88 正論と仕事(ランス視点)
悪役令嬢や聖女が登場している話をたくさん読んで楽しくなり、自分でも書いてみたくなって挑戦しています。
今回は時々入る他視点の話です。
ゆっくり書き進めていますのでお付き合いいただけたらうれしいです。
どうぞよろしくお願いします。
あーあ、やっちまった。
怒らせるつもりはなかったんだが、傷つけるような言葉をイライラに任せて叩きつけたのは事実。
やめようとしてもやめられなかった。
自分のイライラやネモへ向かう気持ちをネモを引きずり降ろして貶めることで、気持ちを違うものだと偽るような……。そんなことをしたかったわけではなく……。
でも絶対に本心を正直に打ち明けて振られるわけにはいかなかったのだ。
今年の花祭りの時、ネモのことは一度きっぱりあきらめたはずだった。
去年の夏に親しくなってからは、アリスの妹でアンドレアスの義妹にもなる予定だし、かわいい後輩として見守っていたつもりだった。
なのに、どんどんネモのことが気になって仕方がない。
ネモほど楽しく一緒に過ごせる女の子とは今まで出会ったことがないし、こんなに強くて、全然飾らない男みたいな性格なのにかわいいと思えて、いつも一生懸命で。
そばにいるだけで楽しくなって、元気になれる。
ウォロが羨ましいと思った。それに気がついた時にはもうエドワードの気持ちも見えてたし、それをちょっと茶化しながらも後輩達を見守る先輩という自分の立ち位置が気に入ってた。
エドワードが振られたということに気がついて、やっぱりなと思いながらネモのことがどんどん気になっていった。
なんだろう、ウォロがいることはわかっているのに……。
見守りながら、もしかしてという気持ちも捨てきれず、自分の中であきらめようと思ったり、自分の力を、できるところをネモに見せたいと思ったり、なんだか自分自身がふらふらしている気もしていた。
ネモがカルタロフ伯爵から攻撃を受けたことを聞いた時は、自分なら守れたのではと思ってしまい、そんな自分に驚いた。
俺は聖魔法ができない。兄は聖魔法持ちだが俺は持っていない。
子爵家も兄が継ぐことになるだろう。
自分でこれから身を立てることを考えなくてはならない。
アンドレアスを支えるような仕事に就ければとは考えているが、具体的なイメージが未だにつかず、それもイライラを増幅させていたのだと思う。
その時、陛下から直接話があった。
ネモとウォロを見守って、陛下に報告する役目をお願いしたいと。
みんなで話し合った時に、俺が陛下と同じタイミングで笑った。
自分と似ている感性を持つ者として俺に頼みたいと思ったそうだ。
ネモのことも、ウォロのことも気に入っていて、できればミーア帝国に帰らず、ウォルフライト王国にいてもらいたいと思っているそうだ。
エドワードが振られる前、陛下や学校長がネモとエドワードをもっと親しくさせようといろいろ工作していたのは、ちょっと気がついていて、それを面白く見ていた自分もいて……。
見守って報告するくらいなら今までと変わらないし、それくらいならできると思って依頼を受けたけれど、それにより、自分の行動や思いがこんなに窮屈になるなんて思わなかった。
まず、すぐに本心が言えなくなった。
そして絶対にネモに振られてはいけない。だから自分の気持ちは隠さねばならない。
適度な距離を保てばいいのに、変にネモに絡もうとしたりしてしまう。それがうまくいけば楽しいし、うまくいかなければイライラする。
仕事でもあるのでと自分に言い訳しつつ、ネモの姿を目で追ってしまう。
ネモやウォロを騙しているかのような罪悪感を感じることもあり、それも気持ちを不安定にさせる。
ミカやオードリーにはそんな気持ちを見抜かれて、怪しまれているんだと思う。
久しぶりにみんなで2-1寮に集まり話をした時、俺がアルテイシアのことを言った言葉にネモが意見してきた。
「ランス、その言い方ひどい。アルテイシアだって女子なんだから……」
俺はカッとなった。
ネモがひどい目にあわされた男の娘で、ネモだって嫌がっていたじゃないか?
あー、この聖女みたいな正論!! いいかげんにしろ!
「女子だからって、アルテイシアがやったこと忘れたのか?
5倍返しの魔道具でみんなを脅かして言うことを聞かせようとしたんだぞ!
