第6話 次元孔絶行戦 - Phase 2:迎撃 ①
『おっ、これは』
終始眠そうにふにゃふにゃしていたナギの声が、唐突に彩を帯びた。仮想体では感じ得ないはずの悪寒がユウの身体を駆け上る。戦闘狂が元気を取り戻したという事は、すなわち状況が動いたという事に他ならない。
『第一戦闘班、全隊出撃せよ!』
間髪いれずに発せられた出撃命令に、ヒュウ、とナギが口笛を吹く。
『了解! B-01、緊急発進!』
ユウは仮想の操縦桿を握り直した。シートに収まる身体にフィードバックはないが、この操縦桿を握る手とペダルを踏む足にだけは触れているフィードバックがある。息を吸い込む代わりに兵装の発射ボタンを軽く撫でて、電子変換された声を張り上げる。
「B-02、緊急発進!」
『『|B-03/04《ブラボー・スリー/フォー》、緊急発進!』』
踏み込むペダルに合わせて、メインスラスターが吼えた。推進力を感じない身体を乗せた機体が、極彩色の空間に飛び出す。何度見ても見慣れない異常な色彩と、どこにも足のつかない感覚が相まって、悪夢を見ているような気分だった。
『僚機確認。ブラボー揃ったな、行っくぞーぅ』
滑るような機動でユウのガーゴイルの斜め前に降りてきたヤタガラスの、アフターバーナーが輝きを増す。だがそれが推力を得る前に、シキシマの声が鋭く回線を駆け巡った。
『全隊、出来る限り艦から離れるな! 特にブラボー、無闇に前に出ないように! 基本は艦砲の撃ち漏らしの対処だぞ!』
『……チッ』
わざとらしい舌打ちと共に、ヤタガラスのアフターバーナーがふっと輝きを失った。コンラートがケタケタと笑う。
『バレてんなぁ、ナギちゃんよぉ』
『何がぁ? お約束ってやつだよお約束ぅー』
「でも実際、あんまり離れないほうがいいと思う。ブリーフィングでも言ってたでしょ、向こうから出る時は時間アンカーが切れてる状態だからいつに出るか分かんないって。これだけ来てるってことは、もう出口も近いのかもしれない。敵の本拠地に単機で放り出されるのは流石のナギでも困るだろ」
眼下に伸びるフェニックスの主砲から閃光が迸って、操縦桿を握りこんだ手を明るく照らす。かすかな吐息の音が、回線からの音声をあますところなく拾い上げる脳に届いた。
『……ナギさん?』
ミラが怪訝そうにその名を呼ぶ。ひゅっと吐息の止まる音がして、ナギが曖昧に唸った。
『あぁ、うん。それは困るなー。……よし、行くぞぅ! ついてきて』
一瞬感じた曖昧な空気はすぐに掻き消え、いつもの調子を取り戻したナギが軽快に指示を飛ばして機首を巡らせる。元気よく点火したヤタガラスのメインスラスタに、ユウは目を思わず剥いた。
「ちょっとナギ! 今行くなって言われたトコだよね!?」
『カーンチョ。舷側の防御もーちょい厚めにしときなー。ボクらが駆逐艦のコアスキャンの死角をカバーしに行くから、旗艦はみんなでナントカしてね〜』
星の卵で二基とも木っ端微塵になったコアスキャンレーダーは、整備班の尽力によりなんとか再度一基を作り上げたもののそれ以上は叶わなかった。二基で広範囲走査を展開していたフロストアークや星の卵での戦闘時よりも、そのカバー範囲は大幅に狭くなっている。
フロストアーク戦のような大規模戦ではないため、範囲の縮小自体は問題ない。問題は、2基のレーダーが解消していた死角だ。干渉波によって物質を回り込んで確認できていた視界は失われ、コアスキャンの恩恵に与れないエリアがどうしても出てくる。
『おいナギ、勝手に――』
『おっけおっけ〜、いいよぉナギ』
シキシマが荒げかけた声を、アサクラの場違いにのんびりした声が遮った。
『ちょーど僕らからも同じ提案をしようと思ってたトコだよ、ノブ。いやぁ、劣化品とはいえあのオリジナルを並列に繋いだ僕らの演算結果と同じ結論に速攻で至るんだから、野生の勘ってのは怖いねぇ』
レーダーマップの上に半透明の光点が現れて各隊の行き先を示す。
『コアスキャンは旗艦に寄せる。旗艦と駆逐艦は最小間隔を維持。この配置だとどうしても駆逐艦側にコアスキャンの穴が出来るから、そこに精鋭をあてる』
『待て、インタフェース。これでは駆逐艦側の配置部隊が少なすぎるだろう』
『いいんだよ、これで。やつら人間に惹かれるからねぇ。旗艦のほうがたくさん人が乗ってるんだ、たぶん狙いは旗艦側に集中する。だからこっちは数で押すんだ』
