第14話 アステロイドベルト遭遇戦 ph4 地獄で会おうぜ ②
『……さん、ギルバートさん! 聞いてます!?』
「ん、悪ィな。聞いてなかった」
『後退指示が出てるんスよ! 行きましょう!』
音量を下げていたサブチャンネルのほうで指示が出ていたらしい。既に補給は終わり、イドゥンはとっくにその場を離れていた。ギルバートは通信の設定を元に戻すと、素直に機首を翻す。
フェニックスの逆推進スラスタが青く輝き始めた。横っ腹の格納庫を敵艦隊に向けていた旗艦は、覚悟を決めたようにゆっくりと主砲を備えた艦首をフェニックス・キャプチャーが来る方へと向ける。
『主砲発射用意! 射線を開けろ――!!』
フェニックス主砲の砲口が眩く輝いた。恐らく先程のフェイルノートの射程内に入って来なかった事を見越しての威嚇射撃であろうが、おそらく効果はないだろうな、と内心で肩を竦める。
『友軍機の射線上からの離脱を確認! 艦砲射撃を実行する!』
二隻の巡航艦は互いにまだ射程圏外で、紫電の閃光はフェニックス・キャプチャーへは届かない。だがその牽制の一発に怯む様子もなく、フェニックス・キャプチャーは進行速度を緩めようとはしなかった。
加速したその横っ腹から出てきた鹵獲機群が、旗艦の速度エネルギーを上乗せして後退を続ける戦線へと迫る。
『……ッ、交戦開始! 各隊対処に当たれ!』
ギルバートはレーダーを見る。応援に向かわせた第二編隊が戻ってくる気配はなかった。赤に塗り替えられたマーカーに応戦するため速度を緩める。追随していたヘイデン機が、その動きに対応しきれずにギルバートの前に飛び出した。近距離無線へ向けて怒鳴りつける。
『ヘイデン、後から来い!』
「嫌です、何のための僚機ですか! 5秒だけ待ってください!」
その声から怯えは消えていなかったが、年若いフライトバディはそう即答した。ギルバートの表情が僅かに緩む。
『さっきはすんません。——戦えます』
「無理しなくていい。鹵獲機は俺に任せとけ。その代わり肉塊野郎はお前に任せる」
『そりゃねぇっすよギルバートさん。俺だってエースの称号欲しいっス』
「はッ、そんだけ吹かせりゃ上等だ! 来るぞ!」
前方から猛スピードで近づいてくる鹵獲機と、それを守るように随伴してくる無数の小型アザトゥスに向かって二機は圧縮レーザー砲を放つ。二本の白光はそれぞれ的確に核を貫き、ぶしゃ、と肉塊が二つ弾け飛んだ。
「上手いぞヘイデ……」
すれ違う。かつてアヴィオンだったそれと。肉から突き出したその尾翼に刻まれたエンブレムが視界を擦る。牙を剥く黒い犬の紋章。
『は……? あれ、ギルバートさん……の……』
酷く困惑したヘイデンの声が鼓膜を撫でる。心臓がどくんと一つ大きく跳ね、頭のてっぺんからすうっと冷気が降りてきた。
「下がってろ」
爪先まで落ちてきた冷気は、その声にも霜を降ろす。速度を緩めて、反転。鹵獲機の後ろを捉えた。レーザー砲の発射ボタンを握り込む。真白に輝く高エネルギーの槍は、肉まみれの翼を掠めて小惑星の欠片とアザトゥスの肉片を貫いた。前を往く鹵獲機は小刻みな動きで左右にその機体を振っており、射線が定まらない。
(早ぇな。あっちも補給が機能してるせいか、ピンピンしてやがる)
アザトゥス本来の推進力にアヴィオンの推進が上乗せされた鹵獲機は速かった。フルスロットルで追っているのにだんだんと距離を離されている。鹵獲機が大きく仰角を取った。ターンするその軌道の内側に滑り込み、追尾を継続。片手で操縦桿をめいっぱい引きながら、HUDの通信タスクを再度多重起動してメインチャンネルに接続した。
「よう、奇遇だな。まだ前線に残ってるやつがいるとは思わんかったぜ」
食堂ですれ違った時のように穏やかな声で、ギルバートは呼びかける。黒い犬のエンブレム。いつか戦場で会った時に分かるようにと、ナギと自分の機体にその紋章を付けた。あの黒い犬は多分同じ意図であそこに刻まれたのだろう。考えうる限り最悪の形での再会。
メインチャンネルに、ねちゃねちゃぐちゃぐちゃと湿った水音が響く。ざらつくノイズと粘着質な音に混ざって、微かな声がした。
『ギル……バ……』
ロックオン警告が鳴り響く。ギルバートは薄く笑って、機体をぐるりと横回転させた。紫電の閃光がその横顔を照らしながら宇宙の向こうへ溶けていく。
「通信越しでよく俺だと分かったなぁ。こんだけ耳のいいヤツは……チャックか? いやでもあいつはもうちょっとカワイイ声してるよな。分かった、ユルゲンおめーだな」
『帰ラな……ゲ、れば……』
「どこに帰る。俺らの家は戦場だぜ。帰るとこなんざありゃしねぇよ」
光線を撃ち合う。すれ違う。良く晴れた秋の日の、無数に枝を離れる木の葉のように絡み合って、二匹の犬は戦場の底へと落ちていく。
「なぁユルゲン。ユルゲンじゃねーかもしれんがよ」
『排、除……』
再び紫電の輝きが腹を掠めた。それを避けざまに躊躇いなく放たれたレーザーが、尾翼ごと黒い犬のエンブレムを吹き飛ばす。
「おっと、すまん。アイデンティティがなくなっちまったな」
陽電子砲をチャージする。円形ゲージがコバルトブルーで満たされていく。
「なぁ、しんどいよな。安心しろ、ちゃんと殺してやる」
粘つきひび割れた声は答えない。陽電子砲を撃ち尽くして、真っ直ぐに逃げるその背にぴたりと狙いをつけて、ギルバートはまた笑った。
「どうせ俺らの行き着く先は同じだ。先に逝った連中と一緒にビールでも冷やして待っててくれよ。——地獄で会おうぜ」
解き放たれた紫電の閃光が、銀を内包した肉塊を跡形もなく飲み込む。最後に回避機動を取らなかった気がしたのはきっと気のせいだろう。
息を大きく吸い込んだ。高機動戦闘でひしゃげた肺にめいいっぱい酸素を送り込み、ゆっくりと吐き出す。HUDを操作し、メインチャンネルの通信を切断し――
『ギルバートさん、そっちは駄目だ――――!』
ヘイデンの悲痛な叫びと共に、視界が真っ白に塗りつぶされた。




