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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第三章 アステロイドベルト
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第10話 小惑星帯採掘場 ①

 仕事の時間がやってくる。

 ブリーフィングルームに並べられた椅子には、特殊な形の肘掛けがついていた。バングルのホロモニタを見るときに腕が疲れないようにと肘掛けから垂直に張り出した板に腕と顎を載せ、ユウはぼんやりとブリーフィングルームの入口を眺めていた。

 取り戻した視界には様々な情報をオーバーレイすることができる。人の上には半透明のオレンジ色のカードが貼り付いていて、整備班から戦闘班に移籍したばかりのユウにとってこれは有り難い機能だった。


「もーっ、ナギってば! どうして1回も顔を見せてくれなかったんですか!?」


 ぱたぱたと駆け込んできた若い女性パイロットが、ユウの右前方方向に座ったナギの横に陣取り、わあわあと喚き始める。


「会いに行って何するのさ。座って見てればいいの?」

「うう。冷たい。相棒(フライトバディ)じゃないんですか私たち。同室のミラちゃんのとこには毎日誰か来てたのに……。どうせしょっちゅう医務室来てるんだから寄って行ってくれてもいいじゃないですかぁ」

「えぇー。めんどい」


 小うるさそうにナギがあしらっているのを見て、ユウは意外そうに眉を上げた。ナギが誰かにまとわりついて鬱陶しがられているのはよく見る光景だが、その逆は珍しい。雑に扱われて不貞腐れた顔の横に貼り付いたカードを眺める。


—— 名前:ラニ・パラキコ

—— 年齢:20

—— 性別:Female


(ラニ……。ダイモスでイージスに救助されてた人か)


 ダイモス戦で、ユウの出撃直後に行われた救出劇。その救助対象として呼ばれていた名が、目の前の女性パイロットとリンクした。あのナギのフライトバディを務めているのはどんな人間なのだろうと思っていたが、案外普通そうな女性なのが意外だった。

 時間になってもシキシマが現れないことに加え、ラニの賑やかな声がブリーフィングルームの空気を緩ませる。ざわざわとし始めた空気に溜息をひとつ落として、ユウは招集の通知に添付されていた資料を開いた。


小惑星帯(アステロイドベルト)採掘場ですか。また探査が億劫ナ現場ですね」


 横合いからにゅっとマニュピレーターが伸びてきて、ユウの手元のホロモニタを覗き込む。耳慣れたカメラのズーム音が響いた。


「いつの間にそんなとこにカメラつけたんだ、シエロ」

「ふふン。いいでしょうこれ。これでどこでも覗けますよ。テッサリアさんがつけてくれたんです」

「班長、修理で忙しいのにまた変な事やらせて……」


 ユウが渋い顔をする。()()()()の作業をやめた新兵(ユウ)は、最近はクピドの指導のもとシミュレータ訓練を続けながらも、空いた時間は整備班の仕事を手伝っていた。

 横合いから小さな手が伸びてくる。


「ぼくの手と同じなんですよ。案外便利なんです」


 くすくすと笑みを含んだ少年(ハイドラ)の声に呼応するように、手の甲できょろりと金色の目が動いてホロモニタを見た。


「こんな小さな惑星(ほし)を採掘しているんですね」

「い()、ですね。宇宙開拓時代のゴールドラッシュ、一獲千金を夢見た野心家たちの夢の跡。侵攻で人手が回らなくなって、今ではほとんどが放棄されています」

「はいはい! 私知ってます。小惑星は資源の宝庫、でも当たりか外れかは掘って割っての運次第! うふふ……ロマンですよねぇ」

「クピド、楽しそうだね」

お母さん(オリジナル)が好きだったんですよ、この手の話は。おかげで知識もギッチギチです」

 

 自分を挟んでの会話を聞きながら、ユウの目がブリーフィング資料に綴られた小惑星帯(アステロイドベルト)採掘場の文字を追う。数百キロメートルから数百メートルの、無機質な小さな星の集合体。その姿はダイモスやフォボスのそれを彷彿とさせ、かつての地獄に思考が濁る。

 カメラのズーム音が鼓膜を撫でた。濁った思考とともに、視線を持ち上げる。いつの間にか子供たちは子供同士で盛り上がっており、電子の瞳がじっとユウを見つめていた。


「大丈夫です。私がついてる」


 ナギにこてんぱんにやられた夜から変わらなくなった、優しい女の声が言う。違和感のほとんどなくなったなめらかな声が、まるで、()()()()のように囁いた。


「私は絶対にあなたを守ります。何があっても」


 電子の視線が絡み合う。どうして。何故今そんなことを言うのかと、心臓が跳ねた。ユウの喉が僅かに鳴る。


「シエロ、君は——」

「すまない、遅くなった」


 ブリーフィングルームの扉が引き開けられ、部屋を満たしていたざわめきがさっと()けた。ユウも言いかけていた台詞を飲み込んで口を噤む。


(馬鹿。何を言おうとした、俺)


 意識の底で自分を殴りつけてから、タイミングよく入室してきたシキシマに感謝しつつブリーフィング資料に目を落とした。それと同時にブリーフィングルームの照明が落ち、正面のスクリーンが無数の小さな星を映して明るく輝く。

 

「これよりブリーフィングを始める。各自資料を確認していると思うが、今回は小惑星帯(アステロイドベルト)採掘場の探査が主な任務だ。今までも各調査大隊が通過する際に探査を繰り返しているが、資料に示した未探査領域のM区画が我々の探査領域となる。小惑星帯(アステロイドベルト)で巣が確認された事例はないが、群体との遭遇事例は度々発生している。気を引き締めてかかれ」


 スクリーン上の小惑星の群れに、赤いマーカーが散らばった。


「本作戦は小惑星帯(アステロイドベルト)近傍に1週間滞在しながら遂行される。定期哨戒のルーティーンをベースにシフトを組んだ。第一陣にはこの後すぐ出て貰う。何か質問のある者は?」

「はーい」


 白い手が挙がる。


「どうした、ナギ」

「第11調査大隊の件は? 交戦許可貰っときたいんだけどなー」

「……鹵獲機(キャプチャー)の件だな。確かに第11調査大隊が既に鹵獲されてしまっているという想定は出ている。だが第11調査大隊については捜索が主任務だ。確認が取れるまで攻撃は――」

「オーケー誰か死んだら交戦しよう。それでいいね」


 紅い瞳は僅かな笑みを含ませている。シキシマは眉間に皴を寄せてエースパイロットの顔を見返した。壁に寄り掛かって成り行きを眺めていたレナードが、呆れた様子で口を開く。


「あまり艦長をいじめてやるなよ、ナギ。どうせお前なら許可なんてなくても確信を持ったら撃っちまうんだろ」

「ボクならね。でもそれで済むと思ってるの、はんちょー」


 冷たい冷たい声が、会話に参加していないユウの背筋までをも撫で上げた。咄嗟に隣に座っている子供たちを見ると、子供たちも訝し気な顔でユウを見上げている。

 レナードは肩を竦めて息を吐いた。


「第一陣はお前が出るだろ、お前のいるシフトは好きにしな。お前が帰ってくるまでにもう一度艦長と話をしておこう。——それでいいですね、艦長?」

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