第9話 ハッピー・バースデイ、ユウ ①
ぱん、ぱん、と軽い破裂音が幾つも響き、顔に何か細かなものがひらひらと降り注いだ。
「「ハッピーバースデー!」」
「……は?」
色とりどりのテープと紙吹雪を浴びて、幼稚園児の工作みたいな姿になったユウは状況を理解できずにただ生身の左目を一度ぱちくりと瞬かせる。青く透ける機械眼に、食堂にでかでかと掲げられた「HAPPY BIRTHDAY!」の文字列が映り込んだ。
「待って、何? 今まで誰かの誕生日を祝う機会なんてなかったよね!?」
「サプライズです。だいせいこーう。いえーい」
食堂中から向けられた生温かい視線の半ばで、何故かコンラートに肩車された13番が相変わらず抑揚の薄い声で楽しげに万歳をしてみせる。
「やあ、来たねユウ」
続いて背後から声を掛けられ、振り向いたユウは目を剥いた。艦隊の胃袋を支える糧食班の班長、みんなのお袋ことナタリアが押している台車の上には5段積みの巨大なケーキが乗っている。
「何ですかナタリアさんそれ」
「おや、バースデーケーキだよ。まさか知らないのかい?」
「それは知ってますけども!!」
「いやさ、いよいよ決戦が近いから決起会をしよう、なんて話が降りてきてね。でも考えてもごらんよ、こんな後のない状態で決起会なんてやったら縁起が悪いじゃないか? それならお祝いにしちまおうと思ってさ。で、一番誕生日の近かったアンタに白羽の矢が立ったってワケ」
「はぁ!? いいじゃないですか決起会のままで! 士気とか大事でしょ!?」
「ヤだよ。縁起が悪いって言ったろ? どうせなるようにしかならないよ、それなら肩をの力を抜いた方が良いに決まってる。それに死ぬかもしれない戦争の覚悟を決めるより、誰かが産まれた日でも祝ってたほうがずうっといいよ」
でも、と言い募ろうとしたユウの肩を、ナギがぽんと叩いた。
「諦めろユウー。まあ要はみんなが気負わず楽しめる場を作るために、キミはダシにされたんだ。これも務めだと思って大人しく祝われてな~」
「朝から俺をシミュレータルームに引きずり込んでたのはこのためだったな、ナギ……」
視界にぶら下がるクラッカーのテープを毟り取りながら半眼で睨むユウに、ナギは明後日の方を向いてぴーひょろと下手くそな口笛を吹く。
「ナンノコト~? 最近の日課じゃん日課~」
お前な、と半ばやけっぱちにノリツッコミの要領でナギに掴みかかろうとしたユウとナギの前に、コンラートの肩から飛び降りたミラがしゅたっと割って入った。
「そんな事をしている場合ではありません、ユウさん。お役目があるのですから」
少女のヘーゼルの瞳がひたとユウを見据える。その視線にユウが気を取られた隙に、ナギが素早い猫のように身を翻して逃げ出した。それを気にもとめず真剣な眼差しで見つめる少女に、ユウの表情も硬くなる。
「そうだよ、こんな事してる場合じゃ――」
「バースデーケーキのロウソクを吹き消すのは誕生日を迎えたものの義務だと伺いました。さあ、役目をどうか。義務が果たされなければケーキを切り分けられません。ぎぶみーけーく、ぷりーず」
「…………」
生身の左目だけがきろりと動いて、巨大なケーキにせっせとロウソクを立てているナタリアを見た。艦隊の母は諦めろとでも言いたげにニッと笑う。
むむむ、と唸ったユウの生身の目とは裏腹に正面に固定されたままの機械眼の視界が、食堂の端に白いナギの姿を捉えた。どうやらフライトバディであるラニに捕まったらしい。
「や〜〜っと捕まえた!! 今日こそは私とご飯を食べましょう! あっ勿論ケーキも! 逃がしませんからね!」
「ええー。ユウを連れてきてボクの仕事はもう終わったじゃん。お役御免なんだけどぉ」
「何言ってるんですかパーティーはこれからですよこら帰ろうとするな! ほらご飯ですよ! 唐揚げ! ピロシキ! シュニッツェル! エビフライもあります!」
「揚げ物ばっかじゃん」
「こらーっ、か・え・る・な〜〜〜〜!」
嫌そうにラニを引き剥がそうとしているその姿に、わずかに溜飲が下がる。重なった視界の中で、ちいさな炎が幾つも揺らめき始めた。
食堂中から向けられる視線に乗せて、応援や揶揄い、同情がユウの表面を優しく撫でる。なんとも言えない据わりの悪さは残っていたが、そこには同時にこの戦争が始まる前の居場所に似た、ひどく懐かしい温かさがあった。
ユウは一度肩を落として、小さくため息をつく。そして巨大なケーキに身体ごと向き直ると、大きく息を吸い込んだ。誰かがヒュウ、と口笛を吹く音が耳に届く。
こんな事していていいのかという気持ちと、もうどうにでもしてくれという諦めと、それから優しい安堵感がないまぜになった息を、ユウはケーキに連なるロウソクの群れに吹きかけた。




