第6話 次元孔絶行戦 - Phase 2:迎撃 ②
管制指令室の中央に浮かんだ立体投影図には旗艦と駆逐艦が並んで佇み、その周りでは白と赤に塗り分けられた戦闘機と肉塊が、激しい乱戦を繰り広げている。
戦闘班長レナードの率いるエコー隊を駆逐艦舷側の迎撃に向かわせたシキシマは、アヴィオンの舞う立体投影図から視線を外して前方の戦略モニタを見上げた。レーダー情報がオーバーレイされた戦略モニタには、途切れることなく次々と敵性マーカーが飛び込んでくる。
『艦長』
眉間にぎゅっと皺を寄せたシキシマの耳元で、控えめな声が囁いた。レンズのズーム音がその後に続く。
『機関部より、第二水素反応炉の出力を最大まで引き上げたい旨の報告が』
シキシマはちらりと自分の右肩に視線を向けた。そこには小型の多足機械が、貼り付くようにしてしがみついている。パーツが剥き出しのそれは、整備班がツェツィーリヤの人格コピーのために急ごしらえで作った仮ボディだった。オリジナルのツェツィーリヤがパイロットに転属した今、司令官補佐はこの小さな機械に積まれた電脳上のコピーが担っている。
耳のすぐそばで囁かれるツェツィーリヤの声に最初はやや閉口したが、それもいい加減に慣れてきた。シキシマは軽く頷いて答える。
『引き上げを許可する。オーバーヒートには十分に気をつけるように伝えてくれ』
『はい、艦長』
『艦のエネルギー状況レポートいる? いるよね出しといた〜』
アサクラ・インタフェースが一方的に告げて、簡易拡張視界に簡易レポートが浮かび上がった。シキシマは拡張視界用の眼鏡のつるを押し上げて顔をしかめる。どうにも唐突に視野を侵してくるこの拡張視界というシロモノは苦手だった。
「ありがとう、インタフェース。……ところで、キリヤの様子は」
『あはは、眉間すんごい皺〜。バングルにも送っといたからニガテならそっちで見なよね。さっきも言ったでしょ、オリジナルならブチ切れたマリーさんに眠剤ぶちこまれたからあと二時間は起きないよ』
「……クソッ、タイミングの悪い……」
シキシマは拡張視界用の眼鏡を外して乱暴に目をこすると、それを乱暴にポケットに突っ込んだ。万が一の場合、艦の区画閉鎖や脱出も視野に入れなければいけない。太陽系の果てを越えてこんなところまで共に来た、頼りになる幼馴染が動けない状況は、どうにも胸の奥をざわつかせた。
(――よせ、考えるな)
眉間に刻んだ皺を一層深くして、シキシマは頭を振る。瞳に焼き付けるように、パイロットの顔写真が並ぶモニターを見やった。今アサクラの事に気を取られるのは、まさに今その身を賭して戦っている彼らへの冒涜に他ならない。
『うーん多いねぇ……さすがにちょっと進行速度落としたほうがいい気がするなぁ』
そんなシキシマの気持ちを知ってか知らずか、相変わらずのんびりした調子でアサクラ・インタフェースが言う。シキシマは戦略モニタを見上げて顎を撫でた。思考の片隅に蹲っている幼馴染を、戦略モニタの情報で押し流す。
「……いや、このまま行く。我々が向かっているのはアザトゥス母星なのだろう。であれば、状況はこれから悪くなる一方だ。足を止めれば止めただけ悪化するのは想像に難くない」
『まあ、それもそうだね。ここで潰れるか先で潰れるかの差でしかないか。うん、それが司令官の判断ならいいんじゃないかな』
そう言って肩を竦めるような動きをマニュピレーターで再現したインタフェースのRAMに向かって、シキシマの肩の上の多足機械がかすかに身動ぎした。
『インタフェースさん。そういう物言いはよろしくありませんわ。艦長、補佐である我々は貴方の選択を尊重します』
『カタいなー、コピーリヤちゃん。まあ僕はブレイン……いやーアドバイザーくらいの立ち位置だからさぁ。大目に見て――』
「艦長! 旗艦正面に700m級の大型が出現!」
のらりくらりと躱そうとするアサクラ・インタフェースの声を切迫したオペレーターの声が上書きした。シキシマがハッとした様子でRAMに向けていた視線を戦略モニタに戻す。
レーダーに現れた巨大な影に、複数の赤い点が穿たれていく。
「核複合体か……! 主砲、最大出力で迎え撃て! 各員、分裂に注意せよ!」
『は、速――……!!』
真っ直ぐに伸びる次元孔を一部塞ぐほどの大きさの巨躯が、他の個体の数倍の速度で艦隊に迫る。旗艦と駆逐艦の主砲が数度その巨躯を貫くが、その進行を止めるには至らなかった。両サイドを削ぎ落とされる形で質量を減らしながらも、それは速度を緩めることなく主砲と主砲の間――二艦の間へと突撃してくる。
「クソッ! 右舷側から中央へ行ける者はいないか!?」
『無理です! どの隊も交戦中で――』
「舷側砲台、最大火力を維持せよ!」
『やってますよぉ!! もうこれ以上火力なんて――クソッ!! 来るな!! 来るなぁあああああ!!』
管制指令室を衝撃が揺さぶる。照明が明滅し、オペレーターたちが悲鳴を上げた。
シキシマはたたらを踏んで立体投影図の中に踏み込んだ。絶望のまなざしが腹のあたりを見つめる。並んで浮かんだ旗艦の左舷と駆逐艦の右舷には、うぞうぞと蠕く巨大な肉の塊が張り付いていた。
それを振り払うようにしてシキシマが立体投影図から飛び退いた瞬間、管制指令室に、いや艦内すべてに鋭い警告音が満ちる。耳に詰め込んだインカムに、整備班からの悲鳴じみた報告が入った。
『左翼各格納庫にて多数の侵食を確認! 整備班総員で除染にあたります!』
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