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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第三章 アステロイドベルト
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第7話 命の紡ぎ方 ①

「うっ……わぁーー!」


 目を輝かせて上がったクピドの歓声が、生き物たちの鳴き声と吐息の中に溶けていく。その大半が冷たい金属で構成されている無機質な巡航艦フェニックスの艦内において、その場所は異質ともいえる生命の音と匂いが(あふ)れる場所だった。


「なんだか嗅いだことのない匂いがします」


 ハイドラが気圧されたような表情で鼻をひくつかせている。

 長期探査航海が主任務である調査大隊に配備されるこの巡航艦には、食料生産プラントが存在していた。精神と命をすり減らす宇宙戦艦での暮らしの中、日常生活に根ざした糧食班の仕事は案外人気がある。定期的に募られる手伝いの募集はあっという間に埋まってしまうのが常だった。


「ねぇ見てハイドラ君、ひよこがいる!」

「ひよこ……って何?」

「この黄色いふわふわしたコだよ! 鶏の赤ちゃんだよ」


 囲いの中のひよこをキラキラした目で眺めているクピドに、糧食班の女性隊員がにこにこと微笑みながら声を掛ける。

 

「ふふ……給餌のお手伝い、頼めるかな?」

「やりますやります!!」


 跳ねるような足取りで女性隊員の後をついていくクピドを見送って、ハイドラは首を傾げた。


「何故動物が……?」

「牛と鶏は長期保存が効く穀物から良質なタンパク質を作ってくれるからな。それに生き物がいると乗員たちのメンタルにもいい」


 ドロリとした灰褐色の液体がなみなみと注がれたバケツを両手に提げた男が、通りすがりにその疑問を拾い上げた。ハイドラがバケツの中を覗き込む。


「これは?」

「こいつは厨房からでる生ゴミの(たぐい)を飼料加工した豚の餌さ。これで人間様が食えなかったもんが全部肉と肥料になるって寸法だ」

「へぇ……それで豚も」

「太陽系全域に生存圏が広がってから、有機物は貴重品だからな。何でも無駄にしねぇようになってんのよ」

「無駄にしない、という観点なら加工済みの栄養バーを積んでおくのがいいのでは?」


 生真面目な様子で尋ねるハイドラに、男は露骨に嫌な顔をしてみせた。


「お前チビのくせに嫌な事言うやつだな。あんなディストピア飯が何週間も続くなんて考えたくもねぇよ」

「ディストピアめし……?」

「それに食うもん食ったら出るもんも出るからな。そっから作る農作物だって人間様が食えない部分はあるし、何にせよ使う仕組みはあったほうがいい」

「なるほど」

「給餌やってみるか?」


 ハイドラが問いかけるようにユウを見上げる。微笑んで少年に頷き返したユウに、糧食班の男は白い目を向けた。


「見学決め込んでねぇでお前も働けよー」


 はぁい、と首を竦めると、ハイドラと別れて男が顎で指し示した方へと足を向ける。モウモウと鳴く牛の囲いのそばに、車椅子の少女とそれを押す男の姿を認めて、ユウは目を瞬かせた。


「コンラート?」

「おう、ユウ。今日チビ達と来るって聞いたからさ、コイツにも見せてやりたくて」 


 コンラートが顎をしゃくる先にいた栗毛の少(13番)女が、ふわふわの髪を揺らしてぺこりと頭を下げる。


「やあ、ミラ。楽しい?」


 すっかり艦内で定着しつつある新しい名で問いかければ、少女はこくんと頷いた。


「役目を以て生かされている畜産動物という種には、シンパシーがあります」

「あはは……そっちかぁ」


 ユウは引きつった笑みを返す。少女の視線は牛のほうへと戻っていた。母牛の乳を飲む仔牛の姿を眺めながら、ぽつりと言葉を漏らす。


「羊がいなくて残念です」

「火星は羊が名産だもんね」

「はい。羊が一番好ましい生き物です。実際に見たことはありませんが」

「そうなんだ……?」


 お見舞いに行った時、大切そうに抱きかかえていた羊のぬいぐるみを思い出してユウは首を傾げた。ちらりとコンラートの方を見れば、顔を真っ赤にしてじっと車椅子の車輪を睨みつけている。

 その様子で何となく察したユウは視線の温度を一段生暖かくすると、気付かなかったふりをしてそそくさと牛の囲いに手を掛けた。


「そっちはただの見学だろ? こっちも手伝いながら全部回らせて貰う予定だからさ、移動する時にまた声掛けるよ」


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