第14話 星殻突破戦 - Phase 5:ロストメモリー ①
『ユリウス! もう限界だ一回下がれる!?』
『おうこらユウ、てめぇ泣き言言ってんじゃねぇ! もう少し気張れや!』
『無茶言わないでくださいよ班長!』
キャノピーの向こう側に閃光と肉が交差する。低出力の頼りないレーザー砲のトリガに指を乗せたまま、ユリウスは検出範囲を広げていくレーダーを睨みつけた。操縦桿が神経質に細かく動く。
『ユリウス! もう十分だろ!』
相棒の声が何処か遠くに響いた。葡萄の房のように連なる核の集合体はまるでフロストアークで見たマザー・コアのようだ。憎悪と恐怖が、左右から強く心臓を掴み上げる。息が止まった。殺さなければ。壊さなければ。炙り出せ。すべて。すべて。一つ残らず。
『ユリウス!! 広範囲走査切るぞ!!』
ローランが怒鳴る。それと同時にヘッド・アップ・ディスプレイに表示された広範囲走査の強制切断通知が一瞬視界を遮り、喉と肺が呼吸の存在を思い出した。
「……っ、了解! 離脱する!」
目一杯ペダルを踏み込んで逆推進機構を吹かす。
「ヘイムダルAリーダーから管制室、巨大な核複合体を確認した、艦長に繋いでくれ!」
赤い光点をが穿たれたままの走査データを睨みつけたまま、オペレータにコールする。旗艦付近まで後退してから艦長に状況を報告すると、回線の向こう側がにわかに騒然となった。待機を命じられて焦燥が募る。喉に何かがつかえたように、うまく息が吸えなかった。繰り返す浅い呼吸を、鼓膜の内側にわだかまる心臓の早鐘が塗りつぶす。潮騒にも似たそれに、近距離通信特有のジ、というノイズが混じった。
『なあユリウス、深呼吸しろ? 大丈夫、ちゃんと仇討てるって。大丈夫だから……』
宥めるように言うローランの声も震えている。大丈夫、大丈夫と繰り返すその声は、自分に言い聞かせているようでもあった。
かつて自分がユリアに言った大丈夫も、こんな風に震えていたのだろうか。気恥ずかしさが甘苦く暴れる心臓を撫でて、少し息が軽くなる。もしそうだったとしても、この大丈夫は力をくれるのだということを知った。もしも今の自分をユリアが見ているなら、きっと恐怖に引き攣った声で馬鹿ね、と笑うのだろう。
『兄さん、広範囲走査』
不意に懐かしい声が耳元で囁いた。はっと顔をあげる。僚機からの通信を示すイコライザがほのかに揺れた。
『ああ、そっか。広範囲走査再開しなきゃだよな。ありがとユリウス』
揺れるイコライザは男の声を紡ぎ、無意識に操作した広範囲走査の開始要請には妹ではなく相棒が応える。ピン、と高い音が一つ鳴ってからレーダーの視界がさあっとズームアウトした。後退時に切れていた核検知も再開する。断続的にベルの音が鳴り響き、僚機の真横の何もない空間に赤い点が一つ、灯った。
『————え?』
戸惑うローランの声が、それを最後に吹き散らされるように消える。再開したばかりのデータリンクが消失した。僚機との接続が全て真っ赤なエラー表示に染まって、撃墜アラートがヘルメットを満たす。
『畜生KIA2! レーダーで視えねぇ奴がいる! おい艦長! 核検知機がロストしたぞ!』
『なんだと!? クソっ!!!』
戦闘班長の声が遠くに聞こえる。狭くなったレーダーの範囲を冷静に調節しながら、白くなっていく思考に手を伸ばした。激しく回転しながら離れていくユリアの機体のマーカーの幻覚がレーダーの上に重なる。二番機の反応は跡形もなく消えていた。
HUDの中に赤紫色の予測線のラインが鮮やかに流れる。主砲の照準内に居ることを示す発射警告が鳴り響いた。白く濁り落ちる思考と乖離した腕が操縦桿を動かして、射線から機体を逃がす。
『射線を通せ! フェイルノートから主砲が来るぞ!!』
『友軍機の射線上からの離脱を確認! 艦砲射撃を実行する!』
聖人が伸ばした手の先の海が割れるように味方機のサインがさあっと割れて、その真ん中を艦砲が貫いた。二基しかない核検知レーダーの片割れを載せたヘイムダルを丸ごと飲み込んだ肉塊が、こちらも跡形もなく消し飛ばされる。
『あーーっ! 馬鹿、丸ごと吹き飛ばしたな!?』
アサクラが悲鳴じみた声で叫ぶ。それに駆逐艦の艦長が何かを言い返しているが、言葉は意識を上滑りして脳までうまく届かなかった。そこに被さる少年の声は、自分の名を含んでいたせいか意識まで届く。
『ユリウス! 無事か!?』
「フォルテ……」
肉塊たちを蹴散らしていく翼のないフォルムの機体を、ユリウスは焦点の合わない目で見つめた。キャノピ―の向こう側は敵だらけだ。もうかなりの時間戦い続けているのに、集まってくるその数は一向に減る気配を見せない。肺を圧し潰すような吐息を漏らしたユリウスの耳に、ひそやかなアサクラの声が滑りこむ。
『ユリウス』
何を言われるか、分かっているような気がした。狭くなってしまった核検知レーダーの範囲に一匹でも多く収めるように機体の位置を調整し続けながら、ユリウスは静かな声ではい、と応える。
「どうしてもやらなきゃいけないことがある。キミの命を貰わなきゃ、いけない」
ヘルメットの中で、口元が淡い笑みを刷いた。いいですよ、と答えた自分の声は、なんだか他人のもののように薄くて軽かった。