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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第三章 アステロイドベルト
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第14話 アステロイドベルト遭遇戦 ph4 地獄で会おうぜ ①

「やだやだ。今回の敵さんはまた随分とおしゃべりなこって」


 戦線を切り裂いた大口径陽電子砲の光が消えていくのを忌々しげに見やって、ギルバートは鼻を鳴らした。


『ギルバートさん、やばいですって! 早く下がりましょうよ』

「ああ、すまんなヘイデン」


 怯えた様子のフライトバディのヘイデンはまだ19歳だ。正直に言えばまだ余裕があったので鹵獲機(キャプチャー)をもう一機くらい墜としてから戻るつもりだったが、彼のその様子に諦めて手近な小型に陽電子砲を放って機首を返す。

 入れ替わりに補給を済ませた部隊が、追いすがってきた敵を引き受けた。見慣れた機体はヤタガラス、その尾翼で傭兵時代(かつて)のシンボル、獰猛な表情の黒い犬が牙を剥いている。


『ギルー! 撃墜3だよ!』

「分かった分かった、その調子で順調に増やしてけ」

 

 すれ違いざまにはしゃぎ声を上げるナギを適当にあしらって補給に向かう。

 第二編隊は他所へ応援に向かわせたので、後をついてくるのは僚機のヘイデンのみだ。後方に見えるイドゥンの方向へ進路を向けながら、ヘイデンは薄ら寒いと言わんばかりの声で言う。


『ギルバートさん、俺正直怖いですよ。何なんスかあれ。喋ってたの鹵獲機(キャプチャー)ですよね? しかもウチの回線で。生存者がいるってことじゃないんスか。何で撃ってくんだよ』

「さァな。だがまぁ、撃ってきたってことは仲良くする気はねぇってこった。余計な事考えてると死ぬぞ」

『俺は人を殺したくてここにいるんじゃねぇんスよ。……何だってそんなに落ち着いてるんです?』

 

 怯えた声に嫌悪が混ざる。それを聞いたギルバートの表情が、歪んで緩んだ。


「人殺しには慣れちまってるからかな」


 自嘲気味に呟く脳裏に、白い悪魔(ナギ)の姿がよぎる。彼女の始まり、その白い身体に真っ赤な血を被って、自分を見上げた冷たい目を思い出して苦笑した。やはり()()()()()はこうだ、と再認識する。

 人は人を殺したがらない。人間と人間が殺し合う戦場において、実際に引鉄(トリガ)を引ける人間は2割にも満たないと言われている。戦闘機パイロットともなれば、撃墜はごく一部のエースパイロットの所業であり、一発も撃たない者も珍しくはないと聞いたことがあった。

 ヘイデンが鹵獲機(キャプチャー)に向けて一発も撃っていないことにギルバートは気付いていた。通知欄を埋め尽くす友軍識別信号(IFF)の識別通知を見て、小さな溜息を吐き出す。


「……ま、ウチの生き急ぎ野郎は平然と撃ち落としてるみてぇだがな」

『はい? 何スか?』


 思考していたつもりが、口に出ていたらしい。怪訝な声を返してきたヘイデンに「何でもねぇよ」と返して、ギルバートはイドゥンに機体を寄せた。


「よしヘイデン、補給したら――」

『全隊に通達。通信をサブチャンネル76に切り替えろ。このチャンネルは傍受されている可能性が高い。繰り返す。通信をサブチャンネル76に切り替えろ』

 

 全体アナウンスが会話をぶった切る。努めて感情を削ぎ落としているように聞こえるその声に、ギルバートは呆れたように鼻を鳴らした。


「傍受ねぇ。()()()なんだから聴こえてんのは当たり前の話だろうに」

『サブチャンネルに切り替えますね。近距離通信はそのままでいいスか』

「構わんだろ。——あー、こちらガーゴイルB(ブラボー)-01、サブチャンネル76に切り替えた」


 通信チャンネルをサブチャンネルに切り替える。切り替えを告げる声が断続的に飛び込んでくるのに辟易として音量を下げた。HUDの通信タスクを多重起動し、メインチャンネルの回線を受信専用(レシーブオンリー)モードで開く。耳障りなノイズがギルバートの鼓膜を撫でた。

 そのノイズを押し開くように、シキシマの声が響く。


『第11調査大隊に告ぐ。こちらは第13調査大隊、司令官のノブヒコ・シキシマである。我々は敵ではない。こちらを認識しているのであれば、直ちに砲撃を停止せよ。我々には救助の用意がある』


(……へぇ。この状態でコミュニケーションを取ろうとは恐れ入る)


 ギルバートの口の端が歪んだ。ノイズの奥に粘ついた音が混じる。ごぼごぼと水底から沸き立つような声が応じた。


『我々……は……地球へ……がえラ、なげ、ればなら、ナイ』


 ギルバートは眉を上げる。まさか返事を返してくるとは思わなかった。だが、その応答はまるで答えになっていない。シキシマも返答に窮しているようだった。ややあって、躊躇いがちに問う。


『……応答に感謝する。だが、一旦火星か木星に向かうことを提案したい。その状態では地球まで帰還することは難し——』

『我々……は、地球へ……かえラ、なげればナら、ナイ』


 繰り返される言葉に、シキシマは再び押し黙る。コミュニケーションが全く取れていない。無駄だな、と独りごちるギルバートと対照に、シキシマはなおも食い下がる。


『……分かった。どのみちその艦は捨てなければならない。まずは救助隊を送ろう。だから砲撃を停止して——』


 差し伸べられたその手を、一笑に付すように。極太の陽電子砲が再び閃いた。


『砲撃を停止せよ! こちらに交戦の意思はない!』

『我々ハ、地球へが、エらな……げればナら、ない』


 泡立つ声は繰り返す。ギルバートは瞑目した。体の奥でふつふつと血液が沸騰し始めるのが分かる。

 おそらく、この交渉は無駄に終わるだろう。意識と感覚が時を遡っていく。かつての戦場、人と人とが殺し合っていたあの時に流れた血が、流した血が、逆流して心臓を沸き立たせた。


『排除セよ』


 フェニックス・キャプチャーの横っ腹の格納庫が開き、宇宙空間に肉で出来た嵐が渦を巻く。

 

『すべて。すべテ排除セよ。我ラが故郷への……帰還のタめ、に』


 装填完了を告げるアラームが鳴る。口の端に薄い笑みを刷いて、ギルバートは操縦桿を強く握った。巨大な戦艦だったものが、その速度を上げるのが見える。

 ドッグファイトの時間だと(ナギ)は言ったが、違う。これは()()()()()()だ。


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