ネモだってウォロに近づいてきて嫌だって言ってただろ!」
「それはそうなんだけど……。少し話してみて、普通の女の子だなと思うとこもあるし。
なんか、恋愛感情を利用するのは抵抗あるよ」
きれいごと言いやがって。本当は違う気持ちがあるんじゃないの?!
「ウォロに嘘つかせて他の女子に声かけさせるのが嫌なんだろ!
それをいい人ぶってさ。そんなにネモは品行方正な真面目ちゃんでもないだろうし。
あ、そう思われたいのか?!」
「そうじゃないけど。
わかった。じゃあ、私はレイモンドと話をすることを考えてみるよ。
アルテイシアの方はそっちで考えて」
ネモに逃げられたと感じた。
こちらにアルテイシアは任せるから、レイモンドと話すだと?
しかも、レイモンドは男だぞ。男の方は任せろってなんだよ?!
「待てよ。逃げんのか?」
「何でそうなる。今は言い争いしてる場合じゃないでしょ」
正論、正論……。
クラウスが「ランス、もうやめろ」と言った。
俺の中でネモを攻撃したい気持ちが抑えきれなくなり、吐き捨てるように言ってしまう。
「なんだよ、ネモはいい子ぶってさ。本当はもっとドロドロしてるもんを抱えてるんじゃないの?!
あ、無意識なのか? それはそれで質が悪い」
「ランス!」
クラウスがとうとう立ち上がり俺を止めに来た。
ほっとした気持ちもあった。
ネモの声が聞こえた。いつもと感じが違う。
いつもは厳しいことを話していても、少しやさしさが滲んだような声で口調で話すネモ。
この冷たい響きは、怒っている声、だと思う。
「ありがとうございます、クラウス先生。
ランス、言いたいことまだあるんだろ? 外で話しよう。逃げないで聞いてやる」
ウォロが一度立ち上がりかけたが、ネモが冷たい声で制止する。
「ウォロはみんなとこれからどうするか話してて。ランスの言いたいこと聞いてくるから」
ネモが先に寮から出たので、追うように出る。
何も言わずに歩いて行くネモ。
声が寮に聞こえないと思われるところまで来ると振り向いた。
「とりあえず言いたいこと言いなよ。聞くから」
口調は冷静になったが、怒っている。
俺は怒っているネモを見ながら、何故か少しうれしくなった。
理由は何にせよ。俺と向かい合ってくれている。
俺が黙っているので、ネモが話し出す。
「私がみんなからいい人だと思ってもらおうと無意識に計算して女子をかばったりして、本当は心の奥では闇の様にドロドロしたものを抱えている、質の悪い女ってのはわかった。で?」
俺、そこまで言ったかな?
まあ、感情に任せて言い放ってたからな。確かにまとめるとかなりひどいことを言っている。
「……悪い、言い過ぎた」
「言い過ぎたじゃないよ。思ってるから言葉に出るんだよ。
私はウォロの婚約者で、ウォロのことを愛してる。だから嫉妬もするし、ウォロを守りたいとも思うし。それをドロドロしてるって表現されたらそうかもしれないけど……。
自分でも恋愛感情ってのは一番自分の弱いところだと思うから、他人のそういう気持ちを利用するようなことはしたくない。ただそれだけ。
確かに私は鈍いとかよく言われるけど、自分なりに考えてる。
ランスの話だってちゃんと聞いてるし、返事もしてる。
ただ私を攻撃したいのなら……、ケンカしたいなら相手になるからそう言って」
怒りながらも自分のことを客観的に見ようとしているネモ。
そういうとこだよ。こちらが悪いことしている気になるじゃないか……。
「いや……、悪かった。ちょっとイライラして。ネモにぶつけた……、すまん」
「何にイライラしてたんだよ。このままだとまた同じことの繰り返しになるから、言って」
言えと言われれると、自分の気持ちや本音や建前がみんな引っ込んでしまって頭に何も浮かばない。
ただ、ちょっと怒った表情の、珍しく感情をぶつけてきているネモに何か答えなくてはいけないと思い、言いながら考える。
「だから……。どうしてもネモのことが気になる。
ネモといると楽しいし、でも、ウォロもいるし、エドワードやティエルノ、最近はミカも。
みんなネモと仲が良いし。
ウォロが特別なのはわかっているけれど、それ以外の奴らとも仲が良いじゃん」
言ってて、俺何言ってんだと思う。
構って欲しい子どもみたいなことを言っている。
