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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第一章 箱詰めのエースと隻眼の英雄
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第1話 オセアニア南部戦略拠点 第7発着場にて ②

 整然と物が整えられた艦長室を見回して、アサクラはふぅとため息をつく。


「相変わらずキッチリしてるねぇ、君の部屋は」

「お前の部屋が雑然としすぎているだけだと思うがな……」


 いそいそとお茶の仕度をしながら呆れ顔を向けるシキシマに「そーぉ?」と返して、アサクラは磨き上げられたオーク材の机にだらしなく上半身を預けた。

 シキシマは一瞬顔をしかめるが、長い付き合いで何を言っても無駄な事は分かっているので無視してキャビネットから小皿を二つ取り出す。備え付けの小さな冷蔵庫を開けると、しれっと透明なタッパーに入って涼しげな水饅頭が二つ、並んでいた。


「しかしお前、いつの間に耐爆スーツなんて作ったんだ」

「まあ、ちょっとねー」


 淹れたての蒸し茶と小皿を机に並べて、椅子を引きながら尋ねたシキシマに、アサクラは面倒くさそうに答える。


「コンラートは腕はいいけどヌケてんだからああいうの着せとかないとダメなの。耐爆実験だって一度本当に耐えれるか見るだけなんだからさ」


 竹の楊枝で水饅頭を一口の大きさに切り分けながら、シキシマはため息をついた。アサクラの言動は一見するとマッドサイエンティストのそれなので誤解されがちだが、彼の行動原理は“守ること”なのだ。ただ、天才的な頭脳を持っているがために、しばしばやることが極端なのである。解っているからこそ、肩を竦めてそれを拒否する。


「いやしかし、耐爆素材用の実験室に放り込むのはやりすぎだ。それは許可しないからな」

「一回耐えれるかを見るだけだよ?」

「耐えれなかったらどうするんだ……」

「なーに言ってんの。僕が作った素材だよ? 耐えれないわけないでしょーが」


 まあ仮にちょっとダメだったとしてもアイツなら死にゃしないでしょー、と笑いながら水饅頭を頬張るアサクラ。さっき心の中で下した評価を再判定すべきか真剣に悩みながら、シキシマが「いや、やっぱダメだろそれは……」と応じたその時だった。

 突如、通信機器からのコール音が響き渡り、シキシマは切り分けた水饅頭を口に運ぼうとしていた手を止める。


「ん? 司令部から連絡か?」


 そこに表示されていた通信元の表示を認めて、シキシマは眉を寄せた。外部通信用のヘッドセットに手を掛けて、チラリと自分の湯呑みに視線を送る。


「……お茶が冷めてしまわないだろうか……」

「いいからさっさと出なよ司令官!」


 思わず突っ込んだアサクラの声に押されるように、シキシマはヘッドセットを取り上げた。ものすごく面倒臭そうな顔でのろのろと片耳用のヘッドセットを装着するシキシマに、アサクラが呆れたように言う。


「ノブってホントに和菓子最優先だよね……。なんか残念だよね、人として」


 お前にだけは言われたくない、とでも言いたげな顔でアサクラを睨み付けてからシキシマは通信用モニタに目を戻した。モニタに表示される情報を追いながら形式的な相槌のみを返すその表情が、だんだんどんよりと曇っていく。


「はい……はい。了解しました」


 承諾の言葉を口にして、シキシマは片耳ヘッドセットの通話ボタンを切る。そして目を閉じてすぅ、と息を吸い込むとおもむろに耳からヘッドセットをむしりとり、がちゃーん!と音を立てて通信機器の定位置にたたきつけた。

 何か切ないものを見る目でアサクラが「こわれるよー」と呟くのを無視して、彼はガッと手近にあった艦内通達用のマイクを握り締める。


「ああああ! なんで私が和菓子を頂こうとしたこのタイミングで緊急出動っぽい要請がくるかな!?」

「どーしたって?」

「月面研究所付近にて敵性の侵攻を確認のため、至急排除に向かえ、だと」

「え、月? あそこって主力艦隊の守備範囲じゃないの?」


 のんびりと蒸し茶を啜りながらアサクラが尋ねると、シキシマは無言で薄型の携行用情報端末をテーブルの上に滑らせる。

 アサクラは小皿に残っていた水饅頭の残りをぱくりとやってから、オーク材の上を滑ってきた端末に目を落とした。もぐもぐと口を動かしながら、端末に表示された辞令を読み上げる。


