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第11話 星殻突破戦 - Phase 2:輝ける侵食体 ②

『ローラン。少し範囲を広げよう』

『オーケィ、ユリウス。フェイルノート方面に7ポイント動く。調整は任せていいか?』

『ああ、任せてくれ。オーケー、そのまま』


 核検知(コアスキャン)レーダーの搭載されたユリアの機体は再び役目を果たせる程度には修理され、今は(ブラボー)班のフライトリーダーだったローランが乗っている。

 ユリアが死ぬまで、ユリア以外の誰とも正式に二機編隊(エレメント)を組んだことはなかった。双子の半身であるユリアは、この世に産まれたときからユリウスが持っていた唯一のものだ。父母が死んで、ユリウスは喪失を知った。悲しくて、恐ろしくて、それは魂に刻まれた恐怖となった。だから、ユリアにだけ情を注いだ。また失くしてしまうのなら、初めから持っている妹以外は何も要らないと思って。

 フライトバディは、互いの命を背負った関係だ。命を預けるのも、預けられるのもユリアだけだと思っていた。代えなんて、効かないはずのものだった。


 検出した核の光点に、次々に照準補助がつけられていく。殺せ、という意思をありありと示すこの仕事が、実は苦手だった。自分の苦手なそれをユリアに任せたくなくて、いつもは自分が主導でやっていた。ユリアはレーダーの調整が上手いから、これは自分の仕事なんだと言い聞かせて。

 機体を調整する。レーダーのノイズが減って、敵の姿がくっきりと浮かび上がった。ありがとな、とかつてのユリウスの役を担うローランが言う。ここにユリアはいないのに、艦隊の眼はいつもと同じように機能していた。

 かけがえのない妹が開けた穴にはきちんと他人が収まって、そうしてユリウスの世界は今も回り続けている。機上のユリアはとても優秀でやりやすい相棒だったが、それが唯一無二ではなかったのだという事実は、どうしようもなく悲しくて腹立たしかった。

 

(見てるかい、ユリア)


 届かないと分かっている願いを、胸の内でつぶやく。ユリアが居なくても世界が回ると、そう言うのなら。せめて、完璧に回してみせる。この世から弾き出されてしまったユリアが、穏やかに眠ることができるように。

 世界から隔絶されてしまった空間だが、この世の者でなくってしまった妹なら、きっとこの兄の姿を見ていてくれるだろう。

 青玉の瞳が、脈打つ肉の粘つく表面を睨み据える。人類生存圏を侵すもの。こいつらさえ地球に来なければ、ユリアが死ぬことはなかったのだろうか。憎しみが苦く甘い毒になって、ユリウスの思考を昏く染め上げた。


(よくも、俺の妹を殺したな)


 これは弔いだ。これは復讐だ。これは贖いだ。

 核を示す光点は指数関数的に数を増していった。レーダーの情報とより合わせて、大きいものから優先的に照準補助を当てていく。核を探すために肉を削る必要がなくなくなったおかげで、殲滅のスピードはかつてのダイモスやアステロイドベルト戦と比べて段違いに早かった。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ!!

 護衛機が撃ち漏らした小型が、眼前に躍り出る。キャノピー越しにそれを睨んで、ユリウスはトリガを引いた。低出力の小型レーザーが肉を焼く。頼りないそれはしかし、正確に肉の奥の核に傷をつけて、一瞬怯んだような動きをしたそれを横合いから高出力のレーザー砲が消し飛ばした。


『ごめんなさい、ユリウス! 無事!?』

「うん、大丈夫だ。ありがとう――カレン」


 補給から戻ってきたばかりのヘルヴォルから、ひどく焦った女性パイロットの声が呼びかけた。ダイモスで"巣"を見つけた時も護衛についてくれていたカレンだ。彼女もあの戦いで、フライトバディを喪った。今は同じくフライトバディを喪った別のパイロットと二機編隊(エレメント)を組んでいる。

 ここに至るまでに、何人もの仲間が欠けてしまった。誰もが欠けた穴を歪に補い合いながら、この戦場に立っている。


 どこにも居場所のない世界で、互いの手の届く範囲だけが2人の居場所だった。でも、地球を飛び出して、その手はもう少し色々な所に伸びるようになっていた。それはこんな最果てまで来なければ、見えなかった景色であるような気もした。

 調査隊入りを望んだのはユリアだった。そしてその果てにある終わりを決められるのは、もう兄である自分だけなのだ。


(ユリア。俺はユリアの選択を、間違いにさせはしないよ)


 鳴り止まない敵撃破の通知音の狭間に、味方機撃墜のアラートが鳴っている。

 ブリーフィングで、シキシマはこの戦いはきっと人類の運命を左右するのだと言っていた。正直、今でもユリアの居なくなった世界なんてどうでもいいと思っている。でも、これが本当に人類の運命を変えるほどの戦いなのであれば、それはここに至る道筋を自らの血で描いてくれたユリアに、みんなに、報いる事になるのではないだろうか。そうすればきっと、煉獄の狭間から天国を見上げることなく、すぐにユリアに会いに行けるに違いない。

 

 ヘルメットの内側で、かすかにユリウスは口の端を持ち上げた。シミュレータルームでユウが言った、ユリアを理由にしていい、という言葉が今になってすとんと胸に落ちる。

 視界が開けていく気がした。番人として戦場の目の役を果たし続けていた勘が、一つの可能性を拾い上げる。


「ローラン」

『どした、ユリウス』

「あの白いヤツにくっついてるところ、少しだけ分厚くなってる所がある気がするんだ。あそこ、スキャンしといたほうがいいと思う。もう少し前に出ても、いいか」

『……おう、もちろん!』


 危険度が跳ね上がる提案にしかし、新しい相棒は不敵に笑って応じてくれた。


次回の更新は6/27です。

それではまた、次回。

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