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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第一章 箱詰めのエースと隻眼の英雄
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第15話 そして英雄は戦場に舞い戻る ①

『ぐ……グングニル大破! 通信途絶しました!』


 悲鳴に近い管制スタッフの声に、ユウの意識は現実に引き戻された。

 再び閃光が走る。それは三分の一を失ったグングニルには当たらず、深淵の奥へ溶けた。

 三度(みたび)閃光。紫電の光が旗艦フェニックスを掠めた。艦載アンテナの1本がはじけ飛ぶ。管制経由の音声が途絶えた。

 

「何だあれ! おい、何だよ何なんだよ!」


 コンラートのわめき声が耳に刺さる。それが未知の相手への恐怖であることに、妬みと羨みが胸の底を引っ搔いた。

 内から行われた3回の艦砲射撃により、巣には巨大な穴が開いていた。血と肉と血管と脂肪の色に彩られたその穴から、3つの艦載砲がこちらを見ている。


「トリ……アイナ……っ!」


 ギリギリと何かが軋む不快な音がする。自分の奥歯がその音を立てていることに、ユウは気付いていない。


 小型駆逐艦トリアイナ。1年ほど前まで使われていた型落ちの艦だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。前面砲は大口径1門に集約された最新型のグングニルとは異なり、中口径の圧縮陽電子砲3門を備えている。

 三叉の鉾の名を冠したその特徴的な3門の砲口に向かって、ユウは吼えた。


「おかしいだろ! お前は倒したはずだ! 1年前に!」


 倒したはずだ、確かに。それが母体だと? ふざけている。あの絶望はもう終わったはずだった。

 感情に任せて振り抜いた拳がシエロの箱に当たり、LEDが激しく明滅する。


「落ち着いて、ユウさン。トリアイナ・キャプチャー、私のデータにもありマス。珍しいものじゃナイ!」

「馬鹿言え! そうポンポン駆逐艦が喰われてたまるか!」


 冷静に諭そうとしたシエロにユウが怒鳴り返すと、そこにナギが割って入った。


「いーや。そうでもないよ、ユウ」


 いつもは余裕8割といったナギの声には、珍しく焦りと困惑の色が滲んでいる。

 

友軍識別信号(IFF)を拾った。――あれ、第11調査大隊のフネだ」

「はぁ!?」

「管制! 管制聞こえてる!?」


 ジジ、とノイズが走る。途切れ途切れにシキシマの声がそこに乗った。


『――だと!? おいナギ、聞こえ――か』

「あーダメかこりゃ。アンテナぽっきんしてたもんね」


 携帯端末の通信状態が悪かったかのような軽さでナギがぼやいた。一切悲観的な色がないその声に引っ張られて、ユウも冷静さを取り戻す。悪夢の再来であることに間違いはなかったが、あれは()()()()()()()()()()


「シエロ、トリアイナ・キャプチャーとの戦闘経験があるのか」

「いやァ、そこはちょっと曖昧でしてェー」

「んん……」


 気を取り直してシエロに尋ねれば、ふわっとした回答が返ってきた。ユウは眉間に皴を刻んでシエロを見る。鹵獲されたトリアイナとの戦闘記録を、フォボスの悪夢以外にユウは知らない。再び頭を占めようとした“お前は誰だ”の問いを、ユウは頭を振って追い出した。流石に今はそれを考えている場合ではなかった。


 再び通信にノイズが走ったかと思うと、突然音声がクリアになった。


『こちら管制室、シキシマだ! アンテナを切り替えた。ナギ、通信聞こえるか!?』

「おっけおっけー、良好良好。で、どこまで把握してんの?」

友軍識別信号(IFF)の話は聞こえた。第11調査大隊だな?』

「そうそう。ちゃんと拾えて偉いぞカンチョー」

『えらいぞー、カンチョー』


 アサクラの混ぜっ返しまで聞こえてきて、ユウは少し頬を緩める。ギリギリと軋む不快な音は、いつの間にか止んでいた。


『第11調査大隊だが、報告書込みの最終通信記録は4ヶ月前だ。3ヶ月前に木星近辺で友軍識別信号(IFF)が確認されて以降消息不明になっていたらしい』

『3か月前の時点で友軍識別信号(IFF)は偽装だったって僕は思ってるけどねぇ。監視塔の生存信号ハートビート偽装といい、新しいタイプが出てきたなー』

 

 名前考えなきゃぁ、とウキウキしているアサクラの頭をシキシマがひっぱたいたらしい。「あいたぁ!」とわざとらしい悲鳴が聞こえる。


『これよりフェニッ(旗艦)クスとフィディピデ(輸送艦)ィスはトリアイナの艦砲射程圏外に退避する。フォボスの悪夢を繰り返すわけにはいかん。申し訳ないが火力支援はナシだ』


