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第9話 ハッピー・バースデイ、ユウ ③

 食堂の隅っこで、フォルテはぼんやりと正面に座ってちびちびと酒を呑んでいるクロエを見つめていた。時折クロエが穏やかに話しかけられると、ぼうっとした様子のままこくんと頭が頷く。


「ここ、いいかな」


 横に立ったユウがそう尋ねると、フォルテはぼんやりとしたままの表情を振り向けた。少年らしいフォルムの細い首のコネクタから伸びたケーブルが、クロエの太い首元まで伸びている。


「ユウ……」


 やわやわとした声がユウの名を呼ばわり、こくんと頷く頭が答えた。同意と見なして隣の椅子を引き、腰を掛ける。


「クロエ少尉も、こんにちは」

「おーぅ。おめでとうさんな、ユウ」

「ありがとうございます。とは言っても誕生日、まだひと月は先ですけどね……」

「なっはっは。太陽系の端っこまで来て細けェことを言いなさんなよ。どうだね、一献」


 普段のクロエと比べてずいぶんと穏やかな声と共に差し出された、ステンレス製の小さな酒器をユウは見下ろす。隣でとろんとした表情のフォルテが、自分と酒をぼんやりと見る気配がした。小さく息を吐いて、透明な液体を一口含む。ほのかな甘みを感じるアルコールをこくんと飲み下すと、熱を感じる液体が喉の奥へと滑り落ちていった。

 ほう、と熱い息を吐き出したユウに、クロエが薄く笑う。


「フォルテの事を見に来てくれたんかね」

「ええ、まあ……。折角だからケーキ、一緒に食べようかなって思ってたんですけど。少尉も味覚共有出来たんですね」

「まァな。スター・チルドレンはほれ、脳直結で動かせる機だからよ。んで俺もBMI入れてンだ」


 操縦桿握る方が好きだがね、と言って笑うクロエの厚い手が、酒の減った酒器になみなみと追加を満たす。揺れる水面を見ながら、フォルテがこてんと頭を卓に落とした。


「美味いんだな、酒ってさ。ふわふわして、なんだかこのまま飛んでいっちまえそーだ。オッサンに飲もうって誘われて呑んでんの」

「そっか。最近ご飯一緒に食べてないから、実はちょっと心配してたんだけど。クロエさんと一緒だったならちょっと安心した」

「……ん」


 フォルテが空の酒器を掲げる。ユウは自分のそれを持ち上げて軽く合わせると、もう一口酒を口に含んだ。ユウの仕草を真似するフォルテに合わせて、クロエも酒を飲む。三人揃って、低い吐息を漏らした。


「無理してない?」


 ユウも卓の上に頭を落として、フォルテに目線を合わせる。フォルテの機械の瞳の奥に、カメラのレンズのような機構がわずかに透かし見えた。それを亜麻色の睫毛が半分、覆い隠す。


「してる」


 機械の喉から押し出された声は、ひどく弱々しかった。自分で聞いたくせに、一瞬息が詰まる。フォルテはシミュレータ訓練にも積極的に参加しているし、アサクラのデータ解析にも協力的だ。哨戒の護衛でもよく飛んでいる。彼はいつも、今までどおりのスペックを維持し続けていた。


「そっか。……そうだよな」

「ここで無理しなきゃさ。ユリアんとこに行った時、どのツラ下げて会いに行けばいーか、わかんないからさ」


 ゆっくりと、噛みしめるように言うフォルテの声を、ユウはただ聞いていた。フォルテの前にある酒器に、黙って自分のそれをぶつける。そんなユウに、フォルテはなあ、と言い募った。


「電脳にコピーされた俺はさ、電脳が壊れたら死ぬのかな。死んだら、俺も天国に行けると思う?」

「……どうだろう」

「天国の俺の席には……もう俺のオリジナルが座ってるよなあ。俺の入る余地、あるかなあ……」


 フォルテの指が伸びて、空の酒器の縁に掛かった。丸い底を軸にして、くるくると小さなそれを弄ぶ。


「会いたいんだ、おれ」


 どこか夢見心地な声が、切実な言葉を紡ぎ出す。


「会いたい。ユリアにまた会いたい。会いたいよ。会えるかなあ……」


 切実なその声は、光とともに消えてしまったのシエロのことを思い出させた。

 あの時やり遂げた、と告げたシエロの魂はどこへいってしまったのだろう。自分に統合されてしまったのだろうか。フォルテの言うように、天国の自分のための席に先に座ってしまったのだろうか。


(それとも、キミの世界のリサのところへ行ったのか……悠)


 その問いに、答える声はない。


「会いたい。会いたいなあ……」


 ただひたすら繰り返されるフォルテのその言葉を、ユウはただじっと聞いていた。

次回の更新は6/13です。

それではまた、次回。

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