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第6話 人生の軸に ①

『帰投を許可する、左翼格納庫04に着艦せよ。通信終了(オーバー)

『お疲れ、ユリウス。やっぱ上手いな、助かったよ』

「ありがとう。ローランもお疲れ」


 機首を帰る方向に向けながら、ユリウスはおざなりに答えて音声通信の入力を切った。艦の手前に設定した地点までの移動をオートパイロットに委ねると、ヘッドレストに頭をもたせかける。長い吐息が口から漏れ、ヘルメットの内側に生暖かい熱がこもった。


 早期警戒機(ヘイムダル)哨戒機(ヤタガラス)の正規搭乗人員は、おおよそ半数に減じていた。控えのパイロットは居るが、機体が足りていない。土星圏よりヘイムダルが二機供与されたが、失った六機にはまるで足りなかった。ユリアの機体は回収されたが、酷く損傷したそれは未だ修理中である。必然、定期哨戒のローテーションが回ってくる回数は増えることになっていた。

 さらには木製圏から土星圏への平和な定期哨戒と異なり、頻繁に戦闘も発生している。それはあの巨大な()()の来たその先へ向かっている証左のようだった。哨戒に出れば必ず鳴る敵影検知のアラート音は、知らず神経をすりおろす。

 それは命の危機に由来するものではない。ずっと哨戒任務を担ってきたユリウスにとって、敵検知のアラートは日常の音だった。ユリアに大丈夫だよ、と笑って、子供扱いするなと拗ねられたり、逆に気遣われたり、ただショートコールを交わし合ったり。それはほぼ必ずユリアの呼応と共にある音であり、それゆえに日常足りえていたのだ。

 ユリアはもう応えない。代わりに応えるのはローテーションで日々代わるフライトバディの声であり、それは妹の部屋の扉を開けた時に知らない男がその中に居たような、嫌悪と拒絶がない混ぜになった感情となってユリウスの神経を少しずつ削っていった。

 任務(しごと)と日常を常から切り離していればこんなことにはならなかったのだろうか、と自問する。無理だろ、と間髪入れずに自分の中の()の部分が冷ややかに笑った。

 穏やかな生き方なんて知らなかった。軍に入る前のほうが、いや侵攻に世界が沈む前のほうが色々と事欠いていた人生だ。日常とはユリアだった。ユリアがいなくなった今、戦場にまで色濃く混ざり合っていた日常は淡雪のように溶け消えてしまった。何をしていても帰りたいような気持ちが思考の隅に張り付いていて、自分の存在が世界というレイヤから剥がれ落ちたような感覚がある。生きた心地はあまりしなくて、その生と死の狭間に居るような気持ち悪さには罪悪感があった。


 吐く息の熱が、ヘルメットの内に(こご)る。ユリアと飛んでいた時には気にしたこともなかったそれは、妹が残した生々しい生の実感(じぶんのいのち)だった。あのいけ好かない上官(ツェツィーリヤ)に言われた死ぬな、という言葉が繰り返し脳にリフレインする。まだ死んでいない。まだ生きている。守るべきもの(ユリア)のいなくなった世界に、まだ。

 生きた心地はしないが、生の実感はある。生きていたいとは別に思わなかったが、死んでしまいたいともまた思わなかった。今は、まだ。

 今死んだら、ユリアに蹴り殺される気がする。いや、合わせる顔が無くて、終末の喇叭が鳴るまで煉獄から天国を見上げる羽目になりそうだった。


(ユリアがフォルテを寄越してくれなきゃ俺もきっと死んでた)


 帰艦してから繰り返し、繰り返し戦闘ログを遡って、ユリアが生存出来た可能性を考える。だがあの状況からは、何度繰り返せどユリアと自分の死が反転することはなかった。ユリアがフォルテを行かせたから、自分もフォルテも生き残ったのだ。

 あの子はきっと、あの最悪の中で、最良の未来を掴み取った。俺が死ねば良かった、と思う余地すら残してくれなかった。


「さすがだよ。最高だ、ユリア」


 ぽつんと、呟く。広範囲走査クロスリンクの焦点がぴたりと合った時のように。籠もる声が、頭蓋越しに鼓膜を揺らした。


 自分に縋る妹の手を、離せないと思っていた。支えているつもりだった。守っているつもりだった。

 でもユリアはとっくにフォルテの手を取っていたし、自分(あに)を支えていたし、最後には守りを与えて死んだ。縋っていたのは自分のほうだ。あの子に甘えていたのは自分の方だった。


 ――ユリアちゃんの手を離すなら、そろそろ人生の真ん中に貴方自身を置きなさいな。


 あの戦いに出る前にツェツィーリヤに言われた言葉をふと思い出す。認めたくないが、あの無駄に美人な中尉の言う通りだった。

 ユリウスはグローブに包まれた自分の手を見つめた。人生の軸を、自分に。ユリアを戦う理由にしてはいけない気がした。いい加減に自分の足で立たなければいけないのだ。

 その方法をまだ見つけられずにいる思考に、機体からのメッセージが覆い被さった。


 ――警告。目標地点に接近しています。


 ユリウスは一度ぎゅっと拳を握りしめてから、操縦桿に手を伸ばした。


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