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第17話 宙渡りの星 ①

 駆逐艦フェイルノートの艦橋の戦況モニタを、艦長のエッジレイは苦々しい気持ちで見上げた。通信状態は著しく悪く、最前線のヘイムダルから送られてくる核検知(コアスキャン)のデータの表示状況は極めて不安定だ。距離を取ったことで通信もまともに通らず、酷いノイズに揺れる核集合体の赤い光点を見つめる事しか出来ない。


「主砲の状況は」

問題ありません(オールグリーン)。いつでも撃てます」


 隣に佇む副官に尋ねる。打てば響くような返事を寄越した副官はしかし、その後に苦い声を続けた。


「——まあ、射線の確認(クリアリング)が出来ないので相変わらずの待ちですが」


 エッジレイは答えず、同じく苦い吐息を返す。皮切りの一発を撃った後さらに後退したことで前線の状況は不明瞭になり、発射準備を終えた主砲は沈黙を強いられていた。神の槍(グングニル)の後継たる必中の弓(フェイルノート)もこれでは形無しだ。

 機体マーカーは点灯と消失を繰り返している。これは不測の事態ではなく、予測されていた状況だった。前線の部隊に配置されたイワオ・クロエ少尉の判断で、戦闘機隊が戻って来るのを待つことになっている。


 つい先程まで戦闘の熱に浮かされていた艦橋は、しんと静まり返っていた。旗艦フェニックスは虚無空間の外に退避していて、通信は途絶えている。旗艦は駆逐艦(フェイルノート)が失敗した時のバックアップだ。共倒れになるわけにはいかないのだから、当然の措置ではあった。

 エッジレイは隣の副官に気取られない程度に、小さく眼を眇める。更に最前線で命を張っている部隊がいる以上口が裂けても言えはしないが、取り残されたような気持ちがまるでないと言えばそれは嘘だろう。人類の命運のために命を投げ打つ覚悟はあった。それは今も変わりはしない。それなのに胸の内にはどこか濁った感情が凝っていた。

 明滅する機体マーカーが網膜に焼き付く。あるいはこれは、主砲などという大層なものを抱えながら前線に立てていない事への苛立ちなのかもしれなかった。


「——なんだか、みんなに置いて行かれた気分ですね」

「……言うな」


 飲み込んでいた言葉をあっけらかんと口に上らせた副官を、エッジレイはじろりとねめつける。もうそこそこの長い付き合いになる副官は、戦況モニタから視線を外してエッジレイの目を見返した。小さく肩を竦める。


「いいじゃないですか。どうせ誰も聞いてやしません」

「聞いてないからこそだろうが」


 鼻に皴を寄せて副官の頭を軽く小突いた時だった。味方機撃墜のアラートが艦橋に響く。副官が弾かれたように戦況モニタに視線を戻した。機体マーカーが明滅する。アラートが掻き消えた。レーダーの不備なのか撃墜されたのかさえも不明瞭で、ぎりと唇を噛む。


「状況は!」

「音声通信、引き続き拾えていません!」


 先ほどまではひっそりと息を詰めていたオペレータが、緊迫した声を返した。


「損害機は――おそらく異機種編隊(コンポジット)のカドリガで――っ!?」


 叫ぶように続けたオペレータが息を呑んだ瞬間、再びアラートが鳴って消える。二度目ともなれば確定だろう。ちらりと視線を副官に送れば、明瞭な頷きが返ってきた。頷き返して、エッジレイは声を張り上げる。


「カウント三〇〇! 目標敵コア集合体、前線との連携が断たれたままなら、終了時点で自力照準圏への移動を開始する!」


 了解(アイ・サー)、とオペレータたちが応えて、戦略モニタの右上にタイマーが表示された。目まぐるしくカウントダウンを始めたそれを、じりじりとした気持ちで見つめる。無慈悲に減っていく数字が3桁を割ろうとした時、レーダーに動きがあった。


救助隊(レスキュー)が帰還進路へ移行! 後方より敵性体の接近あり!」

「カウント停止! 舷側砲、副砲、即時照準。救助隊の進路を確保せよ!」

「「了解アイ・サー!」」


 勢いづいた声が応える。明滅を繰り返していた機体マーカーが艦載レーダーの範囲に入り、きっちりと点灯した。副砲が火を吹く。


『こちらイージスA(アルファ)-01、援護感謝する! このまま旗艦宙域まで突破する!』

「了解、イージス。撤退しながらで構わない、前線の被害と状況を一報できるか」

『アンカーより報告します。異機種編隊(コンポジット)のセクメトがロスト、パイロット戦死(KIA)。ガーゴイル大破、パイロット重症(WIA)、搬送中です。ハーメルンが単機特攻を掛けたのを確認しましたが、その後離脱したので現況は不明です』


 艦橋内に苦い嘆息が幾つも落ちた。エッジレイも軽く天井を仰いでから副官に視線を向ける。


「主砲の発射用意をしておけ」

「指示済みです」


 澄ました顔で言う副官に微かに苦笑する。なかなかどうして、悪いコンビではなかった。


救助隊(レスキュー)が"虚無"を抜け次第、最大船速で移動を開始する!」


 胸の内にわだかまっていた濁った感情が晴れていく。もう生きては帰れないのだろうと思うのに、爪先から頭に高揚感が抜けていくようだった。


「ヤケクソって顔してますよ」

「うるさい」


 茶化しを一蹴してレーダーを睨み上げる。前線部隊はよくやった。この先は我々の仕事――


「補給隊が帰還進路へ移行!」


 覚悟と諦観入り混じる思考に、オペレーターの叫びが被さる。救助隊(レスキュー)のマーカーが虚無空間を抜けていく。葡萄のように連なる核の数が減っていっているようにも見えたが、相変わらずレーダーは不明瞭で確信を持つには至れない。

 どうします、と尋ねた副官に答えられないまま、さらにマーカーが動いた。


「イワオ・クロエ少尉のセクメトが帰還進路へ移行! 機体後方より敵性体の多数近接を確認!」

「クソ、主砲発射用意! セクメトが艦載レーダー範囲内に入り次第、クリアリング開始!」

『……ト、こち……、…………ノート、応答を……む!』


 回線がノイズにまみれた音声を途切れ途切れに吐き出す。艦載レーダーの出力は既に最大だ。オペレーターたちが必死に応答を返してはいるが、クロエ少尉側でもまともに受け取れていないらしく途切れ途切れの応答要求だけが繰り返される。

 トップスピードで(そら)を駆け抜けるセクメトが、艦載レーダーの範囲に飛び込んだ。


『フェイルノート、応答を求む! こちらセクメト、フェイルノート応答求む!』

「こちらフェイルノート、艦長エッジレイだ! クロエ少尉、状況を――」

『離脱しろ! よォやく繋がったかよ、フェイルノートに告ぐ、今すぐ回れ右してこの宙域を離脱しろ! ハーメルンが暴走してる。いつ"割れる"か分かんねェぞ!』

「なんだと!?」


 副官が主砲発射の指示を出す。セクメトを追いかけてきていた小規模な群れを、主砲が消し飛ばした。第二射の指示は出さずに艦首を外に向けさせる。


『急げ!!』

「――っ、そうそうすぐには、今やって――」


 向きを変えた艦が、移動を開始したのと同時だった。ヴヴン、と鳴る鈍く重い音と衝撃が、艦を激しく押し飛ばした。

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