好きっていう言葉を使わなくても、そう取られるよな。
あわてて、自分はネモのことはそう思ってはいないということを言わないと、と焦った。
「俺は……、ネモに何も求めないつもりだったのに……」
あ、ダメだ、なんか違う。
「なんかもう、いろんなことが気になって……。ネモに俺のことをもっと見て欲しいし、もっと一緒にいたい」
好きという言葉を使っていないけれど、これは十分告白ではないか。
しかも、子どもみたいな……。
ネモはちょっと考えてから、俺に言い聞かせるみたいに話し出す。
「まず、自分の思いやイライラを押し付けるのはやめて。
最近のランス、そういうところがある。
それから私にとってランスは友達のひとりだよ。頼りになる大切なね。
でも私にとって一番大切な人はウォロなの。それはこの先も変わらない。
いくらランスがイライラしてもそれは変わらない。
イライラしちゃう自分も辛いでしょ。それは私もわかる。わかるようになったからさ。
でも、わかるからってなんでも受け入れることはできない。私にはウォロがいるから。
この反論を聞いて言いたいことは?」
子どもに言い聞かせるみたいな態度にムカッとする。
「……相変らず正論だよな。だから品行方正な聖女でもないだろうし! って思うんだよ。
ネモだって、自分の気持ち押し付けてくるじゃん!」
「気持ちじゃないよ。事実だよ。私がウォロのことを好きなのは。事実は変わらん。
押しつけじゃなくて、変わらないの!!」
ネモの言いたいことはわかるんだ。でも、そんな正論を聞きたいわけじゃない。
「じゃあ、ネモのことを好きな人の事実は。
俺の事実、エドワードの事実、それぞれに事実はあるよ。
みんな変わらないんじゃない?」
「でも、好きから愛にというのはひとりじゃ完成しないでしょ。
両想いにならないと、完成しない。片方が応えられない好きは辛いでしょ。
あきらめて次の好きになれる人を探した方がいい」
は、相手のことを拒絶しながら、相手のことを考えるのか?
「そうエドワードに言ったの?」
俺は自分と重ねてエドワードの名前を出した。
ここで俺の気持ちをぶちまけるわけにはいかない。
「その時はここまで言わなかったけど、あきらめてって。
このまま片思いしててもいいかと言われたけど、あきらめてと伝えた。
この先、同じことを伝えてくれる人がいても私はそう返事する」
誰に言われてもそう返事すると言われては、もうここで終了だ。
「……わかった。無意識に計算して質の悪い女ってのは撤回する。すまん。
本当にウォロだけなんだな……。。
それ以外はどんなにネモのことを好きになっても友達にしかなれないんだな」
それでも未練がましく口から出た言葉に俺は自分自身で驚く。
そんな言葉にもネモは返事をしてくれた。
「うん、それが私の誠意。正論と言われるかもしれないけれど、私はウォロ以外の人からの、友情を越えた好きの気持ちに応えるつもりはない。
それをきちんと伝えることが、こんな私のことを女の子として好きと言ってくれた人に対する、私の誠意だよ」
誠意か。ネモらしい言葉だ。でも、それですぐはいと切り替えられるほどの気持ちではないんだよな。
「……エドワードはまだ引きずってるみたいだけどな」
「でも、ウォロと私の親友でいてくれてるよ」
「そうだな、もうふたりを一緒の者として考えればいいのか……。ってすぐは無理だな。俺も少し時間がかかりそう。時間をくれ。ちゃんと考える」
俺はそれだけ伝えるとネモから離れて2-1寮に向かった。
傷つけたかったわけじゃないし、本当にネモを貶めたかったわけでもない。
なのに、何でこうなったんだろう。
ただネモがただやさしいだけの少女ではなく、激しい一面を持ち合わせていることに改めて気づく。
やはりネモは面白い。興味深い。見ていて飽きない。
自分はまだ振られていない。直接的な「好き」という言葉は使っていないはずだし。
このまま関わりながら見守る。それが仕事だからな。
いくらでも正論を言えばいい。
本当はそんなネモが好きなんだから。
読んで下さりありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




