【四方美女】side2
日が傾きかけた午後の空には、鈍色の雲が広がっていた。空になったグラスが私たちの机に乱立し、中に入った氷も融解していた。
私たちの視線は異様な存在感を放っていた一冊の【日記帳】に集中していた。
「は、はは。こんなの嘘よ……どうせ、私たちのストーカーでもしてたんでしょう?」
一番最初に声を発したのは北川さんだった。
「北川さん……?」
北川さんは片腕で肘をつきながら、顔を覆って怪しく笑った。
「目を覚ましたら入谷聡を問い詰めないと。ええ、そうね「北川さん」……何よ。何か言いたいことでもあるのかしら、西園寺さん」
北川さんは私を鋭く濁った眼付きで私を見てきた。
「本当は分かってるんじゃないの……?」
「ッッ。あ、貴方たちはどうなのよ!?こんなことが、こんなことがあっていいはずないじゃない!?」
鋭い怒声が店内に響き渡った。
「落ち着いてよ……」
「落ち着いていられるもんですか!私たちの三年間が、想いが、全部、誰かに作られたものなんて……そんなの…うっ」
吐き気を催した北川さんがトイレに駆け込んだ。私も到底信じられるものじゃなかった。
【日記帳】に記された真実━━━それは私たちが高校三年間、信じ続けてきたものをすべて根底から覆すものだった。
入谷聡の【日記帳】には、私たちのことが事細かに書かれていた。いや、細かく書かれ過ぎていた。
一つ一つのエピソードだけなら偶然だと一笑に伏せるが、これではまるでずっと誰かに監視されていたようなものだ。
私たちは【LoD】という世界の登場人物で、佐野優斗を好きになるようにプログラムされた人形。そう考えたら途端にこの世界が怖くなった。
「で、でもさ~。それじゃあ入谷聡君は一体何者なのかな~?」
南条さんは普段は【聖女】として名高く、常に鷹揚と構えている大人な女性だ。その彼女の声が震えていた。
「分かりません……ただ、私たちの居る世界とは別の次元に居たのでしょう……おそらくですが上位存在……」
この中で一番、冷静なのは東雲さんかもしれない。恐怖の中に知的好奇心が垣間見えた。
「……私も東雲さんの意見に賛成だよ。彼がどうしてこの世界に来たのかは分からない。だけど、この文面から察するに……」
「この世界の創造主とは対立している、と」
私はコクンと頷いた。
「仮説の域を出ませんが、入谷聡は上位世界で罰を受けたのではないでしょうか。それで下位世界である私たちのいる【LoD】の世界に堕とされたのでは?」
「た、確かに~【日記帳】の後半は罵詈雑言だらけだもんね~」
「流石、東雲さんだね」
「いえ、全く根拠もないただの絵空事です……他の人が聞いたら、頭がおかしくなったと病院に連れていかれるでしょうね」
自虐的だが、東雲さんの言っていることは的を射ていた。
「ただ、一つだけ真実があるとすれば、【バッドエンド】とやらに導こうとする【主人公】:佐野優斗を誘導して、私たちが死なないように陰で働いてくれていたのが入谷聡という人物であるということです」
「ッ」
この【日記帳】に書かれている【バッドエンド】。これを迎えると私たちの誰かが死ぬらしい。そして、その鍵を握っているのが優斗君だった。優斗君の行動次第で私たちの運命が決まると書いてある。
ただ━━━
「やっぱり信じられないよ!私たちはずっと優斗君に助けられてきたんだよ!?」
「そうだよ~!私たちの救世主は優斗君なんだよ~!?」
「わ、分かっています。同じ人間を好きになったのです。信じたい気持ちは一緒です……ただ……」
この【日記帳】に書かれていることはフィクションで悪い冗談であってほしいという私たちの願望が思わず出てしまい、東雲さんに突っかかってしまったが、反省だ。東雲さんだって同じ想いを抱いているはずなのだ。
「……なら確かめてみましょう」
「……北川さん?」
北川さんはグロッキーな表情で幽霊のように這いながら自分の席に戻ってきた。
「今から優斗に電話しましょう。そして、この日記の内容について、聞いてみましょう」
「た、確かに~!それが一番だね~」
「私も賛成です!」
南条さんと東雲さんがこぞって手をあげた。
そして、最後の一人である私━━━西園寺桜月に視線が注がれた。
「うん……そうだね」
実際これが真実を知る一番良い方法だ。優斗君が入谷聡の言うような人間なのかどうかこれではっきりするはずだ。私たちはもう、これに縋ることしかできなかった。
『もしもし?どうしたの麗音』
北川さんが電話をかけると、すぐに優斗君が電話に出た。スピーカーにして私たちに聞こえるようにしてくれた。
『お~い、どうしたの麗音?』
「ごめんなさい、優斗。今、【四方美女】で集まってるのよ」
『え!?そうなんだ!?もしかして、例の件を考え直してくれたのかな?』
「いえ、それとは別件よ」
『ちっ。俺も忙しいからさっさと用件を言ってくれよ』
例の件というのは全員をセフレにするという話だろう。それが違うというと優斗君は舌打ちをした。
━━━私たち、優しい優斗君を好きになったんだよね……?
