117 スペア(ハイル視点)
悪役令嬢や聖女が登場している話をたくさん読んで楽しくなり、自分でも書いてみたくなって挑戦しています。
今回は時々入る他視点の話です。
ゆっくり書き進めていますのでお付き合いいただけたらうれしいです。
「彼女はなんという名前なのか聞いてきてくれ」
俺はウォルフライト王国に滞在中に従者を務めてくれるハイドに言った。
ここはウォルフライト王国王都にあるレストラン。
食事中にかわいい女の子3人が食事をしているのを見かけた。
そのうちのひとり、金髪の少女がとても気になった。
なぜだろう、彼女だけふわっと光に包まれているように見えた。
明日、大きな仕事も控えているし、大事を取って声をかけるのはあきらめたが、次にウォルフライト王国に来られることがあったら、ぜひ知り合いになりたい。
ハイドを行かせたが、教えてもらえなかったと言われた。
まあ、ひとりはメイドの様に見えたし……。
貴族令嬢のお忍びというところだったのだろう。
残念だが仕方がない。
次の日、プーラン王国のミーシカ王子の姿になる。
この王子は体格も同じで演じやすい。
演じる……と言えば、いつも俺は誰かを演じているようなものだなと思う。
王の弟として、王の代わりのスペアとして親や周囲に扱われていることに気がつき、幼い心を痛めたこともある。
まあ、それでも恵まれている人生なんだろう。きっと。
そして兄が無事に王となると、今度は王家と縁が深く、裏で王家を支えるハイレディン商会のひとり息子の代理として動くことになった。17歳の時だ。
またスペアか……。
その息子は17歳で総帥を継いだのだが、身体が成長しにくい体質らしく少年の姿のままだった。
俺と同い年だが、いつも冷静で頭は切れるし判断も早い。
身体は小さいが剣や体術の腕もなかなかだ。
兄のスペアとして生きてきた俺。
これからはこいつのスペアとして生きるのかと思ったら、本当の自分はなんなんだろう?! と唐突に思った。
そんなことを考えていたのを感じたのかハイレディンはその少年っぽい顔で俺に笑いかけて言った。
「よろしく頼むよ。相棒」
俺はびっくりした。スペアというか代理というか……そういうんじゃないのか?
相棒?!
俺が驚いた表情をしたからだろう。
ハイレディンはさらに笑った。
「私はこんな身体だ。総帥として人前に出ることはできないだろう。
私と君とでハイレディン商会の総帥ハイレディンだ。
代理や影ではなく……、相棒になって欲しい。お互い補い合う関係だと思ってくれれば」
俺はその時から魔道具で髪と肌の色を変え、ハイレディンの表の姿として『ハイル』を演じた。
ハイレディンにうまく使われているような気もしたが、俺は彼が気に入ったし、兄の時のような卑屈さを感じることもなく、上手くやれていた。
親友のようなものだと今では思っている。
それに俺は他人を演じることがとてもうまいのだ。自分でも驚くほどに。
商会の仕事として国の裏の仕事をするようになってから、それに気がついた。
「お前は純粋なんだよな。とてもいい奴だ。ずっと兄の、王太子の陰に隠れながら、万一の時のことを考えて、自分を押し殺して、窮屈に生きてきたんだろうな。
私といる時はもっと自分を楽しんでみたらどうだ?
ハイレディン商会の総帥は王の様にそこまで品行方正さは求められていないしな」
ハイレディンが言ってくれて、少し気持ちが楽になった。
ハイレディンの『ハイル』が自分の本当の姿なのかもしれない……。
これが自分として生きるということなのかと楽しくなってきた。
そんな時、ハイレディンの母親に言われた。
「あなたが影のハイレディンなのね。本当にちゃんと大きくなって大人になれば……。
目をつぶって寝ているところを見ると、本当にあの子の病気が治ったのかと思うわ。
あなたが目を開けると、ああ違ったって思うの……」
「何言ってるんだ、母さん!
ハイルは、私とふたりでハイレディンなんだ。彼を私の影と言うのはやめてくれ」
ハイレディンはそう言ってくれたが、その言葉は俺の心に呪いの様に残り続けている。
いつの間にか、俺は寝る時にハイレディンと色の違う目を隠すのが癖になった。
それから、ハイレディンはむしろ自分が影であるかのように行動することが増えたような気がする。
俺達はプーラン王国の使節団を装ってウォルフライト王城に乗り込んだ。
プーラン王国の書類の紙や様式、使われているインクやペン、活字まで、ハイレディン商会が持つ工場で作られている。だから、書類は本物と同じだ。
怪しまれることなく王城に入れ、国王陛下や王子達と挨拶までした。
王子達の学友が遊びに来ているらしい。
そうか、学校……。夏休みの期間でもあるのか。
国王陛下が「ミーアの皇子にも紹介しよう」と言った。
黒髪の背が高い男性がいて、それがミーアの皇子らしい。
俺はミーア帝国の皇子の名前を思い出していた。
ダンテ、ダイゴ、ウォロと3人いたはずだ。
確か黒髪は、3番目のウォロか。でも14歳なはず。こいつ、でけえな?!
