第3話 サイバネティクス・シティ ①
街には光が溢れている。建物から零れ落ちる光、至る所に掲げられた看板の光、飛び交う飛行機械のナビゲーションライト、機械の体の表面を縦横無尽に走る光の筋。
そのすべてが混然と混じり合い、生存可能区の内側をサイケデリックで猥雑な空間に演出していた。狭く切り取られてネオンに縁どられた空は暗い。地球時間に換算して約3日半ごとに昼夜が入れ替わるこの衛星ガニメデの夜は、まだまだ長いようだった。
ユリウスは切り取られた狭い夜空から視線を外すと、軍用メックスーツのヘルメットの中で小さく息を吐く。木星基地から提供された周辺マップはなんの役にも立たなかった。ヘルメットのHUDに表示されたゴミデータを視界の外に払い捨て、ユリウスは目だけで周囲を見回す。
ヘルメットが表情を覆い隠してくれるのは幸いだった。光の狭間にある薄暗い路地のそこかしこから、煙草の光と濁った煙越しに向けられる視線を感じる。おのぼりさんだと勘付かれることは避けたかった。
「アンタ、見ない外装だね。どうだい、1本買ってカないか」
腰のあたりにぬるりとした気配を感じ、メックスーツの頭を振り向ける。塗装があちこち剥げた小さなドーム型の頭がこちらを見上げていた。五指を揃える気もなさそうな雑な作りの機械の腕の先に摘まれて、黒い小さなチップがゆらゆらと揺れている。ユリウスは肩を竦めた。
「やだよ。新顔に売りつけようなんてシロモノ、どうせろくなモンじゃないだろ」
「いやいや。新顔だからこソきっちり純度のいーいヤツだぜ? 生体でモ電脳でモ天国行きだ」
お得意様になって貰わなきゃな、などと不穏な台詞を吐き出しながらアイパーツを歪める丸い頭を、ユリウスはこつんと小突く。
「俺が行きたいのは天国じゃなくて義体屋なんだよな。あんたこの辺り詳しそうだし、いい店知ってたら教えてよ」
「客じゃねぇ奴にやル情報はねぇなぁ」
ご丁寧に視線の高さまで持ち上げられたチップが、ひらひらと揺れた。ユリウスは返事をせずにヘルメット越しの顎を撫でる。その仕草に脈ありと見たドーム頭が、ざらついた電子音声で畳みかけてきた。
「なぁ、安くしとくからサ。義体屋もいい店を知ってルんだがなぁ」
「持ってるの、それだけか?」
わざとらしくドームのアイパーツを覗き込む。機械パーツで構成された表情が喜色に歪んだ。部品の寄せ集めでも案外それっぽく見えるもんだな、などとどうでもいい事を考える。
「兄ちゃん、案外ワルだねぇ? 軽ゥいヤツから各種お取り扱ってますよ。使い方分るか? なんなら器具も売っテやるよ」
「俺の知ってる方式じゃなさそうだな。んじゃ一番軽いのと……あー、道具もくれ。安いやつでいい」
「毎度ォ」
「その代わりちゃんと案内しろよ。いい店だったら追加でさっきのヤツ買ってやる」
そう言いながらユリウスはメックスーツのカーゴパーツから折り畳まれた紙幣を取り出した。それを見たドーム頭がアイパーツを吊り上げる。
「おいアンタ、それで払う気じゃなイだろうな? これっぽっちの端金、地球圏通貨で貰ったんじゃ両替代にもならねぇよ。クレジットで払ってくれ」
「はは、ダメ元で出してみたけどやっぱダメか。3枚でどう?」
ユリウスはヘルメットの奥の表情を崩しながら紙幣をしまいこみ、代わりに硬貨を数枚取り出す。クレジットと呼ばれる木星圏通貨だ。電子決済は足がつくので、こういった取引はどれだけ時代が進んでも現物貨幣が好まれる。
「道具つけたの忘れテんじゃねぇだろうな。6枚だ」
「ボるなよ。出せて5枚だ」
「ちぇっ、抜け目のねぇ兄ちゃんだナ。それでいいよ」
「どーも」
ちなみにクレジットが1枚あれば少しいい店で食事をして釣りが来る。決して安い出費ではなかったが、おまけでこの猥雑な街の案内人を手に入れたと思えばそう悪い話でもなかった。
「じゃあ案内頼むよ。あっちに俺のホバーがある。乗っていこう」
「嫌だね。他人のクルマに乗り込むなんテごめんだぜ。勝手についてくよ」
ドーム頭の足元が吹き上がり、あちこち塗装の剥げたボディがふわりと浮き上がった。背面に姿を現したブースターをふかしてぐるりと狭い路地を回ってみせたドーム頭に、ユリウスは呆れた声を投げかける。
「随分高性能だな。塗装と手もなんとかすればいいのに」
「無駄がないって言エ。雨が降るわけでもなし、ピカピカの塗装なんて見栄っ張りのスることだぜ」
そう返して、ドーム頭は部品を集めた表情を小馬鹿にしたように歪めてみせた。




