第10話 ダイモス攻略戦 - Phase 1:前哨戦 ②
「やっと落ち着きやがったか」
何度目かの補給を受けながら、ギルバートは疲れたように息を吐いた。
最前線から少し下がった位置には、補給機であるイドゥンが待機している。ずんぐりとした機体から生えた複数のロボットアームが俊敏に動き、補給口のハッチを開いてバッテリーモジュールを挿し替えていた。
「多いですねー。さすが巣って感じっス」
「他人事みたいに言いやがって」
近距離無線で投げかけられた、のほほんとした様子のおしゃべりに思わず舌打ちをすると、「すみません、今回は随伴してないんでいまいち緊張感が」としょげた様子の返事が返ってきた。
イドゥンはアヴィオンの一つに数えられるが、その実態は手の生えた小型の貨物船だ。空中給油から兵装装填まで、なんでもござれの補給機である。2発しか撃てない陽電子砲の救世主がイドゥンであった。今回のような大規模な作戦でない場合、随伴して共に戦場を駆けることも多い。
「攻略戦は初めてか?」
「ハイっす」
素直な調子で返ってきたその声は随分と若いものだった。戦況有利で味方に損害はなく、防衛個体の出現が止まったことでローテーションも止まった今、戦歴が浅ければ雑談の1つもこぼしたくなるのも無理はない。思わず舌打ちしてしまったことに少しの後ろめたさを感じたギルバートは、少しばかり雑談に応じることにした。
「こいつは前哨戦さ。防衛個体ってのは尖兵だ。奴らにとって大量生産が可能で、幾らでも使い捨てられるのが防衛個体だ。今やってんのはほんの最初の小競り合いにすぎん」
「でも結構大穴空いてません?」
「お前、蜂の巣に1個穴が空いたら終いだと思うか?」
「いや……スンマセン」
「スズメバチの駆除と同じだ。まずは中にいるやつを誘き出す。巣の中で母体はアザトゥスを産み続けてはいるが、瞬間的に殖やせる訳じゃねぇ。ストックがあるのさ」
「今はそのストックが尽きた状態ってことッスか」
「いや、それはないな。出芽が作る前駆巣ならともかく、この規模の巣がこれで打ち止めってことはない筈だ。このまま中身を引っ張り出してりゃあ、あのサイズならそのうち大型も出てくるぞ」
「大型ってあの、月面研究所にいたでかいやつですか」
「あれは防衛個体でもないのに鱗持ちの特殊体だったから手こずってたが、あれでも出芽より一回り小さいやつだぞ。フォボスの悪夢じゃ大型が駆逐艦を喰っちまったって話もある」
「うへぇ。それでグングニルが近づかないんだ」
引きつった表情が見えるかと思うような声色に、ギルバートが苦笑した時、管制室から戦線復帰を求める通信が入った。
「悪いが話はここまでだ。心配しなくてもしばらく仕事はたっぷりあるぞ。頑張れよ」
補給部隊から離れ、ギルバートはガーゴイルのバーナーを吹かす。ローテーションの待機位置に戻ると、Cチームは既に巣への再接近を始めていた。艦砲が開けた穴の奥に向けて陽電子砲が放たれ、ぶわりと防衛個体の群れが湧き上がる。それを見た混成部隊が機首を上げ、旋回を試みた時だった。
キラリと輝く光の粒が、ぱっと散ったように見えた。2機のアルテミスが、サイドバーナーを吹かせっぱなしにして激しく回転しながら戦列を離れていくのを見て、ギルバートは反射的に操縦桿を握る。
「被弾、被弾! アルテミスC-02および03被弾! パイロットからの応答なし、至急回収を頼む!」
宇宙空間で戦闘機動を行うアヴィオンには、補助翼や方向舵をバーナーに切り替える機能がある。宇宙空間では空気抵抗を利用することが出来ないため、小型のバーナーを吹かして方向転換をするのだ。パイロットが被弾し意識を消失すると、操縦桿が回転方向に入りっぱなしになり、激しく回転し続けるという現象が起きる。