何やら周囲に人が集まり何か話している。
なぜか、睨まれた。
「エドワードの学友でミーア帝国のウォロ皇子だ。
ウォロ、こちらはプーラン王国のミーシカ王子だ」
エドワードは第2王子だから……、こいつ本当に14歳か?!
ウォロ皇子が後ろにいた少女の肩を抱いて自分の横に並ぶようにした。
あの、レストランの金髪の少女だった。
俺は思わず微笑んでしまった。
名前を知るチャンスだ。
「あなたは! 昨日お見掛けしました! またお会いできるとは!
ミーア帝国の関係者……なのですか?」
彼女に話しかけるがウォロ皇子が答えた。
「自分の婚約者、ネモフィラです。昨夜、そちらの男性にしつこく声をかけられ困ったそうです」
ウォロが従者を視線で指し示す。
本当にこいつは14歳なのか? 婚約者? 14歳で?
俺は従者を見た。昨夜のことだな。俺が命じたことだから、な。
「それは失礼しました。私が彼女達と知り合いになりたいと思い、声をかけてもらったのです。
不快な思いをさせていたなら、申し訳ない」
「はい、断っても断っても聞いてくれず、しまいにはこちらのメイドを蹴ろうとしたので、とても不快でした」
ネモフィラと紹介された少女が返事をしてくれた。
「それは大変な失礼を……。もうひとりの女性とメイドの方も……、ああ、あなた方でしたね。申し訳ありませんでした」
俺は彼女の後ろにもうひとりの銀髪に近い髪色の少女とメイドの女性を見つけ、謝った。
「シーラ、もう忘れられる?」とネモフィラの声がした。
「はい、ネモ様、ありがとうございます」とメイドが答え、ネモフィラはこちらを向いてはきはきと言葉を続けた。
「謝罪ありがとうございます。こちらももう忘れますので。
女性を蹴ったりしないようにこれからは気をつけて下さい」
俺は話を続けようと「こちらの女性を紹介していただけますか?」と銀髪に近い髪色の少女を見た。
「ミーア帝国第2皇子の婚約者オードリー様です。ミーアの公爵令嬢です」
ネモフィラが答えてくれる。
「こちらもミーアの皇子の婚約者……、するとあなたもミーアの貴族ですか?」
「いえ、私は……」
警戒されたようだ、ネモフィラは黙ってしまった。
「彼女は我が国の辺境伯爵令嬢だよ。彼女達もエドワードの大切な学友だ」
国王陛下が教えてくれた。
「そうですか……、ウォルフライト王国の辺境伯爵令嬢……」
ミーア帝国第3王子の婚約者でウォルフライト王国アリステラ辺境伯爵令嬢エミリアが今回のターゲットだったはず。彼女が今回のターゲット。誘拐して我が国へと連れて行く。
これは精霊の導きか。
俺達は事前に仕入れていた噂を元にエミリアであるネモフィラを誘き出すことに成功した。
ひとり、用心棒の様についてきた魔法使いの男がいたが、まだ学生らしく、俺の草魔法で動きを封じてしまうと、逆にネモフィラに言うことを聞かせるありがたい人質になってくれた。
俺達はそのまま急いで王城を後にし、港町まで移動しアルテ号で出港した。
ハイレディンにはこの箱は空間と時間が遮断されているから、帰国するまで開けるなとは言われていたが、本当に入っているのか心配になった。
船の甲板で俺は箱を開けた。
ネモフィラがまぶしそうに掌で日光を遮りながら身体を起こし、周囲を見回して驚いている。
泣き出すとか、悲鳴を上げるということもなく、ただただ驚いている。
「やっぱ、お前変わってるな。面白いよ」
俺は俺に気がついて欲しくて声をかけた。
「ミーシカ王子でないなら、あなたは誰?」
ネモフィラは言った。俺があのミーシカ王子だった男だと気がついている。何気に鋭いな。
「俺はハイレディン。ハイルと呼んでくれ」
「ハイレディン? どこの国の人?」
手を差し出すと、ネモフィラが手を取ってくれた。
俺はうれしくなったが、彼女が魔法使いであることを思い出し警告した。
「船の上で魔法攻撃はなしだぜ。自分も海に沈んじまうからな」
腰に手を回し、抱き上げる。軽い。
「ありがとう」
彼女が言った。怖くないのか?
