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第13話 星殻突破戦 - Phase 4:星の雛は殻の中

 擦り切れた革靴の踵が鈍色の床を蹴る。管制司令室と格納庫区との距離がもどかしかった。気持ちばかりが急いて身体がついていかない。もつれる脚にうんざりしながら、アサクラは睡眠を疎かにしていた自分にぶつくさと悪態をついた。


 回収機から星の卵の"殻"の回収の報が入ったのがほんの数分前のことだ。戦況は良くない。なんとしてでも打開策を見つけなくてはならなかった。

 未来から情報を持ち帰ってきたのはユウだが、この星の卵への道を示したのは他ならぬ自分自身だ。その道筋にしたって重要な部分は全部黒塗りで、結局()()()()がなんとかするしかない。


「やり方がお粗末なんだよねぇ。だから()()しちゃうんだよ」


 (ゼロ)(イチ)の間には多大な隔たりがある。そんなことは百も承知の上で未来の自分にも文句を垂れた。腐ってもこの自分が、一を知るそのコストに負けたなんていうのはちょっぴり腹立たしくもある。

 時の向こう側から、()()()()()()()自分がニヤニヤと笑っている気配がした。煩いよ、とその幻覚に嘲笑って手を振る。

 この僕が一から始めて失敗するわけもない。未知の探求こそが自分の生きがいだし、今僕を待っているのはあの巨大な"卵"の"殻"なんだから。一秒でもはやく、それを掌の上に乗せてあらゆる角度から眺めて思考に溺れたかった。

 脳細胞の合間で、未知への渇望が貪欲なアメーバのように重責と責任感を喰らい始める。足取りは知らず軽くなり、そのままアサクラは回収機の戻る格納庫へと飛び込んだ。


 * * *  


 スライド式の管制司令室の扉が開く音に、シキシマは振り返った。いつものラップトップを抱えて小走りに入ってきたアサクラの姿を認めて、怪訝そうな表情になる。


「なんだ。どうした、忘れ物か?」


 "殻"回収の報を聞いてアサクラが管制指令室を飛び出してから30分と経っていない。研究室まで届けられるのを待っていられないと言った様子で格納庫に向かった事を考えても、解析が終わったとはとても思えない時間だった。


「ん-ん。ここでやる」

「は? ここでってお前……モノも機材もないのに」

「モノは僕の研究室に置いてあるよ。そろそろなにか手掛かりでもつかめた頃なんじゃないかなぁ」

「……は? そろそろ?」


 たぶんね、と答えてアサクラは戦況用の立体投影機の側にハンディサイズのホログラム投影機をもたもたと設置した。どさりとその前に座り込んで、投影機のスイッチを押してからラップトップを開く。


「ハァーイ、こちらオリジナル。諸君、首尾はどうかなぁ?」

『やぁ、生身は移動が面倒そうだねぇ。その脚がもたもた移動してる間に幾つか分かったことがあるよ』


 ホログラム投影機がノイズ混じりの光を吐き出すと同時に、耳慣れた()()()()()()が応じた。ホログラムの中にノイズを走らせながら板状の鉱石片が浮かび上がり、その向こうから整備班御用達の半割にした乾電池のような形状のリペア・アンド・メンテ(RAM)ナンスユニットがひらひらとマニュピレータを振る。シキシマの表情が引き攣った。


「……シエロ? いや……これ、は――」

『やあ、我らが艦長にして我が親友』

『電子頭脳の中からこんにちは』

『即席解析班を僕が僕で編成したんだよ。なぁに、短い役目だけどちゃあんと働くとも』


 投影機のスピーカーとラップトップのスピーカーが、重なり合った幾つものアサクラの声を同時に再生してきぃんと高いハウリング音を鳴らす。おっと、と呟いたアサクラがラップトップのキーを一つ叩くと、ハウリング音が消えて無数のささめきあうアサクラの声だけが残った。


「キリヤ、お前人格の多重起動はリスクが――」

「ストップ」


 眉を跳ね上げたシキシマの鼻先に、アサクラが掌を突きつける。やや乱れた前髪の合間から、かつてないほどに余裕のなさそうな幼馴染の目が睨み上げた。ちらりと明暗まだらに入り交じるパイロットモニターに視線を走らせる。


「時間がないの、()()。僕のリスクなんてどーでもいいよ」

『一番リスクの低いオリジナル様に言われるとちょっと腹立つなぁ』

「うるさい。その代わりに一番楽しい作業をそっちに渡してるでしょ、早く報告して」

『仕方ないな『そもそも『電子干渉『あの殻は』…だから』でさ』


 オペレーターたちの切迫した声を背景に、電子上に再現されたアサクラたちが一斉に口を開いた。生身の昏く凝る目を薄く眇めて、冷たい視線がホログラムの中で鉱石片を撫で回すRAMのマニュピレータの上を這う。


