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【四方美女】side3

部屋は静寂に包まれていた。白いカーテンがわずかに揺れるたびに、温い風が病室内に招かれる。ベッドの左右には先日卒業したばかりの女子高生が沈痛な表情で中央に眠っている『入谷聡』を覗いていた。


全身包帯で巻かれていて、肌が露出している部分の方が少なかった。瞼は閉じたまま動かず、死人と言われても違和感がないくらいだった。


「いつになったら目を覚ましてくれるのかな……君に聞きたいこと、言いたいことがたくさんあるんだよ?」


私━━━西園寺桜月は小さく呟く。眠っている彼に届くように。


もう数日、意識を戻さない。医者の話だと、適切な処置のおかげで絶命は免れたらしい。ただ、このまま植物状態で一生目を覚まさない可能性もあると言われた。


「また来るよ……」


私の合図で全員が立ち上がる。それから病室を出るまで、私たちは一言も話さない。あの日から、暇さえあれば、病室に来ている。


すぐに目を覚ましてほしい。それは命の恩人に目を覚ましてほしいという綺麗な願いではなく、あさましくも自分たちのためだ。


私たちは一体何なのか。何を想って私たちを助けたのか。


私たちはこれからどうなっていくのか━━━


こんな薄汚い自己都合で生死を彷徨う命の恩人に縋ろうとしているのだ。そんな自分が心底嫌になる。表情を見れば、全員同じようなものだった。


━━━もしかしたら、この状況すら、作られた出来事なのかもしれない


そんな不安が消えてくれない。今ある世界から地面がなくなり奈落の底に落ちて行ってしまいそうだった。


「……皆さん。少しいいでしょうか」


最後尾を歩く東雲さんが歩を止めた。私たちも振り返る。


「何かな?」


「……私は、東雲家の力で『入谷聡』という人物を調べ上げました」


調べ上げるという言葉に一瞬私たちは詰まった。


「へぇ……流石、東雲財閥のご令嬢ね」


北川さんが興味深そうに東雲さんを見た。厭味ったらしくしているが、好奇心は隠せていなかった。かくゆう私も南条さんもだ。


「これから言う話は他言無用です。多少、違法性のあることもしているので」


「分かったよ~、お口チャック」


東雲さんの『違法性』というところに緊張感が走ったが、南条さんの言葉で力が抜けた。一般人ならグーパンチを喰らわせたくなるあざとさだが、【聖女】ゆえに許される。


私たちは病院のすぐそばにある寂れた公園に移動した。私と南条さんはブランコに乗り、東雲さんはブランコの周囲においてある柵を椅子にしてスマホを取り出す。北川さんは支柱に背を預けて、腕を組んでいた。誰かが来たらすぐに知らせられるようにしている。


「まずは『入谷聡』の家族構成なのですが……両親とは絶縁しているみたいですね……今は親元を離れて一人暮らしをしているようです」


「いきなり凄いね……理由とか分かるのかな?」


「はい。実家の方々に聞き込みをしたところ、母親が『アレは私の息子じゃない』『私の息子を返して!』『疫病神』と言っていたそうです。父親も同様のことを仰ってますね」


「実の両親に恨まれているってことなのかな?」


「ええ~、私、入谷君が目を覚ますことが怖くなってきたよ~」


不良のような悪いイメージが先行してしまって、私と南条さんは怖がった。


「ところがそうでもないみたいなんですよ。周囲からの印象は中々良かったらしいです」


「家の中では傍若無人だったんじゃないかしら?そういうのよくあるわよ。ソースは私のクソ親」


自虐的に北川さんが言ったが、東雲さんが首を横に振る。


「両親に疎まれているのは素行が悪いからでも、能力がないからでもないんです。実態はむしろ逆です。天才児過ぎたのです(・・・・・・・・・)


「天才過ぎた……?え~と。どういうことかな?」


「そのままの意味です。『入谷聡』は一般家庭では生まれるはずがない『天才』でした。幼稚園の頃には算数どころか高校数学まで理解し、小学生になるころには株や為替といったものに手を出して、中学の頃には正月にもらったお小遣いをタネ銭にして、数千万まで増やしたそうです」


「す、凄いね~そんな天才だったんだ」


「はい。はっきり言って私以上です」


東雲さんが断言した。うちの高校はおろか全国の学生の中でも指折りの実力者が、負けを認めたことが驚きだった。そんな彼女だからこそ、()が東雲さんを模試で負かしたときは学校のニュースになるほどだった。


「へ~、意外ね……素直に負けを認めるのね」


「ふふ、私は自分が世界で一番優れているとなんて思ってもいませんよ。ただ、数は少ないと思っていましたが……」


北川さんの挑発を軽く受け流した東雲さんはどこか楽しそうだった。


「結論だけまとめると、『入谷聡』は優秀過ぎたが故に、疑心暗鬼に苛まれた両親との間に決定的な溝が生まれてしまい、絶縁してしまったということですね」


「普通なら理解しがたいよ……優秀過ぎるせいで、自分の産んだ子供を疑うなんて……」


普段なら共感できない話として一笑に伏せるが、私たちには『入谷聡』の根幹に迫る【日記帳】がある。これを読んだ私たちは、どうしても彼の両親を責めることができない。


「ご両親には不幸なことかもしれませんが、おそらく、【LoD】の創造主は上位世界で罰を受けた反逆者を【入谷聡】という器に転生させたのでしょうね。ふふ、自分で言っておいてなんですが、駄作のSF小説を書いてる気分になります」


「楽しそうに言わないでよ……」


「失礼。未知との遭遇はこれほどまでに心が躍るんですね」


東雲さんはこの状況を楽しんでいた。大人しいご令嬢って印象だったけど、今は好奇心旺盛なお騒がせお嬢様という印象になってる。すると、ブランコの支柱から身体を離した、北川さんが急かすような視線を東雲さんに向けた。


