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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第四章 生命の檻と復肉教
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第1話 経済支配圏木星

「申し訳ありませんが、その要求にお応えする事は難しいですね。()()()()に割く余剰リソースは木星(ここ)にはありません」


 目元が涼やかな男は、淡い笑みを浮かべながらそう言って長い脚を組み替えた。怜悧な印象が強いその男は、怖気がするほどに整った容姿をしている。

 シキシマは緩く口を引き結んでアイスブルーの瞳を睨み返した。


「ミスタ・スペンサー。木星基地の責任者は貴殿ではないでしょう。……ヘンケルス少将閣下。これは必要な調査です。第11調査大隊の旗艦を飲み込んだ敵勢力の実態を何としても探らねばなりません」


 横柄な態度の男の横で小さくなっている、小太りでしょぼくれた髭の男にシキシマは語りかける。ヘンケルス少将と呼ばれたその男は、オドオドした様子でやや後方に座る美しい男とシキシマに交互に視線を走らせた。


「シキシマ君、そのね……。ほら、木星(ここ)にも色々と事情があって」

「伺いましょう。それは人類の未来と天秤に掛けるほどの事なのでしょうから」

「いやぁ……だからね……ははは……」


 脂ぎった顔にぷつぷつと汗の玉が浮き上がり、ヘンケルスは端がくしゃくしゃになったハンカチでそれを拭った。


 ――木星。

 水素反応炉がメイン動力源となった太陽系生存圏において、その巨大な質量の殆どが水素から成る木星は、エネルギー資源の最大供給源となっている。

 かつての人類のゆりかごである地球圏と、エネルギー供給元となった木星圏は小惑星帯(アステロイドベルト)を挟んで静かに睨み合っていた。


 太陽系統合政府というものが存在する。人類が太陽系の各惑星圏に足を延ばすに至り、発足した組織体系であった。アザトゥス侵攻により疲弊した各惑星各国の軍を束ねて生まれた防衛軍——正式名称、太陽系統合防衛軍はその下部組織だ。だが、地球で生まれた権威があまねく照らすには、太陽系は広すぎた。

 そもそも、木星圏に()はない。木星圏以降は開拓者(パイオニア)としてその生存圏の礎を拓いた企業たちが複合的に支配する世界だ。地球圏側は太陽系の支配権を手元に置き続けることを望んでいるが、太陽系全体のエネルギー産出を握っている木星圏はその傘下に収まることをよしとしていない。


 シキシマは涼しい顔でこちらを睥睨している男を、眉間に皴を刻みながら見つめた。ハドソン・スペンサーと名乗ったこの男は木星圏の主要なエネルギー系企業の一つであり、この会談の場である衛星ガニメデに拠点を置くガレリアン・ダイナミクス社の重鎮であるらしい。


「ご存じありませんか? 木星には雷霆神(ユピテル)の庇護がある。ここは()()()に過ぎません。戦争をしているのは地球圏の話でしょう?」


 シキシマは苦虫を噛み潰した。このブリーフィングルームに至るまでのわずかな道程だけでも、木星圏の技術力をまざまざと見せつけられている。()などという非科学を持ち出すのは厭味がすぎた。


「信仰を否定するつもりはありませんが、神様のご加護のみに縋るのもいかがなものですかな。地球圏が滅亡すれば明日は我が身とお思いにはなられないのか」


 スペンサーの言う通り、木星圏はアザトゥス侵攻での被害をさほど受けていない。道中の補給と言わんばかりの()()()()()はしばしば発生しているようだが、アザトゥス達は何故か一様に地球圏を目指す性質があった。

 スペンサーは透き通った青い目を眇めてせせら笑う。


「そうならない為の防衛軍でしょう? 仕事をしてくださいよ」

「……そのための支援を求めているのです」

「支援して我が社になんの利益が?」

「ですから、これには人類の存続が」

「話になりませんね。勝手に話を拡大しないでいただけますか? ()()()()()()()()でしょう」

 

 スペンサーは肩を竦めて、やれやれとでも言いたげに頭を左右に振ってみせる。いちいち芝居がかった仕草が癇に障る男だった。


「ヘンケルス少将閣下」

「な、なんでしょうスペンサー卿」


 しきりに汗を拭い続けていたヘンケルスは、しわくちゃのハンカチを手の中に押し込んで愛想笑いを浮かべた。害虫でも見るような目でその手を一瞥してから、スペンサーは薄笑いを浮かべて提案する。


「掲げた大義の割に貧弱すぎて、あまりにも気の毒になってきました。どうでしょう、クロエを行かせては」


 ヘンケルスはぱちくりと脂肪に埋もれた小さな目を瞬かせた。一瞬呆けたようなその表情がみるみるこわばり、小さな目がうろうろと左右を移ろう。


「さ、流石にクロエ少尉を前線から失うわけには」

「構わないじゃないですか。どうせアヴィオンなんて旧式(ロートル)、この先長く運用しないでしょう? クロエを行かせるなら来期、スター・チルドレンを数機配備するお手伝いが出来ると思いますが」


 うう、ああ、とヘンケルスは言葉にならない声をダダ漏らしながら思案を始めた。その髪の少ない頭を、生気のない手が突如鷲掴みにする。ひぅ、と珍妙な声を上げた基地司令の頭をぐいっと押しやって、アサクラが膿んだ視線をスペンサーに向けた。