 ユウは唇を噛んだ。火力支援なしの母体討伐戦。否応なしにトラウマが蘇る。そのトラウマに、シキシマは特級の爆弾を投げ込んだ。


『相手はトリアイナだ。ユウ、対トリアイナ戦での功績のあるお前に、現場指揮を任せる。頼んだぞ、“フォボスの英雄”』

「――っ!」


 息が詰まる。返事ができなかった。フォボスの悪夢でトリアイナを下し、母体も倒したのは確かだ。だがそれは自分の功績ではない。功績であってはいけないと思い続けてきた。

 操縦桿を握りしめ、動かなくなってしまったユウの前で、シエロのLEDがゆっくりと瞬く。


「大丈夫デスよ、ユウさン」


 合成音声が、柔らかな感情を伴って発せられた。


「シエロ」

「私がついてマス。大丈夫」


 ユウは硬く目を閉じた。包み込むような優しいそれは、呪いの言葉だった。あの日リサに言った台詞が、実現出来なかった言葉が、心臓に絡みついて彼の後悔を強く強く締め上げる。


(——最後のお願い)


 リサの声が、頭の奥でこだました。あの時にこそ、「大丈夫」と言ってあげればよかった。 

 目の奥で星がちらつき始めた時、ユウは目を開ける。手遅れに過ぎるが、もう一度、あの願いに報いる時だと思った。


「……わかりました。HSU-01、現場指揮に入ります! 皆さん、力を貸してください!」


 その名を知る者は多いが、誰かは知らない。それが“フォボスの英雄”だった。その英雄が指揮を執るという事実に、回線が沸き立つ。ともすれば簡単に折れてしまうかもしれなかった決意には、仲間たちの力強い声が応えた。


 もう後には引けなかった。ユウは瞑目し、自分に言い聞かせる。あの時とは違う。背中を預け合える仲間がいて、自分はもう新兵ではない。

「なあユウ。俺、お前の事、さん付けで呼んだほうがいい?」とコンラートが近距離通信でこっそり聞いてくるのだけが、ひどく可笑しかった。


 * * * 


「5分で作戦を練る。シエロ、お前のデータも貸してくれ」

「モチロン」


 ナギからデータリンクされた母体の情報を見る。鹵獲されたのは小型駆逐艦トリアイナ。第二世代で、フォボスの悪夢で甚大な被害を出したそれと同じものだ。ユウは戦略データベースからトリアイナの情報を引っ張り出すと、艦載砲の位置を基準に母体のデータに重ね合わせた。


「弱点は水素反応炉だ。ここに1基……もう一つはここ」


 航空燃料と液体酸素を反応させて推進するアヴィオンと異なり、軍艦の心臓部は核融合によりエネルギーを取り出す水素反応炉だった。膨大なエネルギーを産み出す水素反応炉を搭載することで、艦載砲は弾切れ知らずだ。

 戦艦を乗っ取った鹵獲機キャプチャーにとって、その水素反応炉が弱点なことは明白だ。だが1年前の戦いでは駆逐艦が乗っ取られるという前代未聞の衝撃に当てられ、その答えに辿り着くまでに多くの犠牲を出した。指揮官クラスでもなければ、各戦闘レポートに目を通すものは多くない。ユウの記憶と経験が、今は作戦の要だった。

 シエロと共に、トリアイナの防衛機構の位置などをひとつひとつ確認しながら侵攻手順を詰める。打てば響くように返ってくるシエロとのその作業に、時折自分自身と対話しているような錯覚に陥った。


「艦砲は撃ってくるかな」

「立ち位置次第デスかね。データが正しければ、巣を大きく壊しテまでアヴィオン相手にハ撃たないはずデス」

「うん。巣の中にいるこの状況、鹵獲機キャプチャー相手ならアドバンテージになるかもしれないな」


 巣に癒着した母体から肉を削ぐ作業は熾烈を極める。巣から無制限に材料を吸い上げることが可能な母体の回復速度は、監視塔喰らいの比ではない。フォボスの悪夢ではそれで地獄を見た。

 だがダイモスの母体は、その身の内に水素反応炉という爆弾を2つも抱えている。体内を自由に逃げ回る核とは違い、水素反応炉は位置情報も明確だ。その水素反応炉を破壊することで艦砲は撃てなくなるし、破壊時の熱放射により母体そのものに大きなダメージを与えることもできる。

 さらにフォボスの悪夢では大型に喰われたことで自由に動き回り艦砲射撃を撒き散らしていたが、母体は巣と癒着していて動けない。その巣もダイモスの地表面に作られているから、艦砲の死角から回り込むことができるはずだった。


 管制指令室の立体投影地図とリンクしているダイモス周辺宙域のデータとにらめっこし始めたユウに、シエロが声を掛ける。


「ルート、私ガ作りましょうカ」

「できるか?」

「モチロン。データリンクを失礼」


 データリンクを知らせる音が一つ鳴る。ヘルメット内のAR表示領域に白い手首が現れた。シエロが手に入れたばかりの、VRギア訓練の成果だ。なめらかな白い指がダイモスをゆっくりと撫で上げ、侵攻ルートを刻んでいくのを横目に見ながらユウは声を張り上げた。

 

「イドゥンは全機、満載で随伴を! 地表面ギリギリから回り込んで母体の後方を目指します!」

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