60 エレオノーラとアリシア(ローベルト視点)
悪役令嬢や聖女が登場している話をたくさん読んで楽しくなり、自分でも書いてみたくなって挑戦しています。
今回は時々入る他視点の話でネモ(エミリア)とアリスの父ローベルトの視点です。
どうぞよろしくお願いします。
王城から緊急の連絡が入り驚いた。
王都の屋敷に、手配されているズールが身分を偽り潜伏していて、アリシアの侍従のローレンスとアリスのメイドのアンが襲われ、未然に防ぐことはできたが訪問していたエミリアが狙われたようだという。
何故、王都の屋敷にエミリアが?
私はジョシュアに相談し、あわてて王都に戻る仕度を始めた。
ジョシュアが信頼できるハロルドをお連れ下さいと言ってくれ、ふたりで馬を飛ばして王都へ向かうことにする。それが一番早い。
出発する前にジョシュアが次の連絡を持ってきた。
それにはアリシアがアリスを家敷に呼んだため、エミリアや王子達が同席し話し合いを始めたところ、アリシアが怒りエミリアに危害を加えようとしたとのこと、それとは別件でズールが動いていたことがわかったと。
私が子爵令嬢であったアリシアと結婚したのは、友人から妹であるアリシアが私に好意を持っていると相談されたからだった。
会ってみると恥ずかしがり屋のおとなしい女性だった。
私は結婚をすることに決めた。彼女の兄である子爵令息は私と同じく第1王子の友人でもあり、これからも第1王子を支えようと約束していた仲だったからだ。
継いだばかりで辺境伯爵として遠い領地で過ごすことが多く、王都を留守にしがちであったが、おとなしく慎ましやかなアリシアなら領地でも王都でも、どちらで過ごすにしても大丈夫だろうと思ったのだ。
結婚してしばらくはアリシアは辺境伯爵領のダナンで過ごした。
のんびりと楽しんでいたとは思うが、そこでアリシアは領地や領民についてはあまり興味がなく経営に関わるような思いもほとんどないことがわかった。
一緒に夫と歩んでいくという考えの女性ではなかったわけだ。
その時、アリシアの母の体調が良くないと王都から連絡があり、アリシアを王都の屋敷に帰すことにした。
これでいつでも実家の子爵邸を訪ねることができる。アリシアの希望もあり、アリシアのためになるならと決めたことだったのだが。
たまたまなのだが、その年、天候不順が続き、私が領地から離れられないことが続いた。
アリシアは新婚なのに領地から夫が帰ってこない寂しい妻と周囲から思われてしまったようで、夫人の集まるお茶会などでからかわれたりしたことがあったようだ。
手紙などで寂しい心の内を打ち明けてくることもあったが、天災のため、領地領民のためと私は正論を書いて返事をしていた。
今思えば、そのあたりからアリシアの心は少しずつ病んでいたのかもしれない。
なかなか夫に会えず、子どもを授からないのも不安だっただろう。
第1王子が即位して国王となり、王妃を迎え、懐妊の知らせに国中がお祝いムードとなっていた頃、
やっとアリシアが懐妊した。
アリシアは王都での出産、子育てを希望したので私は了承した。
王国で25年振りの神の贈名を持つかわいらしい女の子だった。
アリス・ユーチャリス・アリステラ
アリシアにとってなかなか会えない私よりも、この子がアリシアを支えてくれるのだろうと思っていた。
実際は贈名持ちの娘と注目されたことで、アリシアは注目され、嫉妬されて夫人の集まる場で心がすり減るような思いをすることもあったようだ。
そのうち彼女は私が領地からなかなか帰ってこないということを隠すのではなく、自分から言うようになった。そうするとからかわれるのではなくて同情されるのだそうだ。
黙っているとからかわれ、言えば同情される。ならば同情される方が気持ちが楽だというわけだ。
私は王都の友人からたびたび忠告を受けたが、夫の悪口を言うくらいでアリシアの気持ちが安定するならばと、気にも留めていなかった。
その後、私はひとりの女性と出会ってしまった。
エレオノーラ・ダルトン男爵令嬢。
黒く長い髪に深く濃い青の瞳を持つ。落ち着いているのに華やかさがあり目が離せない。
男爵令嬢でありながら、男爵家の財政的な困窮もあり、女優として仕事をしていた。
王妃と彼女が友人だったこともあり、エレオノーラと王城で出会ったのだ。
友人となった私は王都に戻る度に彼女の舞台を観に行くようになり、そして彼女のことを知っていった。
舞台人としての表現力も素晴らしいものを持ち、性格もさっぱりしていて、正義感もありそれを発揮する行動力もある。自分の意見を持ち、話し相手としても素晴らしい。
私はすっかり恋をしてしまった。
彼女も私の思いに答えてくれ、正妻のアリシアがいることから愛人という立場になってしまうことも含めて承知してくれた。
やがて彼女は身籠ると舞台を降りた。
その辺りからエレオノーラのひどい噂が王都に流れ始めた。
