第2話 ラム・パーティ ②
ユウは空席を探して彷徨っていた。ずっしりと重いトレイに、あちこちから突き刺さる視線が痛い。今日みたいな日に限って、ユリアもユリウスも同伴していないのだった。
せめてこの不安定なライスだけでも持ってくれないかとシエロに打診したが、無視された。さっき知らんぷりをした仕返しなのか、鋼鉄のボディに宿る相棒はそっけない。
「よーう、英雄!」
「うわ!?」
突然背後から伸びてきた腕が首と肩に絡みつき、ユウは重いトレイを抱えてつんのめった。滑り落ちたライスの皿を、シエロのマニュピレータが器用にキャッチする。一応気には掛けてくれていたらしい。
「ちょっとライナス、困ってますよぉ」
ニコニコと嬉しそうな顔でこちらを見てくる筋肉だるまに困惑していると、パタパタとこちらに駆けてきた華奢な少年が眉を下げてそう言った。少年の呼ぶ名に、回線に時折響いていた怒声と先程掛けられた声がリンクする。
「ライナス……イージスの?」
抱え込まれた腕の下から見上げるような形でそう問えば、ライナスは笑顔をにっと深くして「おう!」と答えた。
「席みつかんねーのか? 俺ら丁度3人でさ。よければ英雄サマにご同席を願えれば、なーんて」
「ユウでいいですよ。席なくて困ってたので、喜んで」
「っしゃ! 1名様、ごあんなーい。退いた退いた、英雄サマのお通りだぞ!」
マイクも無いのに朗々と響くその声に、さぁっと人波が捌ける。突き刺さる視線が3倍になって、ユウは首を竦めて縮こまった。そのまま引きずられるように進んでいたが、唐突にライナスが「あだ!」と叫んで立ち止まった。
「お前は距離の詰め方が雑すぎるんだ」
振り下ろした手刀をそのままに、怜悧な瞳が筋肉バカを見下ろしてそう言った。
「ルイス〜。なにも叩かなくてもいいだろ〜」
「言って止まる相手になら俺だってそうするがな」
「ユウ君、こっちこっち」
目つきの鋭い痩躯の男に叱られているライナスをよそに、少年がちょいちょいと手招きする。ジャケットの置かれた4人席にトレイを降ろして、ユウはようやく一息ついた。
「いやぁ、ごめんね強引で。あっ、僕はケイ。アンカー乗りだよ。よろしくね」
ケイと名乗った華奢な少年は、そう言って人懐こい笑みを浮かべる。ユウは挨拶を返そうとして言葉に詰まった。敬語を使うべきか否かで悩み込む。
知らない顔だが、見た目は随分若そうだ。オセアニア支部にいた同期の顔は皆覚えている。他支部の同期か、後輩か。はたまた先輩なのか。コンラートの事があったので、ユウは妙に慎重になっていた。
「よろし——」
「お前すげぇ量食うな!細っこいのに!」
返事を返しかけた時、ライナスの声がその語尾をかき消しながら被さってきた。
「いや、これはナタリアさんが……」
会話が中断されたことに内心ほっとしながら、正直食べ切れなさそうなのだという事を伝える。「なるほどなあ」と頷いて、ライナスはケイのシャツの首筋を引っ掴んだ。
「じゃー、みんなで食おーぜ! ビールでも貰ってくらぁ」
「ちょっとなんで僕まで!」
「お前いつも途中で野菜欲しいって言うだろー。ついでにサラダでも貰いにいこーぜ」
「いやちょっと苦しっ、わかったわかった分かりましたぁ! 行くから離して!」
ぎゃいぎゃいと騒ぎながらカウンターへ向かった二人を呆然と眺めていると、椅子を引く音がした。振り返れば、一人残った男が引いた椅子に向かって顎をしゃくる。
「まあ座れ」
「……ありがとうございます」
落ち着かなそうな面持ちで椅子に腰を降ろしたユウに、男は無表情で「すまんな」と告げた。ユウはふるふると首を横に振り、その怜悧な顔を眺めて躊躇いがちに口を開く。
「ええと……」
「ルイスだ」
「ルイスさんは、行かなくても?」
ルイスは表情を動かさないまま、顎を撫でた。ちらりと目だけをカウンターの方向に向け、小さく肩を竦める。
「いいんだ。どうせ死ぬほど来るぞ」
「……?」
* * *
「ナタリアちゃーん、ビール2杯くれビール!」
ご機嫌な様子の(この男は大抵ご機嫌なのだが)ライナスからの注文に、艦隊の胃袋を預かるナタリアは眉を潜めた。
「アンタ酒だけ飲む気かい? ちゃんと腹になんか入れなよ」
「へへ、ユウのラムラックのご相伴に預かろうかなってさ」
そう言ってニコニコと骨付き肉をかじるようなジェスチャーをしてみせたライナスに、ナタリアはため息を吐く。
「なんだい、立役者から肉を取ろうってか? ユウに食わせてやんなよ。ライナス、アンタ体でかいんだからどうせたんまり食うんだろ」
ちょっと待ってな、と言って厨房の奥に引っ込んだナタリアを、ライナスはキョトンとした表情で見送った。ケイが何かを察して、そろりとその背に隠れる。ほどなくして戻ってきたナタリアの右手には黄金色の液体が並々と注がれたジョッキが2つ握られていた。左手の皿が重々しくトレイに置かれる。Tボーンステーキであった。
「お、旨そ~」
ふわりと鼻をくすぐる脂と香辛料の香りに、ライナスは破顔した。食べきれないから一緒に食べよう、という前提でここに来たことをもう忘れている。
ずしりと重いトレイを軽く持ち上げると、「野菜も食べな」ともう1枚トレイを渡される。そこに乗せられた、大きなパエリア鍋を思わせるサラダボウルのサイズを見て、流石のライナスも顔を引きつらせた。押しの強さに実家のかーちゃんの顔が頭をよぎる。
「ケイ」
「ハイッ」
そろり、とライナスの陰に隠れたまま退散しようとしたケイを、ナタリアは目ざとく見つけた。返事だけは元気よく返したケイは、そーっと足を後ろに引きながら、両手を顔の前に立ててゆっくり首を横に振る。
「いやナタリアさん……、あの、僕はその、ノンアルでいいので、飲み物だけで」
「そんなだからアンタは筋肉足りてないんだよ、ケイ! ほらトレイ!」
「わー、ごめんなさい!」
台所の女神は、艦隊の母でもあった。食えと迫られれば、隊員たちは逆らえないのであった。ナタリアとていつも大盛りにするわけではない。だが寄港時の仕入れの後、パーティの文字が掲げられた日は、たくさん食べさせてやりたいとやたら盛ってくる傾向にあるのだった。
重そうなトレイを手に戻ってきた相棒たちを見て、ルイスは片眉を上げてユウに一言、「な?」と言うともう一度肩を竦める。
トレイが置かれ、4人掛けのテーブルに載った肉の量は3倍になった。
「イヤ、ナンデダヨ」
ずっと黙っていたシエロが無機質な声で、ツッコんだ。




