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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第三章 アステロイドベルト
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第5話 電子の目 ①

 規則的な機械音が、深いところに沈んでいた意識を浮上させる。“明るさ”を感じて、ユウはゆっくりと目を開けた。手術台の上に煌煌(こうこう)と輝く無影灯の光に、開いた目蓋をすぐに(すが)める。


「起きたね。調子はどうかなぁ」


 右側視界の端にいた人影がゆらりと動いた。そちらに視界を合わせると、微かな機械音が頭の中に直接響く。右目にだけ水が注ぎ込まれたような視界が気持ち悪くて、無意識に目を擦ろうと持ち上げかけた腕が拘束具のリングに阻まれて鈍い音を立てた。


「なんかボヤボヤしてます」

 

 しきりに瞬きを繰り返しながらユウは答えた。アサクラは無影灯を消すと、小さなペンライトを立ててユウの目の前に掲げる。


「ピントは後で調節するよー。とりあえず視神経とは繋がってそうだね。これ見て。はーい動かすよぉ。……次こっちね~」


 ゆっくりと左右に動かされるペンライトを、焦げ茶と薄青に淡く光る目が左右揃って追いかけた。


「おっけー、筋電位同期は取れてるねぇ。それじゃこれつけて」


 アサクラはペンライトを器械台の上に戻すと、その横に置かれていた手のひらより少し大きい機器を手に取る。それを目の前に差し出されたユウは、じっとりとした目で拘束された両手をひらひらと振ってみせた。


「ああ、外そうね」


 ちっとも悪びれない様子で、アサクラが器械台の上の装置を操作する。ようやく両手足が自由になったユウはもそもそと起き上がり、溜息を吐き出しながら長時間拘束されていた手首をさすった。そうして関節を少し慣らしてから、手を差し出す。その上にアサクラが装置を載せた。


「これは?」

「人工眼の補助装置だよ。まあまずはつけてみて」


 言われるがままに、右目の上から装置を装着する。装置は、右目と頬の上半分を覆った形でユウの顔の上に収まった。アサクラがユウの手を取り、装置の脇にあるボタンに触れさせる。


「これを押しながら近くと遠くを交互に見てね。これで左目のピントと同期させるから、疲れててピント合わない日とかはここを押して調整して」


 ユウは軽く頷くと、言われた通りに視線を動かし始めた。頭蓋骨の内側を引っ掻くような機械音は、シエロのカメラアイの動く音によく似ている。

 遠景から、徐々に視界が明瞭になっていった。壁際の機材、キャビネットの中身が輪郭を持つ。ベッド脇のモニタリング機材の画面の上で滲んで多重に重なっていた線が、一本に重なる。ユウは手をかざして、眩しそうに目を細めた。久しく忘れていた距離感が戻ってくる。視界の全てに立体感が現れ、狭い手術室がゆっくりと広がっていくようだった。


「どう?」

「……見えます。とても良く」


 ユウはかすれた声でそう言うと、補助装置の脇から手を離す。リサの死の代償である視界が、彼女の死をそのままに戻ってきたことにひどく胸が痛んだ。じわ、と再び視界が滲む。再度補助装置のボタンに手を伸ばしかけた時、頬を温かな雫が流れ落ちた。慌てて伸ばしかけていた手で左目を拭う。拭っても拭っても、壊れた蛇口のように次々と涙が溢れて止まらなかった。


「いや、ちょっと待って……違……」

「……ごめんね」

「え」


 じっと見つめるアサクラに弁解するように言葉を紡いだユウに、整備開発班副班長は優しい声で謝罪の言葉を口にする。アサクラの口から最も出てこなさそうな言葉に、一瞬何を言われたか理解できずにユウがアサクラを振り仰いで固まった。左目からはぽろぽろと涙が流れ続けている。


「涙を流す機能は未実装だから、それは同期できないや」

「……ぷっ、はは」


 その珍しく心底申し訳ないと思っていそうな表情に、ユウは軽く吹き出した。

 

「要りませんよ、そんなもの」


 鼻水をすすりながらユウは笑った。びしょびしょの袖口を所在なさげに弄び始めたユウに、アサクラがぽいと電源コードのついた小型の機械を投げて寄越す。


「それ、補助装置の充電ドックね。人工眼は補助装置から給電してるから寝る時に外して充電してねー」


 ユウの泣き笑いが一瞬で引きつった。


「……寝る時に? 普段は付けっぱなしってことですか? このサイバネファントムマスクみたいなやつを?」

「うん。そんな大容量のバッテリー組み込めないしねぇ。補助装置なしだと稼働時間はもって1時間かな」

「すごい悪目立ちしそうなんですが……」


 それはそれは渋い顔で言ったユウに、アサクラは首を傾げてみせる。


喋るRAM(シエロ)を毎日連れ歩いてるフォボスの英雄が、いまさら?」


 それを言われると痛い。ユウはそっぽを向いた。アサクラはくすくすと笑って「箔がついたねぇ。良かったね?」と言いながらユウの手に小さな瓶を握らせる。


「これは? ……っ」


 何、と言いかけた言葉を飲み込んで、ユウは再び表情を歪めた。


 リサの最期が焼き付いた眼球が、透明な液体の中で小さく揺れる。濁った眼球を封じ込めたその小さな瓶を、ユウは黙ってポケットに捩じ込んだ。

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