第12話 アステロイドベルト遭遇戦 ph2 識別信号 ①
艦内に全隊出撃を知らせるアラート音がけたたましく響き渡り、管制室にはそれに加えて管制官と分析官が盛んに情報交換する怒号じみた喧騒が満ちていた。
前線との通信を中断したシキシマが、その喧騒に負けまいと声を張り上げる。
「状況を!」
「ヤタガラスA-01を追ってきた群体を撃破した後、敵艦隊に動きは見られないままです。鹵獲機の内訳は現在解析中です!」
「そのまま解析を続けろ。ヘイムダルはいつ出れる」
「出撃準備完了まで、15分程度を見込んでいます!」
「準備が出来次第出撃させろ。私は少し副艦長たちと話す。状況が動いたらすぐに知らせてくれ」
「承知しました!」
シキシマは険しい表情のまま、つかつかと管制室中央に設えられた立体投影地図に歩み寄る。輸送艦から届いた兵站レポートを確認しながら会話に耳だけを傾けていたツェツィーリヤがその後を追った。
立体投影地図の足元では、光で編まれた球体に頭を突っ込むようにしながらアサクラがラップトップとにらめっこをしている。
「今話せるか」
「いいよ」
立体投影地図に赤い艦を配置しながらシキシマが問えば、顔も上げずにアサクラが答える。ツェツィーリヤはそんな二人を僅かに緩めた表情で見てから、きゅっと顔を引き締めてアサクラのラップトップを覗き込んだ。
モニターの中では肉まみれのフェニックスが、細かな動きを繰り返しながら延々と陽電子砲の光を吐き出している。現在乗艦している艦と同型のものが異形の肉にまみれている様に、奥歯の辺りが得も言われぬ疼きに襲われた。
「これが第11調査大隊の……?」
「そ。なーんか妙にフレッシュな動きするんだよねぇ……」
悲痛な声で尋ねたツェツィーリヤにアサクラはシークバーを前後させる手を止めずに答える。どうやら数秒の動きを繰り返し確認しているようだった。
ツェツィーリヤが訝しげに柳眉を寄せる。
「フレッシュ……ですか?」
「そーそー。新鮮なんだよ。動きが人間っぽい。これ、さっきナギが突っ込んで行った時にあちらさんが主砲を撃ってる映像なんだけどさぁ。……ほらここ。ちょっと下がってるでしょ」
映像の中のフェニックス・キャプチャーが、再び陽電子砲の光帯を吐き出した。肉に覆われた艦は確かに位置を調整するようにわずかな動きを見せている。だがそれが何を示しているのかが理解できず、ツェツィーリヤは首を傾げた。
立体投影地図に艦を置き終わったらしいシキシマは何かに気付いたらしく、ラップトップの画面を覗き込む。
「取り巻きの鹵獲機も追ってくるものと戻っていくものがいるな。しかも主砲には一機も巻き込まれていない」
「あいつらは喰う事しか頭にない。防衛個体でもなければ獲物を見つけたら一目散のはずなんだよねぇ。ダイモス戦のトリアイナを思い出してよ。もっとノータリンな動きしてたでしょ。強襲部隊が接触するまでは陽動側に完全に攻撃が集中してた」
アサクラはラップトップの画面から目を離して顔を上げる。
「鹵獲機が兵装を使えるのは、使い方を知っているアタマを乗っ取っているからなんだよねぇ。そしてそれは時間経過と共に劣化してく。ダイモスでナギが戦った鹵獲機が手強かったのは、数時間前に乗っ取られたばかりのものだったからなんだよ。でも僕の見立てじゃこいつが鹵獲されたのは数か月前なんだよねぇ……」
「一度接触したのに追ってこないのはそういう事か」
「そゆコト。待てができるなんて、ずいぶんとまぁお利口さんだよねぇ」
相変わらず光のない深淵の瞳が、新しい玩具を見つけた子供のように無邪気な笑みに歪んだ。
「あとはこれだよねー」
アサクラは再びラップトップを操作し、通信ログ記録の一部を再生する。
『気を付けて鹵獲機の殆どは脳をやられてるけど数機優秀なヤツが残ってる』
抑揚の消えた女性の合成音声。ツェツィーリヤが息を呑む。シキシマの表情が険しくなった。
「……こいつは何を知っている?」
「さぁね。ま、でも言ってることは間違ってなさそうだよー。こいつらは頭が回る。——今回の戦いは艦隊戦だよ。どうする? 司令官」




