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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
最終章 黎明のアヴィオン
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第4話 次元孔侵入 ②

 ラウンジの窓の向こうでは、青と紫の絵の具を溶いて広げたような孔が変わらず曖昧に拡縮し続けている。


「なあ、ユウ。この先に行ったら、この旅はちゃんと終わるんだよな」


 隣で同じく孔を見上げているフォルテが、前を向いたままそう尋ねた。ラウンジにいるのは二人だけで、フォルテが言葉を切ると鈍い艦の駆動音だけが辺りを満たした。

 ユウは同じくらいの身長になったフォルテの横顔をちらりと見る。青年になってしまったフォルテの義体の顔は、デフォルトモーションから動いていないかのように無表情だ。ユウは少し眉を下げてから、自分の爪先を見て、それから再び次元孔に目を向けた。


「……わからない。でも、終わらせなきゃ、とは……思ってるよ」


 これは誰かが終わらせてくれるのではない。終わらせに行かなければいけないのだ。シエロの――()()()第13調査大隊はそれを成すことができなかった。ただひとり生き残って情報を持ち帰ったシエロと統合されたことで、今の自分の肩には二回分の血の重みが乗っているような気がしている。


『次元孔突入まで残り五分。繰り返す、全隊員は耐圧服を着用の上、近傍の生命維持区へのアクセスを必ず確認すること。現在全隊員のステータスチェック中……』


 緊張を含んだ声色の艦内放送ががらんとしたラウンジに響く。じっと次元孔を見上げていたフォルテが、ユウの方を振り向いて薄く笑った。


「なあ。生身じゃねーのって、気楽だろ」

「そうかも」


 苦笑いして肩を竦める。次元孔侵入というイベントにあたってこのラウンジに誰も居ないのは、ほぼ全員が格納庫か中枢区画付近で待機しているからだ。アヴィオンでの次元孔侵入は機体や人員に影響がないことが確認されているが、大型艦で侵入した場合もそうであるとは言い切れない。生身の全隊員には艦外活動(EVA)にも耐えうる耐圧服もしくはパイロットスーツの着用が指示され、万が一気密が破れた際にもリカバリできるような体制が整えられている。

 ちなみにパイロットたちには、即出撃できるように搭乗機内での待機が言い渡されていた。ユウの今の機体は義体ごと乗る必要は特にないので、切り替えれば即座に出撃できる。そんなわけでユウはこのラウンジから宇宙(そら)を見上げているのだった。QPたちも何人か復元(レストア)して義体に入っているはずだが、彼女たちの姿は見当たらない。


「フォルテは格納庫にいなくていいの?」

「いーの。俺も今は遠隔だからさ」


 フォルテは気だるげにそう言うと、手近なソファに身を沈めた。

 

『ステータスチェック、オールグリーン。突入カウントダウン開始。残り180秒……』

 

 メインスラスター点火前の微妙な駆動音の変化を、義体の聴覚センサが敏感に拾い上げる。ラウンジのソファに沈んだままぼうっと宙を見上げているフォルテを一瞥してから、ユウはラウンジの窓に歩み寄った。

 次元孔に手を伸ばすようにして、透明な窓にぺたりと手をつける。数時間前まで艦内を走り回っていた熱はすっかり落ち着いて、冷めきった循環水の巡る掌に、それでもつややかな窓の面はひやりと冷たい。真空と船内を隔てるこの窓は、艦内の気温と同じに保たれているはずだが、どこか宇宙の寒々しさをじっとりと伝えてくるかのようだった。冷たさは手から腕を這い上がり、内臓の代わりにバッテリーや駆動系の詰まった胸へと沁み入る。


『残り120秒。メインスラスター点火』


 生身なら感じられなかったかもしれない、細かな振動が窓から手に伝わる。進む決意を固めた者のみを乗せた艦が、ゆっくりと前進を始めた。


『残り60秒。全員、突入に備えよ』


 拡縮を続ける孔が近づく。焦げ茶色の瞳を青と紫の光が染め上げた。異次元の光がラウンジを満たし、縮小していることがわからなくなった孔が奇妙に(うごめ)く。


『5、4、3、2、1……』


 衝撃も、奇妙な感覚もなく。ただ異常な光に満たされて、第13調査大隊の旗艦(フェニックス)駆逐艦(フェイルノーㇳ)は、今の人の世に別れを告げた。

次回の更新は9/26です。

それではまた、次回。

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