてきた人生はすべて用意されたシナリオの上にあるおままごと。


私たちの喜怒哀楽、経験、出自、境遇━━━何もかもが【LoD】という物語を完成させるためのピースに過ぎない。命でさえも。


だけど━━━


「死にたくない……」


心臓をドロドロで実態のない何かに握られているようなそんな恐怖感が空っぽになった私たちの唯一の原動力。焦燥感に駆られて、私たちは合図するまでもなく、部屋の物色を開始した。


『入谷聡』が命を助けてくれたとはいえ、また、『世界の強制力』が働いて、あの男に好きにさせられるのではないか、また、命を天秤にかけたシナリオに巻き込まれるのではないかという不安が尽きない。


「ない……何も出てこないよ」


私と彼の思い出の品(・・・・・)がたくさん出てくるが、すべてどうでもいい。嘘の思い出に浸る余裕なんてもう私たちに残されていない。


そもそも、『世界の強制力』には上位世界の出身者である『入谷聡』ですら、逃れることができなかった。私たちが知ったところで何かできるのだろうか。


「はは、何をしても、無駄なんだろうね……」


嫌な絶望感が私を支配した。ガサゴソと手がかかりを探そうとする他の三人には申し訳ないが、もう体が動く気がしなかった。


私はロフトの階段のところに腰を掛けると、再び、【日記帳】を取り出した。そして、ぺらぺらと一ページずつもう一度見返す。


「凄いね。君はずっと、私たちを助けてくれていたんだね……」


私、1人でも大変だったろうに、それが四倍だ。私たちの日常は『入谷聡』によって支えられていた。それなのに━━━


「こんな目に合うなら、あの日、死んだ方が楽だったんじゃないかな……?」


私は最低だ。命の恩人を責めてしまっている。なぜ、楽に死なせてくれなかったのだと。こんな酷い【日記帳】を残していたのだ、と。


私はロフトから下を見下ろして、床までの距離を測るが、これでは足りない。


もう少し高ければよかったのに……


【日記帳】を卒業式のあの日まで一気に捲った。


命を惜しまない覚悟こそが勝利を呼ぶ━━━


という一文が私の目に入る。


「情けないなぁ……私」


死ぬ日が分かっていた『入谷聡』は私たちなんかよりも、恐怖は何十倍とあったはずだ。そして、自分の命を犠牲にして、私たちを助けてくれた。


「私は、私たちはどうすればいいの……?」


力無く、天を仰ぐとすぐそこには天井があった。ロフトだから当たり前だが、何をしても『世界の強制力』という壁にぶち当たる絶望感が現実になったようで嫌になった。けれど、天井の一部が凹み、血のような跡がついていて、思わず見てしまった。


犯人はいう間でもなく、『入谷聡』だろう。彼もどうすることができない現状に、閉塞感を脱しようとしたのだろう。無駄だったようだけど……


手元から離れた【日記帳】が開かれたまま、後ろ向きで置かれていた。無意識に雑に扱ってしまっていたようだ。罪悪感を覚えながら、私は丁寧に取り上げようとすると、視界の端に何かが映った。


「なんだろ……」


布団の下に何かが顔を出していたので、ひっくり返すとそこには一枚の破れた紙が隠れていた。レイアウトやデザインは【日記帳】と酷似していたので、【日記帳】を見返すと一ページだけ破られた跡があった。


「え━━━?」


瞳孔が大きく開き、手に持つ【日記帳】の一片を、無意識にぎゅっと潰してしまった。


こうしてはいられない━━━


「み、みんな!ちょっと、下に集合して!」


もう夜中だっていうのに、私は大声をあげてしまった。もしかしたら、隣人に迷惑をかけてしまったかもしれない。だけど、他人を慮る気持ちを度外視してでも、伝えなければならない。


「……どうしたのよ?」


「見つかったんだよ!わ、私たち、もう……」


言葉が詰まる。涙で声がしゃくり上がり、言語にならない。赤ちゃんのように泣くことで注意をひきつけることしかできなかった。


ロフトの階段を駆け下りながら、途中でジャンプをして飛んだのだが、着地に失敗して転んだ。


「桜月さん、落ち着いてください……」


「そうだよ~、何を見つけたのかな~?」


「えっと、あれ、その」


「一回、深呼吸をしなさい……」


「だって……だって!」


呼吸の仕方を忘れてしまい、言いたいことが言葉にならない。見てもらう方が早いので、私はゴミのようになってしまった【日記帳】の一片をそのまま渡した。


くしゃくしゃと広げる音が聞こえると、息を吞む声が聞こえた。


「こ、これは……」


私の、視界は滲んで何も見えていないが、他の三人が何を感じているのかはわかる。


私たちは本当に救われたんだ。もう、『自由』なんだ━━━



桜月、麗音、朱奈、紫乃へ


信じられないだろうけど、俺は前世で君たちに救われたんだ。


暗い部屋の中、何もなかった俺にとって君たちの喜怒哀楽とその物語が心の拠り所だった。


そんな大恩ある君らをハッピーエンドに導いてあげられなくてごめん。


バッドエンドにしてしまってごめん。


こんな最低な俺だけど、君らの未来だけは何があっても守るよ。


【LoD】のシナリオは主人公:【佐野優斗】を中心にした高校生活を描いたものだから、卒業してしまえば、君たちを縛っていた『世界の強制力』はなくなる。


つまり、全滅エンドを乗り越えたなら、本当の意味で『自由』だ。


誰かが佐野と結ばれるのかもしれないし、もっといい人が見つかるのかもしれない。


先のことは何も分からないな……


まぁ、何が起こるのが分からないのが本来の未来ってやつだ。


それでも、俺は君たちの幸せを祈ってるよ。


じゃあな

『重要なお願い』

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― 新着の感想 ―
誰にも伝わる事のない最後のメッセージ、か。そうだよなあ・・・。最後だと思ってればなにか残したいよなあ。 まあ何故か壊れかけの子たちがヤンデレる最後の引き金になったわけだが……
この手紙が日記帳にあったということは、日記帳が4人の手に渡る可能性があると思っていたのでしょう。 どうやって4人の手に渡る想定だったんでしょうか。
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