141 見殺し
悪役令嬢や聖女が登場している話をたくさん読んで楽しくなり、自分でも書いてみたくなって挑戦しています。
ゆっくり書き進めていますのでお付き合いいただけたらうれしいです。
どうぞよろしくお願いします。
「ちょっと待って、マーリン!
どういう意味?
ネモは自分の魔法や薬が治療に使えるのではと、病院の治療に協力してくれてる学生よ!」
キャサリン先生が聞き返す。
「こんな、こんな素晴らしい力があって直接治療できるのに、なぜ隠していた?!」
なんか怒ってる?
「直接治療は、聖魔法使いでも個人差がある。
ネモは今年の夏に、ミーア帝国と神聖ホウエン王国で治療する機会があって、その時の経験なのか聖魔法の、特に治癒の力が非常に強くなっているみたいなんだ。
予想はしていたが、確実にわかったのも本当に今の治療を実際に見てわかってなんだ!
隠していたわけではない!」
クラウス先生が説明してくれる。
マーリン先生が私を見た。
「クルトが君の友達に言われたそうだ。
『ネモは力を隠している』
『他の国の皇子様と結婚する予定だから、この国の人達はどうでもいい』
そして……。
『君のママも、ネモなら助けられたかもしれないのにね……』と」
誰?
そんな人、友達じゃない?!
「君のことを聖女様だと思い込んでいたクルトが、暗い顔でこの話をしてくれた時、君が聖女の力を持っていることも、隠していることも、信じないように言ったんだが……。
まさか、本当のことで、王国の国民には治療する意思がないと……、見殺しに……」
「誰ですか?
その話をクルトにしたのは?
私の友達なら、私が頼まれれば治療するのを知っているはずです」
「頼まれれば?
ではその力は頼まれないと、君を知らない人には使う気はないと?」
「そうじゃないけど、私はひとりしかいないし、すべての人は救えない。
気がついた人や知り合った人じゃないと治療はできない。
特に病院では勝手に治療できませんよね。
だから、キャサリン先生にこの力をどう使ったらいいか、相談しているんです!」
キャサリン先生がマーリン先生に言った。
「クラウスからネモの話を聞いた時に、私もまさかと思ったわ。
ミーア帝国では火傷や骨折までその場で治したそうよ。
ホウエン王国では脳腫瘍で発育不全になっていた青年を治している。
今日の火傷への治療の対応でその力への理解が進んだ段階なの。
ネモには力があるけれど、隠していたわけじゃない。
よりよく、どの様に使ったらいいか……」
「やめてくれ!!
私の妻は運が悪かったというのか。
ネモが力を使える環境になる前に死んだ私の妻は……。
死んだ後にネモと知り合った……。
運が悪かったで片づけるのか!」
「マーリン!! そんなことを言い出したら……!」
私はショックを受けていた。
私のことをそんな風に悪意を持って、母親を亡くしたばかりの小さな子どもであるクルトに吹き込むなんて……。
そしてクルトはどんな気持ちがしただろう。
「やめて下さい!
私も母を子どもの時に亡くしています。
だから、母のことを、あの事故は運が悪かった、不運な怪我のせいで亡くなったと言われるのはとても嫌でした。
確かに今の私なら、あの時の母の怪我を治して助けられるかもしれない。
でも、私がここまで治療をできるようになったのは、本当に最近なんです!
クルトはどうしてますか?
クルトと話をしたいんですが……」
「クルトなら私のラボにいるよ。
会って話しをしてやってくれるか?」
マーリン先生の口調が少し穏やかになった。
私はウォロの後ろからマーリン先生の前に出て頷いた。
マーリン先生のラボに着くとドアを開けてくれた。
「クルト、ネモが来てくれたぞ」
ウォロも一緒に付いてきてくれていた。
クルトが一瞬うれしそうな表情で来てくれたが、また暗い顔に戻る。
マーリン先生が言った。
「クルト、ネモは今日、火事でひどい怪我をした子ども達をたくさん治療してくれたんだ。
お前が聞いた、国民には治療しないというのは嘘だったよ。
それに、この力に気がついたのは今年の夏なんだそうだ……」
クルトがはっとしたように私を見た。
「じゃあ、すぐに来てくれればママは……助かったかもしれない……?」
私はクルトに近付いて、しゃがみこんで目線を合わした。
「クルト、そんな風に考えないで。
そんな後悔ばかりでママのことを思い出さないで欲しい」
「だって、だって! 生きていていて欲しかったんだ!」
クルトの目に涙が盛り上がる。
「ママだって生きていたかったと思う。クルトのためにね」
私の言葉に首を振るクルト。
涙が飛び散る。
「だったら、だったら、ママがかわいそうだ!」
クルトが私に体当たりするように身体をぶつけてくる。
私は受け止めて抱きしめた。
ウォロが倒れないように後ろで支えてくれた。
「ママが、かわいそうだ! ママがかわいそうだ!