ズキリと心が痛んだ。
「じゃ、じゃあ私から一つ質問するから答えて頂戴」
『はいはい』
すると、北川さんは深呼吸をした。そして、いつもの強い表情で意を決したように声を発した。
「ねぇ、優斗……私の家に来たことあるわよね??」
『ないよ』
きっぱりと断言した。日記には北川さんの親に【佐野優斗】を名乗る同級生が母親の財布を拾って届けたとある。そのおかげで北川さんは殴殺されずに済んだらしい。
「わ、私の母親に会ったわよね?佐野優斗って名乗ったのよね!?」
『そんなことしたことないなぁ……』
「嘘よ……ね?」
『くだらない嘘をつくわけがないだろ?次々」
顔面蒼白になった北川さんは深く椅子に腰かけて、虚空を一点に見つめていた。
「じゃ、じゃあ~、私からも質問だよ~」
『朱奈か。いいよ』
「うちの両親の会社とたくさん取引してくれたでしょ?ありがとね~」
『は?何それ?』
「え?」
『俺、そもそも朱奈の両親の会社なんて知らないんだけど……』
「う、嘘だよね?たくさん印刷が必要って!【佐野優斗】って名前で領収書を書いたってお母さんが言って!」
『嘘なんてつくわけがないじゃん。麗音といいおかしな奴ら』
「たんだよ~……」
最後まで言えなかったセリフを言いながら、南条さんはソファーに座った。
「つ、次は私です。東雲です」
『紫乃か。なんだい?』
「佐野さんが私を模試で負かしたときのことを覚えていますか?」
『ああ、それなら覚えてるよ。やっと身に覚えがある質問が来た』
「良かったです」
東雲さんがホッと一息つく。しかし、次の言葉で凍り付くことになる。
『あ、でも、あの時、答案用紙が二つあったんだよなぁ~』
「え……?」
『まぁどうでもいいか。俺、高得点取れた自信はあったし。半分しか取れてない方は誰かの悪戯だろうなぁ』
「そ、そうですね……ありがとうございました……」
優斗君の笑い声が聞こえてくるがこちらは気が気ではなかった。
【佐野優斗】と書いてある二枚の答案。片方が満点近く取れていて、もう片方が半分くらいしか取れていないと【日記帳】に書いてあった。
東雲さんに肩を並べる天才と言われた優斗君の言葉が空虚だった。
ここまで状況証拠が揃ってしまって、東雲さんも同じようにソファーに深く座ると、顔を手で覆った。
『じゃあ、最後、桜月かな。手短に頼むよ?』
私の番が回ってきた。怖い。前三人はそうであったとしても、私だけは違っていて欲しい。
信じてるよ、優斗君!
「私の1st写真集の握手会に来てくれたでしょ?」
『ああ、そうだね』
「ありがとね?高かったでしょ?」
『は?何の話?』
「写真集を買ってくれた人に一枚ずつ応募券が入っていて。え~と、優斗君は私のために、写真集を百冊買ってくれたんじゃないの……?」
『何言ってるんだかわからないな?すぐ近くでナマの桜月に会えるのにそんな面倒なことするわけないじゃん。ってか、アレって桜月が俺に会いたくて、送ってきたものだろ?水着似合ってたよ』
「……ありがと」
『これで質問は終わりかい?俺も忙しいんだ。じゃあ、また今度ね。バイバイ』
そう言うと一方的に通話が切れた。私たちは一言も発さないが、静寂の中でツーツーと無機質な切断音がスマホから響いた。
「ふふふ」
誰かから笑い声が漏れる。
「ははは」
「ふっ、ふっ」
「あはは……」
そして、釣られるように一人一人と嗤いだし、私たちのテーブルには笑い声が響き渡った。笑いが笑いを呼び、魔女が儀式をしているような異質さを醸し出した。
心の中で信じてた優斗君━━━佐野優斗は嘘だった。大事だと思っていたものが、ガラガラと崩れていき、残ったのは伽藍洞だけだった。
「ふふ、面白いわね。私たちが信じていた佐野優斗は何だったのかしら?」
「そうだね~。一度も彼が助けてくれたことなんてなかったのに、恋するなんて本当に馬鹿みたいだよ~」
「愚の骨頂極まれりですね。愚かすぎて笑いが止まりませんよ」
「そうだね!何もかもがどうでもよくなっちゃったよ!」
私の中で佐野優斗への恋心は消えた。
いや、一体何に恋をしていたのだろう。
幼馴染だから?
そんな理屈で私はあの男を好きになったというのか。
何が良くてアレを好きになったのだろう。
「━━━ねぇ、答えを教えてよ。入谷聡君。私は、私たちは一体何なのかな?」
『重要なお願い』
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