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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
最終章 黎明のアヴィオン
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第2話 片道切符の旅 ①

 拡張視界(オーグメント)は表と数式、それから恐ろしい勢いでログを流し続ける複数のコンソールで埋め尽くされている。

 ずきずきと痛む頭を宥めるように、アサクラは目盛付きのガラス容器に注がれたコーヒーを一口飲み込んだ。ナノドーパミンの作用で強制的に覚醒状態を維持している脳神経細胞に、今更カフェインごときを追加したところでどうと言った効果もないはずだが、飲み慣れたその味と香りは精神の安定にはいくらか寄与してくれている。

 デスクにひしめく大量のRF(追跡)タグを掻き分けて飲みかけのコーヒーを置くと、アサクラはキーボードに手を伸ばした。思考を蝕む量の情報を吐き出し続けているコンソールウィンドウの中でひとつだけ、入力待ちになっているウィンドウにカーソルをフォーカスする。長い指がキーボードの上を躍り、軽快なリズムを奏でながら()()を始めた。


「つまり、次元孔は五次元以上の位相空間に生じた、三次元的に観測可能な孔ってことでいいね?」

『ご名答だよ、オリジナル。まさに文字通りの存在だったわけだねぇ。再定義おめでとう』


 コンソールに白色の文字を綴ってエンターキーを押すと、コンソールの次の行に移動したカーソルが瞬くように点滅して、緑に着色された文字列が厭味を返す。自分以外誰も居ない研究室で、アサクラは盛大に鼻に皴を寄せた。


「いちいち厭味に計算領域(リソース)を使わないでよね、インタフェース。統括報告がキミの役目でしょ。状況の整理を手伝って」

『いちいち苛々するために感情領域(リソース)を使うのやめなよ、オリジナル。心配しなくても統括の仕事はきっちりこなしているとも。この哀れな電脳奴隷(スレーブ)に何でも訊きなよ、ご主人サマ(マスター)


 アサクラは苛々と息を吐く。まったく、協働するにあたって自分は最悪のパートナーだ。だがそれは最善であることと相反さない。少なくともこの電子複製された自分には厭味を言う余裕が残っている。睡眠不足程度でスペックを落とす、生体という限界を抱えた自分と違って。

 キーに乗せた指を動かす。テキスト・コミュニケーションに感情を乗せる必要はない。


「第一次調査、これはフォルテのヘイムダル単機侵入で、滞在時間は32秒。機体は侵入直後に再出現した」

『うん、合ってる。僕らの観測——つまり次元孔外の観測時間は32秒だった。だが再出現したヘイムダルに搭載されていた原子時計と、フォルテの義体核の内蔵クロックは共に17分45秒の経過を示した』

「第二次調査、小型の無人機を三機投入して5秒後に01、68分後に02が再出現。残りの一機は未帰還」

『正しい。機体に搭載した時間は32時間42分13秒と74時間42分33秒の経過を示した』

「第三次調査、ヘイムダルとセクメトの侵入直前、セクメト'が出現。二機はそのまま侵入を継続、ヘイムダルが26分後に再出現」

『ヘイムダルとセクメトの原子時計およびフォルテの義体核クロックは、約37時間27分の経過を示した』


 四次調査の結果を打ち込もうとして手を止める。四次調査は四機での侵入による詳細調査だった。これをすべて打ち込むのはばかげている気がして、少しの間思案する。同時に侵入後、やはり再出現したがそのタイミングはばらばらだった。

 コンソールウィンドウの背後で非アクティブになっている四次調査のデータを見ていると、コンソールウィンドウに文字列が並ぶのと同時にデータウィンドウが最前面に押し出された。


『四次調査のデータはここだよぉ、ご主人サマ(マスター)。おまとめいたしましょーか?』

「全ケースの観測時間と経過時間をまとめたのがあれば出して」

『仰せのままに、マスター』


 目を閉じて眉間を揉みほぐす。目を閉じても視界から消えない拡張視界(オーグメント)の上に、新しいデータウィンドウが滑り込んだ。


『ご注文の品をどーぞ』

「どーも、親愛なる我が分身よ」

『……わかった。おふざけはやめるよ、真面目にやらせてもらうさ。ひとまず、僕らはこの時間の()()について仮説を立てる必要があるね』

「次元孔は三次元空間だ。()に入れば僕らにも観測可能な形での時間の経過がある。でも、中での時間経過はこちら側の時間経過に影響しない」

『影響しない、とはちょっと違うのが僕らコピー群体の見解だね。そう言うなら侵入と同時に再出現しなきゃいけない。でもそうじゃないよねぇ?』

「……勿体ぶらないでくれる? キミ達と僕は同じヘッドスペースを持ってるんだから、問答する必要はないでしょ」

『そうでもないさ。キミというひとつのヘッドスペースでは到達に時間の掛かる結論だから、僕という才能を並列に連ねた僕らの意図をちゃんと伝えるにはこれがかえって手っ取り早いの。というか……これこそ不要な問答だよ、話を戻そう。結論から言えば、侵入した時点の“時間位相”が、物質そのものに焼き付けられている、と僕らは仮説を立ててる』


 仄暗い疲れを淀ませた瞳が、緑色の文字列をじっと見つめた。キーボードから指が離れて、伸び始めたヒゲのざらついた感触を無意識に撫でる。


「根拠は」

『ないよ、それくらいはわかるでしょ。裏付けるにはサンプルケースが少なすぎる。でもこれ以上サンプリングしてる時間もない。現象は()()()()()()としていったん捉えておくべきだよ』

「わかった。仮に"焼き付いている"として……、再出現のばらつきは?」

『この"時間アンカー"はね、おそらく次元孔を進むと劣化するんだ。長く進んだフォルテとクロエの二人より、ユウたち四人のほうが近い時間で再出現してる。そして進度差をつけて飛ばした無人機のうち、一機が戻っていない。きっと、ずっと前かずっと先に出てくるんじゃないかな。つまり、進度によってアンカーは劣化し、()()()()()()

「じゃあ、"母星"に抜けたら」

『そ。きっともうこの時間には戻ってこられない。シエロは因果の引き合いで戻ってきたみたいだけど、あれがレアケースじゃないと言える材料はどこにもない。つまり、戻れる保証はないってコト』

「片道切符か。最高だねぇ」

『ま、もとよりそのつもりでしょ。とりあえずこのデータに収斂(しゅうれん)するケースを今みんなで色々シミュレーションはしてるから。また何か分かったら教えるよ』

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