「管制室より回収機へ、2機回収要請! ピンを打った、すぐに追ってくれ!」
離れていくアルテミスを追って、回収機が飛び出した。制御を失ったアヴィオンは格好の餌食だ。アザトゥスに喰われれば兵装を奪われる。そうさせないために、たとえパイロットの存命が絶望的であろうと可能な限り回収を行う必要があった。
「畜生が! Bチーム出るぞ!」
アルテミスを追うワルキューレに背を向け、Cチームの救援に向かう。たちまち前線は敵味方入り乱れる地獄と化した。
先程までの防衛個体は追ってくるだけだった。アザトゥスは、特に小型のものについては体当たりで攻撃してくるものが多い。現在、艦隊はダイモスに相対速度を合わせているためその速度を見失いがちだが、ダイモスの公転速度は秒速で約1.35キロメートルである。時速に換算すれば4800キロメートル毎時を超えるその速度エネルギーは莫大だ。いかに宇宙空間での戦闘機動に耐えられるよう作られたアヴィオンとて、同じような体積のものにまともにぶつかられてはひとたまりもない。当然アザトゥスの方とて無事では済まないのだが、先程ギルバートが使い捨てと揶揄した通り防衛個体の基本戦略は物量作戦だ。彼らはその損害をものともしない。だから、前哨戦は追いつかれさえしなければいい。
———その、はずだった。
「生体針!!」
無数のきらめきがガーゴイルを襲う。ギルバートは咄嗟にレーザー砲の出力を近距離扇状型に切り替えて薙ぎ払いつつ、回避行動を取った。鱗と同じ素材で構成されたその針は、鋭く細長い形状に変化した故に光の拡散力を失い、ほとんどがレーザーによって塵となる。運悪くレーザーを拡散させて生き残った針が翼に突き刺ささり、ドスンという鈍い音がコックピットにまで響いてきた。
「お前ら生体針なんて撃てる体だったのかよ! 小細工しやがって!」
悪態をつきながらひたすらレーザー砲の発射と回避を繰り返す。陽電子砲は撃てなかった。敵味方入り乱れすぎていて射線が通らないのだ。
「とにかく下がれ! グングニルの射線だけでも通せ!」
ギルバートが怒鳴る。グングニルの射線さえ通れば少なくとも追撃の群れは消し飛ばせる。僚機はなかなかの善戦を見せていた。不意打ちを食らって以降、戦闘不能に陥った機体はまだいない。
何度目かになる生体針を躱した時、ギルバートの視線が肉の色を捉えた。防衛個体の鱗が所々剥げ、内側の生体組織を覗かせている。旋回する影を睨みつけて、彼は口の端に薄い笑みを刷いた。
真っ白なレーザーが束になって防衛個体に襲いかかる。目論見通りまばらになった鱗はレーザーを拡散しきれず、その光は肉を穿って穴を開けた。エネルギーを受け止めきれなかった肉体が、内側から弾け飛ぶ。
「ハゲたやつを狙え! レーザーが効く!」
あちこちでレーザーが閃いた。防戦一方だったアヴィオンは反撃の手段を得て、次々と防衛個体を撃破していく。やっと数的優位を取り戻し、ほっと胸を撫で下ろしかけたその時だった。
眩い閃光が一瞬視界を覆い、目の前を横切った僚機のコックピットが消し飛んだ。
「ちっ……くしょうが! 戦死者1! 誤射だ! ガーゴイルB-04大破!」
「違うギル! 避けて!」
「……っ!?」
マイクに叩きつけた戦死報告に、ナギの叫びが被さった。咄嗟に操縦桿を引いて機体を捻ると、目を眩ませる閃光と共に第2射が翼を掠めた。
「誤射じゃない! 鹵獲機だ! あいつはヘルヴォルを喰った奴だ!」