『なぁにボクがいるんだ、抜かせやしないよ。ドロブネに乗った気で任せなってカンチョー!』
「ナギ……泥舟は沈むやつね……」
怒涛の展開にようやくのツッコミどころを見つけて、ユウは力のない声でツッコミを入れた。大船とまではいかないまでも、泥舟よりはマシな働きをしたい。声の代わりに操縦桿を握る指にかすかに力を込めて、前を行くナギのヤタガラスの後を追った。
『旗艦右舷にて、接敵!』
『おっ、始まったぞ』
旗艦側では、艦砲掃射を抜けてきた個体との交戦が始まったようだ。楽しげに言うナギには答えず、ユウはレーダーを睨みつける。
狭い次元孔の中をまっすぐに旗艦めがけて進んでくる敵のほとんどは、艦砲によって消し飛ばされている。だが、絶え間なくレーダーの範囲に飛び込んでくるアザトゥスの数は、一向に減る気配がなかった。
『やあカンチョー2! 応援に来たぜ〜』
『ええいナンバリングするな、"白い悪魔"め。さてはお前、俺の名前覚えてないな……』
『ジョーダンジョーダン、ゴメンねエッジレイ少佐。少佐のレポート、読みやすいからボク好きだぜ』
『そりゃどうも。まあ精鋭を回して貰えて有り難いね。舷側砲で最大限支援する、好きに暴れたまえ』
『そうさせてもらう、ぜっ!』
ヤタガラスが素早く機首を翻した。艦砲の閃光がその銀の機体に反射して、きらりと輝く。主砲の射線を抜けてきた中型一体を、舷側砲の一斉掃射が襲った。引き裂かれた肉の合間にわずかに露出した核を、ヤタガラスの陽電子砲があやまたず撃ち抜く。
『撃墜!』
楽しげなナギの声は、シミュレータでお遊び半分の撃墜レースをしている時と変わらない。いや、むしろシミュレータをしている時よりもよっぽどイキイキとしている。
『なあなあ。俺ら精鋭だってよミラ』
『はい。ナギさんとユウさんはそうでしょうね。コンラートさん、嘔気はいかがですか。気持ち悪くないですか』
『子供かな俺は!? もう問題ねぇよ、そら撃つぞ!』
アルテミスの腹からミサイルが曳光を引いて飛び出し、脈打つ肉の表面で爆ぜた。大きく露出した核をミラの駆るセクメトの陽電子砲が貫く。
『……無駄撃ちでは? 今の個体は舷側砲の支援のみでも十分に核の露出まで至れたかと。ミサイルは陽電子砲と違って撃つだけ弾が減るんですからちゃんと温存してください』
『ユウ〜〜! うちのこなんでこんなに俺にキビシイの!? 助けて!!』
コンラートが悲鳴じみた声でユウに助けを求める。チャージ済みの陽電子砲でその背後に迫る一匹を消し飛ばしてから、ユウは仮想体の肩を軽くすくめた。
「安全マージンは大事だよ、ミラ。舷側砲でもなんとかなったとは俺も思うけど、それじゃギリギリだ。ワンミスで死んだら元も子もない」
『そうですね……すみません』
『すげぇ素直じゃん……うんえらいぞ……』
『あっはっは! いーじゃんいーじゃん、今のうちに口喧嘩しときな、もーちょいでそんな事言ってらんなくなるぜ!』
補給を終えたらしいナギが、そう言い捨ててまた最前線に飛び込んでいく。電力残量を確認してから、ユウもその後を追った。ヤタガラスの砲口が薄青い輝きを放つ。ほぼ無傷の大型個体に躊躇いなくそれを解き放つと、核を半分ほど消し飛ばされたそれの口ががぱりと開いて中から大量の小型があふれ出した。
ヤタガラスは素早く反転し、小型を引き連れて離脱を試みる。その尾翼のあたりに、ユウはぴたりとねらいをつけた。高い音を立てて増えていくゲージが発射可能域に触れた瞬間に、二発目の陽電子砲を解き放つ。紫電の閃光は銀の機体のぎりぎりをかすめ、後を追う小型のおおよそ半分とともにその奥の大型の核を跡形もなく消し飛ばした。ヒュウ、とナギが口笛を吹く。
『さっすがぁ! いやーギリギリ攻めるねぇ』
「あそこまで寄って大型の核を一撃で当てるナギのがギリギリ攻めてるだろ……。補給行ってくるよ」
目の奥に微かな痛みを覚えるような錯覚に陥って、ユウは仮想体の頭を振った。レーダーの検出音は鳴り続けている。ナギの言う通り、余裕は徐々に失われつつあった。ナギは確かに強いが、この駆逐艦舷側を一小隊で守るのは流石にちょっと自信がない。
勝率の計算を始めようとする拡張脳のタスクを強制停止したユウの視線が、レーダーマップの上を移動してくる友軍機のマークを捉えた。回線に戦闘班長の頼もしい声が流れ込む。
『おいこらナギてめぇ、自殺願望も大概にしやがれよ。仕方ねぇから応援に来てやったぞ!』