「主力艦隊は年に一度の火星方面での大規模演習中。出撃準備の整っている部隊は貴艦隊のみにて、至急排除に向かわれたし」

「何で最低限の守備隊くらい残していかないんだ!? 上層部の連中の頭には脳みその代わりに白餡か何かが詰まってるんじゃないか?」

「いや、餡子が詰まってるのはノブの頭だと思うけどね。いやー、しかし火星演習かー。あれ、いつも終わった後オリンポス山のとこで大規模な宴会になるよね。……まあ、みんな行きたがるよねぇ」


 途中まで読んだところで興味を失ったアサクラは、端末をシキシマに向かって押しやる。マイクを持っていないほうの手でそれをつかみ取り、艦内通達のために再度辞令に目を通しながら、シキシマはぶつぶつと文句を言う。


「くそっ、私の水饅頭が……」

「はぁ? もー、ノブってばホントにめんどくさい奴だね。どうせ一口なんだから全隊通達前に食っちゃえばいいでしょーが。ホラ!」

「……んぐっ!? 」


 マイクと端末に両手を塞がれて文句を言うシキシマの口に、アサクラが半分に切り分けられた水饅頭を両方とも串刺しにして突っ込んだ。無理やり突っ込まれたため、一瞬喉に詰まりかけた水饅頭をシキシマは目を白黒させながら飲み込む。

 そして、飲み込んでしまってからはっと我に返り、涙目でアサクラに食って掛かった。


「馬鹿、何て勿体無いことをするんだ! とりあえず通達出してからゆっくり頂こうと思ってたのに!」

「あーはいはい、また作ってあげるから。いい年こいた士官が饅頭ひとつで涙目になってんじゃないよ」


 てか、通達出してから司令官がゆっくりお茶してたらダメでしょ……とアサクラが肩を竦めた時、艦長室に再びコール音が響き渡った。艦内からのコールを示すその音に、シキシマが「今度は何だ!」と叫んで通信機を手に取る。


『あ、艦長ですか? ユウですが……』


 司令部からの通達ではないので出力をハンズレスモードに切り替えたらしく、アサクラの耳にもユウの声が届いた。少し困惑したようなその口調に全てを把握してニヤニヤするアサクラには気づかず、気の立っているシキシマは通信機に向かって怒鳴る。


「何だ! 今取り込み中だ!」

『いや……その。艦内通達用のスイッチ、入ってます……けど……』

「……」


 内線用の通信機と、艦内通達用のマイクを握り締めたまま固まるシキシマ。軋む音が聞こえてきそうなぎこちない動作で通達用のマイクを持った手を見ると、握り締めた中指がきゅっと押した間だけ音声の届くボタンを握り締めていた。

 その様子を見て、ついに堪えきれなくなったようにアサクラが爆笑する。シキシマは無言でアサクラにお茶缶を投げつけると、(当然避けられた)咳払いをして艦内通達用のマイクを握り直した。

 

「……全艦に通達。聞こえていた通りだ。1時間半後には出るので各自準備をするように。―――以上」


 平坦な声でゆっくりと告げてから、彼はちらりと手元の端末に目を落とす。そして辞令の末尾に記されたもうひとつの指令を見ながら通信機のスイッチを切ると、黙って足早に艦長室を後にした。

 取り残されたアサクラは、僅かに湯呑みに残っていたお茶を飲み干すと、シキシマがつけっぱなしにして出て行った通信用モニタに歩み寄る。そして気のなさそうな表情で通達を眺めていたが、通達の最後――シキシマが眺めながら退室していった文章に目を通すと、興味深そうにその指令の情報を繰り始めた。


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