第4話 電装街の屋台飯 ①
「今からでも送っていくぞ。帰れよ」
「イヤです。行き先が義体屋さんならわたくしにも用があるので」
すらりとした流線型のシートに跨ったユリウスの何度目かの打診を、後部の荷台に座ったツェツィリーリヤは涼しい顔で拒否した。
ユリウスは前を飛んでいるドーム頭を見つめる視線を鋭くする。
「あのな、ユウの買い物は俺が頼まれてるっつたろーが」
「尚更ですわ。貴方、仕様をちゃんと把握していて? 買えばいいというものではないでしょう」
「……アサクラさんからちゃんと仕様書は一式貰ってきてる!」
ツェツィーリヤは首を傾げて前から飛んできた飛行機械を避けると、呆れたように肩を竦めた。
「仕様書を見せてお店任せで買うおつもり? 嫌だわ、とんだカモネギじゃありませんの」
「あんたこそ技術畑でもないくせに。何がわかるんだよ」
「仕様を把握もしていない貴方よりはマシではなくて? だいたい、貴方だって技術畑ではないでしょう」
「こちとらパイロットやってんだ。あんたよりゃマシだよ」
「人事権のあるわたくしが、貴方の座学の成績を知らないとでも? よくあれで飛ばせますわね」
「座学は関係ねぇだろ今は!」
思わず振り向いて怒鳴りつけたユリウスの操るホバーが、向かいから来るホバーとぶつかりそうになった。罵詈雑言と共に髪を掠めてすれ違ったそれを見送って、ツェツィーリヤは翠の目を眇める。
「運転中は前を向いていてくださる?」
「あんたが黙ってりゃ振り向くこともねぇんだよ!」
視線を前に戻して一層苛立つユリウスに、ツェツィーリヤは呆れ混じりに呟いた。
「ねぇ貴方、いつもの5割増しで口が悪くありませんこと?」
「TPOだよTPO。普段はちゃんと気ぃ使ってんの。ユリアもチビたちもいねぇのに取り繕う必要ないだろが」
「わたくしは貴方の上官なのですけど」
「処罰したけりゃ好きにしろよ。あんたは言葉遣い程度で末端を潰すような奴じゃないと思ってましたがね」
ツェツィーリヤは押し黙り、行き交う飛行機械たちに灯る光をじっと見つめた。
* * *
ここダ、と促されてホバーを降りたユリウスとツェツィーリヤは、店構えを見てから互いに目を見合わせた。雑然と積まれたガラクタの山、天井や壁からは雑然とケーブルが束になってぶら下がり、その混然とした中に時折混じる手足のパーツがより一層の不安を煽る。
ドーム頭はガラクタの山の隙間に顔を突っ込んだ。
「おやっさん、ちょっといいかナ」
「どうしたエイト、今月の払いなら済んでるぞ」
「違う違う、客を連れテきた」
「客ゥ?」
エイトと呼ばれたドーム頭が顔を引っ込めると、訝し気な声と共に痩せぎすの男が顔を出した。分厚いゴーグルを額に引き上げた男は、軍服の美女と軍用メックスーツの組み合わせを見て顔の皺を深くする。
「何でぇ、ここにゃ軍人サンに売るようなモンは置いちゃいねぇぞ」
「そーダぜ、おやっさんの義体は軍用なんてメじゃねぇからナ」
「黙っとれ、エイト」
「すみません。上官のほうはアレですが、メックスーツは自衛用に着ているだけで今日は完全に私用です」
ユリウスはそう言って折り目正しく頭を下げた。それを半眼で眺めた男は、アクチュエータがむき出しの機械腕を振って鼻を鳴らす。
「ハ、ヘルメット越しの挨拶が丁寧だと思ってんのがいかにも軍人だな」
「そう言ってヤるなよ、おやっさん。コイツ、隣の別嬪さんに釣り合うカラダになる為に義体探してンだ。カオを晒させてやんなっテ」
「黙ってろよ、エイト」
「おいおイ兄ちゃん、お前さンに呼び捨てを許した覚えはねぇんだガ?」
「黙ってろよ、ポンコツ」
「……名前で呼んでいいヨ」
エイトのその声を無視し、申し訳ありません、と一言言い添えてユリウスはヘルメットを持ち上げた。黒と銀のカラーリングの中から、プラチナブロンドの光が零れ落ちる。
癖の全くない艷やかな短髪はヘルメットの中で雑に乱れて顔にまとわりついているが、それすらも様になるようだった。青玉の瞳でひと睨みされたエイトのアイパーツが忙しなく開閉を繰り返し、カシャカシャとシャッターを切るような音を奏でる。
「兄ちゃん、べつに義体要らなくネ?」
ややあってエイトがぽつりと呟いた。
「俺が使うなんて一言も言ってないぞ、ポンコツ」
「俺が悪かっタからエイトって呼べよぉ。っつーか俺のボディはおやっさんの仕事だからナ?」
「黙っとれ、エイト。お前のオツムがポンコツなのは俺の仕事じゃねぇ。大方人格コピーした時にミスって擦り切れとるんだろ」
「そんなァ」
「とにかく黙っとれ。次にクチを挟んだら電プチすっからな」
アイパーツがしょんぼりとした表情を形作ったエイトを横目で見ながら、ユリウスは眉をひそめる。
「人格コピー……?」
「よくある話だろがよ。電脳に記憶と人格をコピーした人間様の奴隷だ。こいつは脱走コピーだよ。まぁ8版も刷りゃぁ劣化もするわな」
8版。複雑な心境を表情に滲ませたユリウスを見て、義体屋の店主は僅かに目元を緩めた。
「コイツはポンコツだが、人を見る目は悪くねぇ。ま、エイトの紹介なら話くれぇは聞いてやるよ」
* * *
「こいつぁ木星圏の規格だな。しかも最新も最新のヤツだ。何がどうなったらコイツが地球圏から来るんだよ」
アサクラから預かった仕様書に目を通した義体屋の店主は、そう言って少ない髪をガシガシと掻いた。
「この仕様書、お前さんが書いたのか? 妙なフォーマットで書きやがってよ。読みづれぇんだよ、幾つか質問させて貰うぞ」
「仕様書の質問ならわたくしが承ります」
店主はじろりと胡乱げな視線をツェツィーリヤに向けた。
「アンタが書いたのか」
「違いますが、内容は理解しているつもりです」
「そンなら答えてもらうが、ここの神経信号変換一段噛ませてるのは何だ? 出力は変わってねぇから意図が分からん。義体にするならここは外したほうがレスポンスは上がるんだがね」
店主はそう言って仕様書の束をバンバンと叩く。ツェツィーリヤは困ったように柳眉を下げた。
「その箇所の実装意図は未記載のはずです。仕様書に記載の部分なら分かるのですが……」
「書いてある事は俺でも分かるんだよ、書いてあンだから。あーダメだ話にならんね。ちょっくら読み込むからアンタら飯でも食ってこいや。エイト、案内してやれ」
「よしきタ。電装街の案内なら任せろヨ」
黙って小さくなっていたエイトが、アイパーツに光を灯してぐるぐると走り回った。しばらくそうしていたが、やがて進む方向を決めたようでぴたりと止まって前進を始める。
「そんなに遠くねェから歩いてくゼ。ついてこいヨ?」
ユリウスとツェツィーリヤは顔を見合わせると、エイトの丸い頭を追い掛けて歩き出した。