俺は笑った。レストランで感じた彼女の光を感じる。
彼女は下を向いて何かを考えているようだ。
彼女が気に入った。
このまま離したくない。
やっと彼女が顔を上げて言った。
「ハイレディン、あなたは何者?」
「……何でもやるよ。今回は……おっと、お前、なにか人を操るような力があるのか?
聞かれるとつい話したくなる……。それとも……、渡すのが惜しくなったよ」
「依頼主がいるんだ。私の治癒の力のせい?」
「まあ、そんなとこ。行けばわかるよ」
「あなたは雇われたんだね。私を連れてくるようにって」
「それにしてもお前、すごいな!」
「何が?」
彼女がイライラしている。
何か俺の言葉の中に嫌なことがあったか?
「ウォルフライト王国から追手がかかるのは想定していたが、ミーア帝国も動き出したと連絡が入っている。2国が共同で動いてくなんて、お前何者なんだ?」
彼女はむっとした顔で言い返してきた。
「知ってるでしょ。王国の辺境伯爵令嬢で、ミーアの皇子の婚約者だよ」
「でも、王女や皇女でもないのに、国が動くなんて、なかなか珍しいことだよ。
あのミーアの皇子とは本当に政略的な婚約じゃないんだな?」
「くどいな! 違うって言ってるじゃん! ウォロとは愛し合ってるから!」
「お前みたいなお子ちゃまにそう力説されてもなぁ。
まあ、大人っぽくてきれいであるし、男として庇護欲はそそられるけどな……」
さらに顔をしかめてこちらを見る。
なんだ?
何を嫌がっている?
「陽に当たりすぎると体調を崩すぞ。こっちへ来い」
俺はネモフィラを船室に連れて行った。
部屋でおとなしくしているように言って部屋の鍵を掛けさらに用心して自分以外の者には開かないように草魔法の固定を外側にかけておく。
すぐ戻るとベッドに横になり寝ていた。
どんな神経してるんだ?!
でも、寝顔がとてもかわいくて、もっとよく見ようと一緒に横になる。
この無防備さが幼い感じもする。
もう婚約者がいるなんて信じられないな。
俺は彼女を抱き寄せた。
「ウォロ……」と呟きながらしがみついて来ようとするが、はっと目を開け「わっ!」と言いながら俺を突き飛ばした。
俺はあわてて彼女を押さえつける。
「ひでえな。婚約者と間違えて抱きついてきた時はかわいいと思ったが……。
俺の名前も呼んでくれないか。ハイルと」
「嫌だ!」
「お前、婚約者ともうそういう仲なの?」
きょとんとされる。意味がわからないのか?
まだそういう仲ではない?
俺はバツが悪くなりため息をついて言った。
「あー、つまり男女の仲なのかってこと。もう男を知ってるのか?」
ネモフィラの動きが止まり、何か考えている。
「あー、聞いた俺がバカだった」と手を離す。
まだそんな関係ではないみたいだな。
「……どこまでが男を知っているということになるんだ?」
ネモフィラが真顔で小さな声で聞いてきて焦る。
ということは?
ある程度、そういう経験があるということか?!
ウォロと呼ばれていた男の姿が浮かんだ。
あいつ……。
「俺にそんなこと聞くなよ!」
俺は腹を立てて叫んだ。
しかし、それでネモフィラはこの船室で過ごすしかないことを受け入れたようだ。
お腹が空いたというので食事を持ってくると「ありがとう、ハイル」と名前を呼んでくれた。
俺は戸惑いながら「どういたしまして、ネモ」と答えた。
一度名前を呼び合うと自然に会話ができた。
ネモの声を聞いていたくて、詩の朗読をお願いしたら快く読んでくれた。
俺はベッドに横になり、いつもの様に顔を腕で覆った。
ネモの声が静かに流れる。
船室にいるのに海風を感じるような、夜の海のうねりを感じるような不思議な感覚がした。
今、俺は何者なんだろう。
心が解放される気がした。
ネモがそばにいてくれたら、これからもいてくれたら、いいな。
読んで下さりありがとうございます。
ハイル視点の話をどこかで入れたいなと思っていて、今朝あわてて書きました。
もう少し本編は書き進めていて、このまま進んでしまうとハイルが語れなくなるかと見直して順番を入れ替えました。
これからもどうぞよろしくお願いします。