「……あのさ。確かに僕は天才だけど聖徳太子じゃないんだよ。誰かインタフェースを立てて」

『……』


 ささめく群体の声がぴたりと消えた。ややあって、少しトーンダウンした声がダウナーに応じる。


『はぁーい……アサクラ・インタフェースだよ……。楽しい玩具が目の前にあるのにさ……揮発性の仮想電脳(バーチャルブレイン)上で、やるコトといったら統括報告……やる気が出ない……。なぁに危機的状況は理解してるとも……行動が存在維持に関与しない程度で虚無るなんて僕も僕にがっかりしてるところさ……』


 チッ、と足元から舌打ちが聞こえてきて、シキシマは何とも言えない表情をホログラムから幼馴染へと振り向けた。幼少期からの記憶を辿ってもいつも軽薄な表情だった気がする幼馴染は、なんだか見たことのない据わった目をしている。


「真面目にやってくれる?」

『わぁどの口案件。なぁにテンションと仕事の質は同期しないとも……それじゃ"殻"の話をしようか』


 ノイズに揺れるホログラムの鉱石片がフォーカスされたかと思うと、そこから3Dデータが回転しながら浮かび上がった。


『まず根本的なところから行こう。これは僕らの星系に存在しない物質で出来ている。まったくの未知の素材だよ』


 さらに鉱石片の表面が拡大し、その中から取り出されるようにしてひどく(いびつ)な形の分子構造のようなものが現れる。科学に対する造詣がさして深くないシキシマから見ると、それが星系外由来なのかどうかはさっぱりわからなかった。

 足元で幼馴染が低く唸る。長い指がこつこつと、神経質にラップトップのタッチパッド脇を叩いた。


「ちょっと。これデータ欠けてない? 現物そこにあるんでしょ、どうなってんの」

『それこそが問題なのさ、オリジナル。こいつには電子的干渉を阻害する効果があってね、なかなかキレイに構造を取り出せないのさ。とかく僕ら電子上の存在とはひどく相性が悪くてうんざりするよ……』


 アサクラ・インタフェースはわざとらしくプリセットの溜息をスピーカーに乗せた。


『この"殻"がなんて言うか……電磁場フィールドみたいなものを形成してこの空間を作ってるみたいだね。どうも中に何か()()みたいだし、孵化するまでの擬態行動みたいなものなんじゃないかなぁ』

「その……中身はアザトゥスなのか?」


 シキシマが尋ねると、うーーん、とアサクラ・インタフェースは気のない声を長く吐き出した。


『それはなんともいえないんだけど……え、何? 侵食? はいはい。あー、うん……うん』


 他のアサクラ・コピー達に相槌を打っているらしきアサクラ・インタフェースを完全に無視して、アサクラはラップトップの画面に幾つも重ねて開いた文字やモデルデータにじっと目を落としている。


「この殻は層構造になってる……侵食耐性はないのか……穿孔痕が……入り込んで……」


 ぶつぶつと乾いた唇から漏れ落ちるその言葉を拾ったらしいアサクラ・インタフェースが、再び溜息をついた。


『ねぇ分析統括なんて僕が一人いれば良くない? オリジナル様がデータ見てるなら――』

「報告」

『はいはい、やらせていただきますよ……。この殻だけど、アザトゥスからの侵食を受けてるね。さすがの悪食だ。フロストアークの"母艦"はたぶんこの卵全体を覆ってたヤツなんじゃないかな。この物質は層構造になってるんだけど、どうも侵食したアザトゥス体はその層の隙間に入り込んでいたみたいでね。それで剥離したんじゃないかってのが僕らの見解だ。で、話を戻すと……侵食を受けてるってことはこいつの中身はアザトゥスではないんじゃないかなぁ……』


 やや歯切れの悪いインタフェースの回答に、シキシマは白手袋を嵌めた手で顎を撫でてから眉根を軽く寄せる。


「でも連中は喰い合うだろう。新型という可能性は?」

『まあなくはないけど……どっちかと言うと今までの"新型"がこれを喰った結果だと言う可能性のほうが高い気がする。連中のステルス系能力はこの殻を喰った個体が獲得したんじゃないかな。それに侵食を拡大する事だけを行動原理にしているアザトゥスが、こんな殻なんかを作って中に籠もっているというのは……どうにもしっくりこないんだよねぇ』


