27 あきらめきれない(エドワード視点)
悪役令嬢や聖女が登場している話をたくさん読んで楽しくなり、自分でも書いてみたくなって挑戦しています。
今回も主人公以外の視点からの話です。
どうぞよろしくお願いします。
魔法学校に入学して同じ寮にミーア帝国のふたりとアリスの異母妹のエミリアがいることに驚いた。
確かに、アリスの異母妹ならば辺境伯爵令嬢だから、1寮になるのはわかる。
けれども、アリスに暴力をふるっていたというエミリアだぞ。
男のような制服で、ガンガン話しかけてくる。
自分をネモと呼べと強要し、勝手に呼び捨てで呼んでくる。
なんて失礼な奴だ!!
でも、だんだんにその存在から目が離せなくなってきた。
ミーア帝国第3皇子のウォロと婚約していて、魔法の力もすごくて、ティエルノやライトともいつの間にか仲良くなり、セレナにもやさしい。
ネモに話しかけられるのがいつの間にか心地よくなってきていたが、こいつは『悪役令嬢』だと自分自身に言い聞かせていた。
ダンスの時、セレナやオードリーと組み合う時はそこまで緊張しなかったが、ネモはだめだった。
まず、背が同じくらいだから顔が近い。
あんな至近距離でじっと見つめ合うなんてとてもできない。
ネモは全くお構いなしに俺を見つめてくるし、ガンガン意見を言ってくる。
「私ズボンだから足がぶつかるのわかるでしょう?
もし気づいてないならちょっと見てみなよ。スカートよりわかりやすいと思うから」と言われた時、俺はネモの足を意識してしまって真っ赤になった。
思わず手を放し、実習場の外へ逃げた。
誰もいないところで言い合いをした。
ネモはお前と呼ばれるのが本当に嫌なようだ。
周りを気にせず言い合いができて、ちょっと楽しいとすら思ってしまった。
弱音もネモになら少し吐けた。
ちゃんと受け止めてくれて、変な励まし方をしてくるけれど、それが素直な言葉だと信じられる。
でも、ネモにはもうウォロがいる。
俺に出会う前にウォロに会ってしまっているのだからもうどうしようもない。
わかってはいるが、ネモとウォロが仲良くしているとイライラする。突っかかりたくなる。
なんだこの気持ちは、自分自身にふざけんじゃねえぞとすら思ってしまう。
セレナはそんな俺のことを心配してくれているが、それに応えている余裕すらない。
休みの日の午後。
ネモが自分の噂のことを知っているか? と話し始めた。
アリスから聞いていた話とは全く違っていたが、今ではネモの方が真実を話していることがわかる。
俺は見ていたからだ。
お茶会で、金髪の青い瞳の女の子が泥だらけにされるところを。
あれは8歳の時、セレナの家のお茶会だったはず。
雨上がりで庭がきらきらしてきれいなのに、お茶会が室内で行われていた。
俺は挨拶もそこそこに従者からそっと離れ、庭へひとりで行った。
そうしたら、庭で茂みのようにこんもりした背の低い木の下の空間に潜り込んでしゃがみこんでいる同じくらいの女の子に会った。
俺と同じ金髪だった。
同じように木の下に這いこんで「何してるの?」と話しかけるとにっこり笑ってくれたけれど何も言ってくれなかった。
俺は隣にしゃがみこんで女の子が見ている上を見てみた。
葉の間からお日様の光が優しくキラキラしていてとてもきれいだった。
「きれいだね」
思わず女の子に向かって言うと、女の子と目が合った。
とても大きな濃い青い瞳をしていた。
キラキラが瞳に映りきれいだった。
女の子は俺の目を覗き込んで頷いた。
オレの緑の目もきれいだと言ってくれたのかな?
ふたりで黙ってキラキラを見上げていたけれど……。
「名前を教えてくれる?」
俺は勇気を出して聞いてみた。
「エ……」と女の子が言いかけた時、あわてて女の子が木の下から這い出して行った。
「お前はどこに行ったのかと思ったら!」
女性のヒステリックな声が聞こえて、木の下から出るタイミングを失った。
葉の隙間から高位貴族らしい女性が女の子の腕をつかんで揺すぶっているのが見えた。
女の子は痛そうな表情をしているが、何も言わない。
それを見てさらにカッとなったのか、いきなり女性は女の子の頬を平手打ちした。
女の子は悲鳴すら上げずに耐えている。
「頬が赤くなってしまったわね……」
女性は周囲を見回し、近くの水たまりを見つけると女の子を連れて行きそこに突き飛ばした。
女の子がよろけて水たまりに倒れこむ。
「顔をつけなさい!」
女性が命令した。
「お前の左の頬を汚すの! 赤くなっている場所に泥をつけなさい!」
女の子は目を閉じて腕で身体を支えながら水たまりにそっと左頬を漬けた。
「もっと!」
女の子はあきらめた表情で水たまりの中に倒れこむように顔を漬けた。
女性は満足げに頷くと「起きなさい!」と言って、女の子を歩かせて行った。
向こうのほうから女性の妙に張り切ったような大きな声が聞こえてきた。
「この子は本当に不器用でぼんやりしていて、何もないところで転ぶんです。
いえ、お気になさらず。
馬車で着替えさせて待たせておきます。
いえいえ、お風呂なんてとんでもない!
粗相をしたのはこの子自身ですから、どうぞお構いなく。
大丈夫です。この子のことですから、こんなこともあろうかと着替えも持って来ております!」
俺は何を見たんだ?