ネモがもっと早くに来てくれれば!!
うわーん! ネモが!! ネモが……」
クルトが泣いているのを抱きしめて、頭をよしよしし続ける。
今の私にはそれしかできないから。
クルトは泣きながら叫んで、そして疲れ果てたように眠ってしまった。
マーリン先生がクルトを抱き取ろうと手を出してくるがそれを拒んで言った。
「このまま、クルトが目覚めるまで抱っこしてていいですか?
クルトとこのまま離れてしまうと、見捨てられたと思うかもしれない。
彼が納得できるまでちゃんと向き合いたいんです」
「わかった。そこのソファに毛布があるから、気が済むまで一緒にいてやってくれ」
私はクルトを抱いてソファに座った。
ウォロが毛布を取り上げて私の隣に座り、私とクルトに毛布を掛けてくれた。
「私はキャサリン達に話しをしてくるよ」
マーリン先生が出て行った。
私はクルトを抱え直すと小さな声で歌い始めた。
母がよく歌ってくれていた歌。
私はその歌が大好きで、けっこう大きくなってからも疲れた時とか寂しい時とか抱っこして歌ってもらっていた。
私は自分の母を思い出した。
「ママは特別だよね。クルト……」
クルトが目覚めたのは2時間後だった。
「ママ? ……ネモ?!
あ、ぶつかって……ごめんなさい。大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。クルトこそ、大丈夫?」
「うん、大丈夫。
ずっといてくれたの? 抱っこしてくれてたの?」
「うん」
「なんで?」
「泣いているクルトを置いていけなかったから」
「なんで? なんで?」
またクルトの目に涙が浮かぶ。
「あなたが大好きだから。ママのことが大好きで、ママもあなたのことが大好き」
「ネモはママじゃないよ!」
「うん。でも、ママの気持ちはわかるよ。クルトの気持ちも」
「うそだ!」
「嘘じゃないよ。ママは、こうやってクルトを抱っこしたいって思ってる」
私はクルトをヨイショッと抱き直すと頭をよしよしした。
「私も子どもの頃、お母様に抱っこされるの大好きだったんだ」
「ネモのママは?」
「私のお母様はね、私が子どもの時に死んじゃった。
馬車の事故にあってね、私をかばって大怪我しちゃったの。
そしたら、怪我がもとで死んじゃった……。
私のせいだって、私ずっと泣いてて……」
涙が流れ落ちた。
クルトが小さな手を伸ばしてきて涙を手で拭いてくれる。
「そうなんだ……」
「今なら、今の私ならお母様、助けられたかもしれないけど……。
そう思うのは余計に悲しくなる。だから、お母様と幸せだった時のことを考えるの」
「うん、わかる」
「クルトのママも、クルトに笑っていて欲しいと思ってるよ。きっと」
「うん、わかる」
「ごめんね、気がつかなくて」
「うん、僕もネモに気がつかなかったから……。そうだよね……」
私とクルトはぎゅっと抱きしめ合った。
「わかってる。あのお姉さん、ネモにいじわるしようと僕にあんなこと言ったんだ。
でも、僕……、なんだか悲しくなっちゃって。ごめんなさい」
「そのお姉さん、劇の時にいた人?」
「うん、劇には出ていなくて、後ろのいすに座っていた人だよ。その時と同じ服を着てた」
アルテイシアか……。確かに、レイモンドと最近病院に来たばかりだ。
「そっか、そのお姉さんと私、仲が悪いんだ。ごめんね、お姉さんとのケンカに巻き込んじゃって」
「ううん、でも、こうやってネモと仲良くなれたからもういいや」
「ありがとう」
クルトがウォロを見て「ネモの恋人? あの王子様じゃないの?」と言った。
「うん、私は、ネモは、このウォロが大好きなんだよ」
私の言葉にクルトが笑った。
読んで下さりありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。