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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第四章 生命の檻と復肉教
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第2話 義体 ①

 ユウはぼんやりと目を開けた。焦茶の目が天井を彷徨う。薄緑のカーテンに仕切られた狭い空間は、数日を共に過ごしても一向に馴染む事を知らなかった。


 静かだった。ずっと淡く腹の底に響いていた艦の駆動音は無く、そういえば木星圏についたんだっけ、とぼんやり思考する。艦隊は今、木星最大の衛星にして防衛軍の木星基地本部が置かれている、ガニメデに停泊しているはずだった。


 残された右肘をついて、身を起こそうとする。このバランスにも流石に慣れてきた――つもりだったのだが。

 予想外の重みにぐらりと身体が傾いだ。ユウは咄嗟に左腕を突き出して身体を支え――


「……は?」


 身体は倒れなかった。左腕が身体を支えている。ユウは目を瞬いて自分の身体を支えた腕を見た。右目(カメラアイ)が引っ切り無しにズームインとアウトを繰り返す。焦点が合ったそれはやはり腕のようだった。半身を起こし、まじまじとそれを眺める。


 何か悪い夢でも見ていたのだろうか。底冷えする気持ちを抑え込んで薄い上掛けをめくる。病衣のズボンは、どちらも中身が入った状態でユウの視線を迎えた。ライトブルーの布地の向こうに、五指を揃えた足が見える。


 ずきり、と頭が痛んだ。

 頭の中に断片的な記憶が蘇る。肉に深く侵食されたフェニックス。警告音。識別通知。鳴り止まない撃墜通知。怒号と、悲鳴と――泡立つ、声。


「とんでもない悪夢だな……」


 縁起でもない夢だ。ユウは頭を振って夢の断片を振り払った。()()で目をこする。淡い駆動音が鼓膜をくすぐった。

 無性に仲間たちの顔が見たい。食堂に行けば誰か居るだろうかと思いながら、ベッドに腰掛ける形で二本の足を床に降ろした。


 今日は何日だろうか。長い夢を見ていたのなら、医務室のベッドで自分が寝ている理由がよく分からなかった。バングルのホロモニタを起動して日付を確認しようとしたところで、がちゃん、と硬いもの同士がぶつかり合う音が響く。


「こら!!」 


 マリーの怒る声に追われて、見慣れた作業用補助ユニット(RAM)が薄緑のカーテンに突っ込んできた。


「ユウさん!! 起きましたか!」


 カーテンの端を引っ掛けて布おばけになっているRAMが、ばたばたともがいた。マニュピレーターが布地を引っ張り、カーテンレールがたわむ。ばちんと音がしてランナーが2つ、弾け飛んだ。


「もー、何やってんの!!」


 駆け込んできたマリーが布おばけからカーテンを引き剥がす。マリーを無視して、布から解放された巨大な乾電池のようなボディがベッドにぶつからんばかりの勢いで迫ってきた。


「良かっタ。なかなか目を覚まさなかったのでもうダメかと」

「シエロ……うわ、なんだよ」


 RAMのインジケータライトをちかちかと瞬かせて、マニュピレーターでやたらと手足をつつき回してくる相棒にユウは目を白黒させた。


「はいはーい、ちょっと退いてね」


 マリーの荒れた手がマニュピレーターを引き剥がす。しっしっと犬でも追い払うようなジェスチャをされて、しょんぼりとマニュピレーターを垂らしてRAMが後退した。


「ちょっと色々確認するわよ。この指は何本?」

「2本です」

「オーケー。今日は何日か分かるかしら?」

「いえ……今確認しようと思ってました」

「ざっくりでいいわ」


 栗色の瞳がじっとユウの目を覗き込む。ユウは少し躊躇いながら、アステロイドベルト探査が始まる前の日付を口にした。マリーの眉が少し下がったのを見て、心臓が小さく跳ねる。


「あの……マリーさん」


 マリーは少し考え込むように口を噤んだ。とっ、とっ、とっ、と心臓の音がだんだんと大きくなる。


「ユウ君」

「……はい」

()()()()()()()()()()()()()()()


 片方だけ残った、焦茶の目が見開かれた。マリーは黙って答えを待っている。心臓の鼓動は全身に及び、()()()()()()にまで染み渡るようだった。絞り出そうとした言葉が喉でつかえる。


「夢……」


 ようやく絞り出した言葉は、溢れ出る感情に呑まれた。つかえつかえ、遠回りな肯定の言葉を口にする。


「夢、だった、ら、よかった、のに」


 夢の断片では無かった。全て現実に起こった事だった。一度飲み込んでいた筈のその感情が、偽りの安堵によってまたこじ開けられる。

 ユウは両手で顔を覆った。淡い駆動音が鼓膜をくすぐる。左目から溢れた熱い液体を、左手は感じ取ることができなかった。


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