 それにさ、と言い募ろうとしたアサクラ・インタフェース言葉を、冷ややかな声が遮った。


「楽しそうだね、インタフェース。今僕らに必要な事を忘れてそうだからもう一度言っておくけどね。必要なのはコレを割る方法なんだよ。時間がないって分かってる?」

『やれやれ、自分相手だからって圧かけてくるなぁ。楽し……いや、割った後のことを考えたら中身の考察だって大事でしょーよ……まあいいや。結論から言うと、これを割るのはかなり難易度が高いと思うよ。僕ら人類の最大火力は陽電子砲だけど、どうやらこいつは陽電子の干渉を受けないんだ。そのくせバカに硬くてねぇ。ミサイルとか誘導弾でも望み薄なんじゃないかなぁ』

「この欠片は? 余波で剥がれた感じかい」

『ご明察。殻に付着してたアザトゥス体は陽電子の干渉を受けるからね。これ、卵表面のアザトゥス体を艦砲が吹き飛ばした時に回収したんでしょ? 消滅エネルギー自体は殻にも干渉するんだろうねぇ。このサンプルを検証する限り、それも剥がれる程度に留まる気はするけど――』

「結局割る方法はわかってないってことでいいのかな」


 インタフェースの饒舌な語りを、アサクラの声はばっさりと切り捨てる。

 眉間の皺が深くなっていることに気付いて、シキシマは思わず目頭に手をやった。未来からもたらされた情報によれば殻を割る、は重要事項だったはずだ。アサクラが自身を総動員してもその方法が見つけられていないというのは、明らかに良くない兆候だった。

 語りを中断させられたインタフェースが、鼻白んだ様子で言い淀む。


『まぁ……そうなるね』

「使えないなぁ。それでも僕の群体?」

『あのねぇ、オリジナル……。僕らは魔法の杖でもなんでもないの。キミが出せる以上の成果を僕らに望まれても困るんだよ……時間の短縮にはなったでしょ?』

「20人もいるくせにさぁ……もっと危機感持ってよ。ああそうだ、たとえばさ――」


(あっちのキリヤ、20人もいるのか……夢に見そうだ……)


 口論じみた意見交換を始めた幼馴染とインタフェースのやりとりを聞きながら口をへの字に曲げたシキシマの背に、オペレーターの緊迫した声が跳ねる。


「艦長! ユリウス――ヘイムダルより緊急の報告があると! 入れますか!?」

「っ! 繋いでくれ!」


 思考を覆い尽くそうとする無数の小さな幼馴染たちの影を振り払って、インカムに手を添える。それと同時に、ノイズ混じりのユリウスとそのフライトバディであるローランの声が雪崩込んできた。


『艦長! ユリウスです。卵の外殻に深く食い込んでいる個体を見つけ……いやこれ個体って言っていいのか?』

『呼び方なんざどーだっていいよ。スキャンデータ見てもらえ、データ』

「正面モニタに観測データ出します!」


 オペレータの声に合わせて、正面のモニターの表示が切り替わる。観測データ上の"殻"の輪郭は曖昧だったが、その表面を這うように広がっているアザトゥス体の形状ははっきりと捉えられていた。

 均等に広がっているように見えたそれの、中心から外れたある部分だけが卵の滑らかな曲線を食い破るかのように内側に入り込んでいる。その内部には葡萄の房状に無数の核の光点が灯っていた。


 ガタン、と後ろから何かを蹴倒すような音を耳が拾う。振り返ると、ラップトップを抱えたままのアサクラが立ち上がって、食い入るようにモニタを見つめていた。その足元には蹴飛ばされたホログラム投影機が横倒しになっている。光で編まれた投影映像は、半分床にめり込んでいた。


『おお。これはいいもの見つけたねぇ』


 横倒しになったままの投影機のスピーカーから、アサクラ・インタフェースが緊張感のない声でのんびりと言った。うん、とそれに応える幼馴染の声にはかすかな興奮が滲んでいる。


「これならいけるかも。あの穿孔部の殻は極めて薄くなってるはず……干渉を与えるためのアザトゥス体の質量もあれなら十分に……ねぇインタフェース。どうせ計算してるやついるでしょ、結果教えて」

『穿孔部の薄さと応力伝播速度は仮値だけど……うん、90%くらいは見積もれるんじゃない』


 それを聞いたアサクラはくずおれるように座り込むと、猛然とラップトップのキーを叩き始めた。


「……ねぇノブ、いけるよ。割れる。僕らはこの状況を打開できる! ちょっとインタフェース、シミュレーション手伝って。確度を0.1%でもいいから上げる!」

『はいはい、仰せのままに……』

アサクラ・インタフェースくん実は結構気に入っています。アサクラは自分を追い込むタイプなので、本体はコピー達に容赦がない……。


次回の更新は7/11です。

それではまた、次回。

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