私はアリシアと話をしようとしたが、彼女は私とエレオノーラを悪者にすることで王都中の夫人達の同情を集めることに成功していた。
まもなくエレオノーラは娘を産んだ。
なんということだろう。その子も神の贈名を持った女の子だったのだ。
エミリア・ネモフィラ・アリステラ
世間から注目され、またも噂が蒸し返され……。
私はエレオノーラとエミリアを領地のダナンに連れて行った。
ここなら王都での噂もそこまで届かないだろう。
エレオノーラは辺境伯爵領の屋敷に入ることを拒んだ。
正妻が使用すべき場所や施設は使いたくないのだと。
我儘ではなく、彼女はアリシアに遠慮していたのだ。ひどい噂を流され傷つけられても、私の正妻であるアリシアの気持ちや立場を考えてくれていたのだ。
私はダナンの郊外に小さな家を用意し、信頼していた従者のハロルドにその家のことを任せエレオノーラとエミリアを守ってくれるようにお願いした。
このダナンの小さな家で、私は初めて自分の家族の愛と温かさを感じることができた。心から安心して過ごせる場所。エレオノーラとエミリアと過ごすことが私の幸せであり楽しみであり、癒しだった。
私はエレオノーラのやさしさに甘えていたのだと思う。
アリシアと向かい合うことをしてこなかったのだから。
そして、馬車の事故が起こり、エレオノーラは治療の甲斐なく亡くなった。
母が亡くなったのは自分のせいではと悲しむ8歳のエミリアと私を残して。
エミリアが心配だからと……。本当は私の手元から離したくなくて、王都に連れ帰ることにした。
それによりエミリアがどんな目に合うかなど考えてもいなかった。
母親を亡くしたばかりの、この私と同じ金髪のかわいらしい女の子を虐げるようなことをする者はいないだろうと思い込んでいた。
私が王都を離れている時、エミリアは屋敷の仕事をさせられたりということはあったようだが、エレオノーラも家のことをできるようにと育てていたし、そんなにたいしたことではないと思っていた。
私はエレオノーラに続き8歳のエミリアにも甘えてしまっていたのだ。
後から食事を抜かれたり、叩かれたり蹴られたり、使用人も一緒になり意地悪をされていたことがわかったのだが……。
その頃にはエミリアについてもひどい噂が王都に流れていた。
とうとうエミリアからお願いされた。この屋敷を出てダナンに、あの家に帰りたいと。
私達は計画を練った。私がエミリアを守ろうとダナンに避難させたとなると、さらに攻撃されるだろう。
私に追い出されてダナンに追いやられたのだと、アリシアが思うようにしなければならない。
それからエミリアはダナンで育ち、ミーア帝国皇子ウォロとお互いに身分を隠したまま知り合い、婚約することになったのだが。
アリシアはその婚約に対しても勝手にエミリアを貶めるような筋書きを考え、アリスに吹き込み、そして王都の婦人方にも心配だと言いながら話しまわっていたようだ。
魔法学校へ入ったエミリアのこともなにか言っていたようだが、私も王都の社交の場に出ることにうんざりするようになり……。
アリスがエミリアと仲直りし、本当に良かったと思っていたのだが。
そうか、アリシアにしてみれば、エレオノーラに私を取られ、エミリアにアリスを取られたと感じたわけだ。
王都の屋敷について、私はまずアリシアと話そうとしたが、彼女は話ができる状態ではなかった。
私はハロルドとともに屋敷のすべてを見直した。
ロイは執事としての仕事をできておらず、アリシアの機嫌を取ることで執事の座を守っていたようだ。
ズールのことも不審にすら思わず、給金の安さで採用したようだ。
私は不審な点のある使用人はすべて解雇し、新たに信用できる使用人を選んで屋敷に配属させた。
アリシアの世話をする者としてふたりほどアリシアの馴染みのメイドは残したが、彼女達には権限を持たせないようにした。
魔法学校にエミリアとアリスを訪ねた。
アリスは見違えるように成長していた。やはりアリシアが問題だったのだな。
だが、それを彼女に対する罪悪感から放置してきたのはこの私だ。
ズールの使用した魔道具がミーア帝国の物かもしれないということになり、ウォロが一度ミーア帝国に帰ることになった。従者のミクラは妻のジュンが身重のため置いて行くというので、ハロルドを連れて行くように言った。
ハロルドには「人使いが荒い」と笑われたが、承諾してくれた。
領地の方はジョシュアがいるから大丈夫だろう。
私はこの王都で、今まで放っておいたものと向き合わねばらならないようだ。
読んで下さりありがとうございます。
アリシアは恋愛感情があり、ローベルトは政治的に良い相手だったからという、ふたりの結婚に対する感情の差が最初からあり過ぎたのかなと。
それにしてもローベルトはいい父親のようで、ちょっと楽天的と言うか、事態が好転するのを期待して様子を見てるのが長いのでは? とかいろいろ思うところはあります。
ゆっくり書き進めているのでお付き合いいただけるとうれしいです。
これからもよろしくお願いします。