「ねぇ、そろそろ東雲さんが何をしたいのか教えてくれないかしら?」


「というと?」


「こんな話をするために、わざわざ呼び留めたわけではないでしょう。誰かに話したいなら別として、私たちは元々、同じ人を好きになった敵同士じゃない?何かあると考えるのが普通じゃなくて?」


敵同士……


北川さんの言う通りで、彼を好きだった時は、他の三人を疎ましく思っていた。誰も彼もが綺麗で可愛くて素敵な女性だった。一歩抜きんでようと必死だった頃がもう遠い昔のようだった。


「北川さんの言う通り、かつての私たちは敵同士でした。過去に確執があったのは事実です」


東雲さんが私たちをまっすぐに見た。


「ですが、今の私にはどうしてもそう思えません。むしろ、同じ苦しみを抱える、その、『同志』……だと思っています」


「え……?」


東雲さんの口から『同志』という言葉が出てきたことに、私たちは驚いた。決して綺麗な関係とは言えないが、私の中にふつふつと湧いてきた三人に対する感情にようやく名前がついたような気がした。


「……そうだね!それいいかも!」


「うん!私も、そう思ってるよ~」


南条さんと向き合うと、お互いに気恥ずかしくなって笑いあった。【LoD】という世界のキャラクターで被害者という点でのみ同類の私たちだ。けれど、1人じゃないというのが何よりも安心感を持たせてくれた。


それがかつての敵同士であったとしても。いや、むしろ敵同士だったからこそ腹の内が分かって逆説的に信頼できた。


「同志……同志ね」


すると、北川さんだけがブツブツと呟いていた。


「どうかしたの?」


「いえ、その、えと」


私が声をかけると、ビクッと反応した。そんな過剰反応することを言ってしまっただろうか?


すると、北川さんは逡巡と躊躇を繰り返しながら、最後にはボソッと呟いた。


「『同志』よりも、『友達』の方がいいんじゃないかしら……?」


「え……?」


「友達~?」


「ですか?」


南条さんと東雲さんと交互に顔を見合わせる。そして、最後に北川さんを見た。すると、北川さんの白い肌がカーっと赤くなった。


「~~~ッ、忘れて頂戴!今のは気の迷いよ。同志で「いいね!それの方がいいよ!」え?」


私は思わず、北川さんの手を握った。冷たい見た目に反して、とても暖かい。


「ふふ、敵同士が友人になる。いいじゃないですか」


「そうだね~、同志よりもそっちの方が全然いいよ~」


「え、あ、そう、良かったわ……初めての友達」


ホッとしている北川さんが可愛くてたまらない。なんだか、学校で会っていた時とは印象が全く違う。とても綺麗なのに、可愛い。私たちは温かい瞳で北川さんを見下ろした。


「それなら、私は麗音って呼ぶね?朱奈も紫乃もいいでしょ?」


「……!うん、よろしくね~、桜月ちゃん。紫乃ちゃんも麗音ちゃんも」


「そうですね。私も、貴方たちを名前で呼ばせていただきます。その、朱奈さん、桜月さん、麗音さん……これでよろしいでしょうか……?」


「好きに呼んで頂戴。その、これからよろしく。桜月、朱奈、紫乃……」


花びらが私の頬を撫でる。振り返ると梅の花が満開だった。「春を告げる花」として知られているが、夜の静けさの中で私たちの関係を祝福しているようだった。


「ふふ、親交を深めるのはこのぐらいにしておきましょう━━━そろそろ本題と行きましょうか」


東雲……じゃなくて、紫乃が真剣なまなざしで私たちを見てきたので、背筋を伸ばした。


「私は確証が欲しいのです。【LoD】とは?あの男とは?入谷聡とは?そして、【東雲紫乃】とは一体何なのか……」


私たちもそれが知りたい。まだ【シナリオ】とやらが働いているのだったら、私たちがいつ『世界の強制力』でおかしくなるか分からない。


「でもさ~、入谷聡君は今、倒れてるんだよ?もしかしたら、一生植物状態だって言ってたけど……」


「朱奈さんの言う通りです。今のところ、この世界に一番詳しく信用できる人物は入谷聡しかいません。ですが、彼が目を覚ますまでに何かが起こってはもう遅いのです」


「じゃあ、どうしようと言うのかしら?その、紫乃」


「……照れないでくださいよ」


「う、うるさいわね」


「はいはい。麗音のことは一旦おいて置こう。それで何をしようというのかな?」


逸れかけた話を軌道修正した。紫乃がコホンと咳ばらいをした。


「これから入谷聡が現在住んでいるアパートに行きましょう」


「「「え?」」」


「鍵は既に手配済みです。ご心配なく。抜かりはありません」


そういう問題じゃないんだけど……


「ふふ、日記を三年間も付けるほど几帳面な人間です。家に行けば、物的証拠があるはずです。すべて、とは言いませんが、私たちの疑問が解消されるでしょ……どうされましたか?」


紫乃は私たちが苦い顔をしていることに気が付いた。そして、朱奈が困ったように紫乃に言った。


「紫乃ちゃ~ん、それって空き巣じゃないのかな~?」


「そうですが、何か?」


キョトンとしている……


「最初に言ったでしょう?他言無用だと。もし、他の人間がこのことを知ったら、ふふ、どうなるでしょうね」


「友人解消しようかしら……」


「手遅れです☆」


引きつった笑顔の麗音にここ一番の笑顔でウィンクをした紫乃。


友人になったとはいえ、金持ちの考えてることはよくわからないなぁ……

『重要なお願い』

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