第5話 金で買える身体 ①
移動経路ログを元に店に戻ってくると、店には誰もいなかった。
ユリウスはヘルメットを脱いでツェツィーリヤに放る。先ほどエイトがしていたようにガラクタの山の隙間に顔を突っ込もうとすると、何かにぶつかる衝撃と共に「ああこら、やめんか」という店主の苦い声が落ちてきた。
ヴン、と低いノイズ音と共に、ユリウスが頭をぶつけた辺りに胴体が現れる。その向こうから分厚いゴーグルを降ろした店主がやはりノイズと共に顔を出した。
ユリウスが目を白黒させていると、店主は呆れたように言う。
「何驚いとるんだ。アンタのメックスーツにも光学迷彩くらいついとるだろうが」
「ああいえ……まあ、そうですね」
「新型の義体核なんて高価ぇもん、おいそれと店先で弄れるかよ。まあいい、帰ってきたんならそこで睨みを効かせといてくれや。光学迷彩でやっとると目が疲れる」
店主はそう言ってゴーグルを額に引き上げると、しょぼついた目を擦って再び胴体に向き直った。
「もうちょいで調整出来る。アンタ俺のトコに来て正解だぞ。表の店じゃあこんなイカれた調整なんざしてくれんからな」
「助かります」
ユリウスが素直に頭を下げると、店主はくつくつと笑いを漏らした。その手の先で、鈎に釣られた胴体がゆらゆらと揺れる。胴体はへそのあたりが扉のように開いていて、そこから数本のケーブルが店主の手元の端末に接続されていた。機械腕の指が分割されて、計20本の指が凄まじい速さでキーを叩いているのをぼんやりと見つめる。
「素直すぎると騙されるゼぇ、兄ちゃん」
空箱を携えてふわふわと寄ってきたエイトが笑いを含んだ声で言った。座んナ、と置かれた箱の上に素直に腰を降ろす。パーツをニヤニヤとした笑みの形に歪めるエイトを見て、ユリウスも意地の悪い微笑みを返した。
「なぁに、エイト。お前の紹介だから信用してんだよ」
「あ?」
「電子ドラッグ。他にないのかって聞いた時、お前真っ先に軽いヤツを提示しただろ。しかもそれで手を打った」
「あ、アレは案内したらもっと買ってくれルって言うからサァ」
「素直すぎると騙されるぞー」
ユリウスが指をアイパーツとアイパーツの間にぐりぐりと突き付けると、エイトはぷいとそっぽを向いた。少し離れた所で同じく空箱の上に腰を降ろしたツェツィーリヤが、呆れたような表情でそれを見ている。
ひとしきりエイトを弄って満足すると、ユリウスは店主に向き直った。
「おやっさん、そろそろ支払いの話をしたいんですが。今手持ちは現物で100、電子なら2000あります。これで足りなかったらなんとかしたいので、先に話を」
道行く機械たちの視線が、ぐりんと一斉にユリウスを向く。ユリウスが銃に手を掛けて睨み返すと、機械たちはそそくさとそっぽを向いた。義体屋の店主が鼻に皺を寄せる。
「阿呆。電装街で手持ちの話なんかすんじゃねぇよ。俺まで目ェつけられんだろが」
「すみません。でもこういう話は、まずはこっちの手の内を見せるべきかと思って」
「青い事言いやがって。しかし即金でその額たぁ随分剛毅だな。防衛軍ってのはそんなに儲かってんのか」
「調査船の乗組員なんてのはね、金の使い道がないんですよ。メシは3食付だし買い物に行く街もなけりゃ通販だって届きませんからね。貯まる一方の給金を友人の為に使えるなら有益ってもんです」
店主は半眼で、青玉の瞳が真っ直ぐに向けてくる視線を受け止めた。肩を竦め、ユリウスに歩み寄ると耳元にボソリと告げる。
「……1200でいい」
「え? でも義体の市場価格って1500は下らないって事前に」
「手に入れたはいいが捌き先がなくて困ってた義体だ。即金になるなら構わねぇよ。どいつもこいつもローンでチマチマチマチマ払うヤツばっかだからな。なぁエイト?」
「わァ、突然の飛び火」
「それに生体との繋ぎ込みはそっちでやるんだろ。その分の技術料抜きだとまァこんなもんだ。あとは外装を何とかしてぇなら追加でもらう」
そう言って店主は店の奥に姿を消した。何かをひっくり返すような音が数度響いた後、にゅっと現れた機械腕がユリウスにカタログの束を投げて寄越す。ばらぱらとそれをめくって、ユリウスは辟易とした表情を作った。
「いや……高価くねぇ?」
「莫迦もん。外装なんてのは趣味の範囲だろ。必要なもんを無駄に高くする気はねぇが、趣味のモンならちゃんと毟らせて貰うからな」
「毟るって言いやがった……。うわ、腕用の仕込みガトリングとかある。クソ、わくわくすんなぁ!」
「要りますの? それ……」
空箱を引きずって隣にやってきたツェツィーリヤが、腰を降ろしながら半眼でカタログを覗き込む。そしてユリウスの膝に積まれたカタログから髪型用のそれを抜き出しながら、ぽつりと呟いた。
「まあ、ちゃんと選んであげてくださいな。足りなかったらわたくしも出しますので」
「アッ、いいナぁ。この暗視機能俺も欲しいんだよナー」
エイトも反対側から手元を覗き込む。硬いドーム頭にぎゅむぎゅむと顎を押されて、ユリウスはうんざりと息を吐いた。
ユウから預かった分は1500。そこにユリウスが500足して2000のつもりだったが、むくむくと悪戯心が頭をもたげる。
ユリウスはバングルのホロモニタを起動してメモタスクを呼び出すと、ユウから頼まれた外装のメモの下にカタログの番号を記入し始めた。




