第12話 星殻突破戦 - Phase 3:あなたが、そこにいるのに ①
「弾切れだ!! Cチームに交替要請!」
『『了解』』
空っぽになったミサイルの残弾表示を見て、コンラートは苦々しげに舌打ちした。
「畜生、キリがねぇ。巣どころの話じゃねぇぞ」
『シミュレータの発狂モードみたいです。先日ナギさんが撃墜レースするのに設定したやつ』
「おわーやめろミラ、縁起悪ィ! 全滅ったろーがよアレはよぉ」
『すみません、気が紛れるかと。大丈夫です、私とこのセクメトがちゃんとコンラートさんを守ります。なんといってもセクメトは木星圏の最新鋭機スター・チルドレンに連なる機体のひとつで、陽電子砲の発射可能数はアヴィオンの倍の4発、圧縮レーザー砲の威力も格段に高く』
「わーかった。分かった。ありがとなミラ。お前は強い。新機体カッコイイよな。頼りにしてるよ、うん」
『はい、私。とっても強いので』
あまり感情の振れ幅を感じさせない13番の平坦な声は、それでもどこか少し得意げだ。
補給線に戻り、翼の下に再びミサイルを抱え込まされて残弾表示が元に戻ると、ささくれだった気持ちは再び引き締まった。
火星から移籍してきた時は20人いた天使の欠片は戦いのたびに数を減らし、五小隊あったエンジェルズの隊もいまや三
『Dチームに交替願います。中型1体戦線突破中、C-01弾切れにつき対処願います』
「了解、行くぞミラ!! アナとロゼは雑魚を頼む!」
『『了解』』
「こっち向けクソがオラァ!」
下がっていくCチームの最後尾のカドリガに喰らいつこうと開いた巨大な口腔に、すれ違いざまに2本のミサイルを叩き込む。有効打の確認もせずにそのまま突き進むと、レーダー上で一瞬止まった中型が自機を追いかける形で進路を変えた。
「喰い付いた! このまま核検知範囲内まで引っ張るぞ!」
『先導します』
14番と17番の駆るカドリガが、滑らかな機動で前方に滑り込んだ。白光と炎が交差して、進路を塞ぐ小型を次々と撃破していく。
『核検知範囲内進入まで、約10秒です。……5、4、3、2、1』
ミラのカウントに合わせて、レーダーの示す核検知範囲内に躍り込む。数秒のラグの後、ディナーベルの音と共に赤い点が灯った。
「来た! 足止めいるか!?」
そう怒鳴ったコンラートのキャノピーの向こうで、ミラのセクメトが追ってくる中型に照準を合わせるために機首を翻す。
『いえ、このままで。照準固定。……撃ちます』
紫電の閃光が、スパークを散らしながら空間を切り裂いた。それは過たず肉塊の奥の核を穿って抉り、弾けるように崩壊した肉の塊が消滅のエネルギーに押されて四方へと飛んでいく。
「よくやった! よしいったん後退して――」
『コンラー……、待っ、て』
快哉を叫んで持ち場に戻ろうとしたコンラートを呼び止める声が、インカムを揺らした。半ばまで肉に取り付かれた銀色の機体が、大量の小型を引き連れて視界の端に飛び込んでくる。
『助けて、くれ』
耳慣れた声が、ノイズ交じりに鼓膜を引っ掻いた。レーダーの上を動く味方機の光点に張り付いたラベルが、ルームメイトの機体番号を示す。
「ヘイデン!?」
反射的にトリガを引いた。翼下のミサイルが勢いよく飛び出して、追い掛ける小型の群れの鼻先に紅蓮の花を幾つも咲かせる。ミラが指示を待たずに後続の群れに突っ込み、陽電子砲でそれらをまとめて消し飛ばした。
「クソっ、アナ、ロゼ! 除染いけるか!」
『『了解』』
二機のカドリガが肉まみれの機体に炎を吹きつける。キャノピーを覆い尽くすようにして脈打つ肉はみるみる黒くしぼむが、それに対するヘイデンの反応が一切ない。コンラートはインカムに親友の名を叩きつけた。
「ヘイデン! おいヘイデン! 聞こえるか!?」
『嫌だ……メラニ……』
ひどいノイズの向こうで、ごぼごぼと水底に沈んでいくような声がかすかに恋人の名を呼んだ。焼け縮んだ肉塊がキャノピーから剥がれ落ちる。カドリガの少女たちが、小さく息を呑んだ。
『駄目ですコンラートさん。もう……中まで――』
少女の声が、消える。視界の中でカドリガの前に佇む焼け焦げた機体から紫電の閃光が迸って、スパークを伴うそれが通り過ぎた後にキャノピーを失った白銀が左右にぼきりと折れて分かたれるのが見えた。
「ロゼ!?! 畜生、ちくしょうちくしょうちくしょううわぁああああああっ!!」
視界が赤と白に明滅する。白熱した脳から駆け抜ける、意思か反射か分からない何かが指まで疾走ってトリガを引く。残る4発のミサイルのうちの2本が発射された。
キャノピーの中にぶくぶくと泡立ち脈打つ肉を詰め込んだヘイデンの機体が、機敏な動きで機首を翻す。真っ白に濁ったままの思考の外で、足がペダルを踏み込んだ。スラスタが火を吹き、加速度が暴力的に全身の血を一点に集めだす。それに抗うパイロットスーツが身体を締め上げ、息が詰まる口の端から、噛み締めすぎた歯の砕ける鈍い感触と共に生ぬるい雫が漏れ出してヘルメットの中を舞った。
追うコンラートを揶揄うように縦横無尽に戦場を飛び回るその機動は、確かにヘイデンのものだった。そうだ、こいつは、いつだって俺よりずっと操縦が上手くて。シミュレータでだって模擬戦でだって、勝てた試しがなかった。いつも叩きのめされて、上から目線で今日はどこが良かったとあまあまの批評をされて、それからぶすくれた俺を連れてヘイデンは食堂へ行くんだ。そこで冷えたビールを、一杯やってさ。
翻弄する機動がコンラートを嗤う。いつもの終わりはもうこない。だから絶対に、勝たなければ、いけないのに。
追いすがるコンラートの前でヘイデンの機体が一瞬沈み込んで、鋭くターンを切った。後ろを取られる。ヘルメットの中に舞い散った血液が眼球に張り付いて視界が濁った。ロックオン警報が狂い鳴る。
「クソ――」
流れるような機動で、ミラのセクメトが飛び込んできた。腹に抱えた陽電子砲の砲口は薄青に輝いている。すれ違いざまに開放されたそれは、過たず親友を乗せたガーゴイルのコックピットを貫いた。