「アヴィオンが旧式(ロートル)? どういう事?」

「ちょ、ちょっとアサクラ君!」


 ヘンケルスの声が裏返る。小太りの男の情けない声と、突然出てきた死んだ目の男の挙動に一瞬不快そうに潜められた形の良い眉が、その名を聞いてぴくりと動いた。


「……アサクラ? キリヤ・アサクラ大佐ですか」

「だったら何? 質問に答えてよ」

「や、やめなさいよ……」


 おろおろとヘンケルスが可哀想なくらいに狼狽えた動きをしているのを意にも介さず、アサクラはつかつかと歩を進めソファに身を沈めたスペンサーを見下ろした。

 敬意の欠片もないその態度に気を悪くした風もなく、スペンサーは組んだ脚を解いてアサクラを見上げる。


「お噂はかねがね、アサクラ大佐殿。イシュタル計画は大層成功しているようで何よりです。一人のエースパイロットを素体にしたクローン兵士とは中々興味深い。我が社のスター・チルドレンにも応用が利くか、是非お話を伺いたいですね」

「話が見えないなぁ。スター・チルドレンが何かは知らないけど、ソラの学習データはType-QPしか使えないよ。そもそも、君の言葉を借りるならばあれはアヴィオン(ロートル)用の学習データだし」


 ふむ、と呟いてスペンサーは立ち上がった。トントン、としなやかな指で自らのこめかみを軽く叩く。叩かれた部位に淡い蛍光色の円が浮かび上がり、そこを起点に立体ホログラムの映像が空間に描き出された。そのシャープで優美なフォルムの戦闘機のシルエットを見て、ヘンケルスが狼狽した声を上げる。


「す、スペンサー卿!?」

「これがスター・チルドレン。我が社を中心に、木星圏企業連合で共同開発中の新型宙域戦闘機です。機体の開発は順調なものの、パイロット養成のほうが今ひとつでしてね。優秀なパイロットの学習データを是非とも参照させていただきたい」


 アサクラはハイライトの失せた瞳でじっとスター・チルドレンの立体映像を見た。そしてふい、と興味を失ったようにそれから目を逸らし、薄い笑みをスペンサーの端正な顔に向ける。


「ソラのデータを提供して、僕になんの利益が?」


 さっき自分が言った台詞をそのまま返されたスペンサーは数度目を瞬くと、笑みを深くして一歩アサクラに歩み寄った。


「これは地球圏に対しての機密情報なのですが――木星圏では義体化技術が実用化されています。貴隊は小惑星帯(アステロイドベルト)で手酷い損害を被ったのでしょう? なんでも手足を落とした方もいらっしゃるとか。いかがでしょう、こちらからは義肢・義体技術を提供させていただくというのは」

「義体……」


 アサクラの顔から笑みが消えた。鋭い目でスペンサーを睨めつける。


「脳へのフィードバックを完全に解決したとでもいうつもり」

「ええ、もちろん」


 スペンサーは微笑んだ。


「我が社の侵襲型BMIブレイン・マシン・インタフェースは全ての問題を完全に解決しています。私も義体ですよ……ほら」


 そう言ってスペンサーおもむろに左手で右手首を掴むと、軽く捻って引っ張った。メリメリと皮膚が伸びて千切れ、その奥から金属とケーブルの束が顔を覗かせる。その大袈裟なパフォーマンスに、しかしアサクラは肩を竦めて呆れ顔を返してみせた。


「それは何の証拠にもならないでしょ。ただの遠隔操作ロボットじゃないという証明は?」


 その物言いにもスペンサーは怒りを見せず、むしろ喜色を浮かべて引き千切った手首を再度はめ込んだ。千切れた人口皮膚が生理的な嫌悪感をそそる。


「これはこれは、流石のご慧眼。流石に今、頭の外装を剥がして脳をお見せすることは難しい。ですが技術資料を見ていただければ、大佐殿ほどの方ならすぐにこれが実用化されていると理解できるでしょう。なんならこちらの技術資料を確認した上で納得なさったらイシュタル計画の学習データを頂く形でも構いません」

「僕が技術だけ攫って、学習データを渡さないとは考えないのかなぁ?」

「ご納得頂けない場合は仕方がありません。ですが義肢も義体も決して安価なものではありませんよ」

「……そっちがデータと引き換えってわけか」


 敬語をかなぐり捨てたシキシマが吐き捨てる。その額を爪の先で軽く小突いて、アサクラは再び生気のない顔に軽薄な笑みを貼り付けた。


「僕は地球圏での神経接続制御技術については、第一線に近い所にいたつもりだけどねぇ。そんな僕の所にさえ義体化技術の話は入ってこなかった。それほどまでに秘匿していた技術情報を、何でこんなにあっさり教えてくれるのかな?」


 軽薄な笑みに応えるように、スペンサーはその美貌を艶やかな笑みで彩ってみせる。


「だって、貴方がたは()()を続けるのでしょう? ここからさらに奥へと探査に向かった調査大隊で、()()()()()戻ってきた隊はおりません。冥土の土産ですよ」



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