女の子がいじめられている?
木の下から這い出てそちらに行こうとしたら従者に見つかり、子ども達のお茶会に連れ戻された。
次の日、セレナにお茶会で泥だらけになった女の子のことを聞いた。
セレナの家の人に聞いてもらったらわかるかもしれない。
名前もわからないから、それ以上聞きようがない。
調べておいてくれると言ってくれたが、次に会った時にわからなかったと言われた。
名前をちゃんと聞いていれば……。
しばらく他のお茶会でもその女の子を探してみたけれど、見つからなかった。
気にはなったけれど、もう探しようがない……。
いつの間にか女の子のことは思い出になっていた。
ここにいた。
俺はウォロより先に出会っていたんだ。
あの時、もっと必死に追いかけていたら、あきらめずにもっと探し続けていたら……。
今、ネモの隣にいたのは俺だったかもしれない。
ネモにオードリーが抱きつこうとした時、ウォロがネモをさらうように抱きあげた。
怒ったオードリーやその後のネモの言葉にみんな爆笑していたけれど、俺はどうしても笑えなかった。
その後のダンス練習でアリスと兄様に踊って見せるように言われた時、セレナは緊張したのかひどく震えていたのでネモに代役を頼んだ。
ウォロに借りると断って、絶対に返せよと言われたけれど、ダンスをしているうちに気持ちが変わった。
まだ5年もある。婚約は結婚じゃない。
まだ無理だと決まったわけじゃない。
花祭りの日のネモはとてもきれいだった。
ウォロとネモが仲が良いのを何度も見せつけられたけれど、以前のようにそこまでイライラはしなかった。ネモをあきらめたわけではないのに、不思議だった。なぜだろう。
ダンスの時に思わず頬にキスをしてしまったのは、子どもの頃の助けたいと思った気持ちと、今の自分の気持ちを伝えたい気持ちが、思わずそういう形になってしまった。
ステージから降りたらティエルノに「ウォロに殺されるぞ! 何してんだ!」と言われた。
「キスしたかったからキスしたとしか言えない」と答える。
しばらくティエルノとふたりで少し離れた所でみんなの様子を見ていたが、ネモとセレナが出て行ってセレナだけ戻ってきた。
セレナの顔色が悪い。気になって、ふたりでみんなの所に戻った。
「ネモがアリスに4-1寮にイヤリングを取ってくるように言われて、場所がわからないと言ったら近くの4年生男子が案内すると言ってきて。
その人4-1じゃない!
どうしよう! ネモを行かせちゃった!」
セレナが叫ぶように言った。
俺とウォロが同時に玄関に向かって駆けだした。
「4-1の場所わかるか?」
ウォロが聞いてきた。
「わかるけれど、違う場所だろう。違う4年の寮かもしれないし……、全然違う場所かも」
「そうだな」
ウォロが右手の薬指に嵌めた指輪に触れると微かな光の筋が伸びた。
「あっちだ」
「魔道具か?」
「ああ。もうひとつをネモが嵌めている」
光の筋を追って走って行くと、4-3寮が見えてきて、ネモが3人の男子生徒につかまって寮に連れ込まれるところだった。
俺はあわてて4-3寮に駆け込もうとするがウォロに止められる。
「なんで!」
「全員眠らせる」
ウォロが寮全体に闇魔法をかけ始める。寮が全体的に日陰に包まれた様に暗く見えた。
「ネモまで寝ちゃうだろ!」
「大丈夫、ネモは少し耐性があるから」
しかし、誰も出てこない。
「あ、強すぎたか?」
ウォロは懐から左手で水薬の瓶を出して「一口飲め」と言いながら渡そうとする。
「なんだよ?」
「闇魔法の耐性を一時的に上げる薬。一口飲んで中からネモを連れてきて。
闇魔法をかけると途中でやめられない。
もう少しここにいないといけないから」
右手だけは寮の方に向けてかざしている。
俺が瓶を見て戸惑っているとウォロが瓶を左手で器用に開け一口飲んでみせる。。
「カトレア先生に作ってもらった薬だから大丈夫」
俺は瓶を奪うと一口飲んで、蓋をしてウォロに返すと寮に入った。
なんだかこの時間帯にしては寮の中が暗い。
玄関のすぐ近くでネモが倒れて寝ていた。
何とか抱え上げてウォロの所まで連れて行く。
「ありがとう。これで最後!」
外から見ていても寮の暗さがさらに暗くなった気がする。
ウォロはネモの上半身を抱えると瓶の水薬を口に含みネモに口移しで飲ませる。
俺は見ているしかできなかった。
ネモは一口飲みこんで、しばらくすると咳き込み、目を覚ました。
「大丈夫か? 今、闇魔法の耐性が上がる薬を飲ませたから」
「あ、ありがとう……」
「まだパレードには間に合う。行けるか?」
俺はウォロの言葉に驚いた。
「こんな状態なのに行かせるのか?!」
「最後までやり遂げる。アリスに何も言わせないんだろ?」
「うん、行かなきゃ!」
俺は複雑な気持ちになった。やっぱりこのふたりには特別なものがある。
ウォロには負けたと思いながら、まだあきらめきれない……。
次からまたネモ視点の話に戻ります。
また普通に学校生活が続いていきます。
まだまだいろいろ起こりますので(学校行事やアリスがしてくることなど)、少しでも面白いと思って頂けたら、付き合って頂けるとうれしいです!
どうぞよろしくお願いします。