第1話 彼方の我らより ②
「……これで終わりか?」
ノイズさえも消えた空間で、ぽつりとフォルテがそう聞いた。
「そうだね。データとしてはもっと大きかったんだけど転送が間に合わなくてこれはここまでだ」
「これは?」
他にもあるのか、とユウが目線で促せば、アサクラは鷹揚に頷いた。
「あとは文字データとマッピングデータかな。映像っぽいものもあったけど、そっちは破損していてファイル自体が開けなくてね。それを見る前に……どうだった? フォルテ」
フォルテは肩を竦めて首を横に振る。
「特にサブリミナルなもんは含まれてなかったぜ。ノイズの部分も単に壊れてるだけだ。何かを隠しているワケじゃねー」
「おっけー。文字データだけど、破損はこっちのほうが酷くてね。追加で拾える情報はほとんどないんだけど……」
アサクラが多面モニターに文書ファイルを展開する。意味をなさない文字列をふんだんに内包した、みっちりと文字の詰まった文書を睨んでユウが眉間に皺を刻んだ。
「ユウも拡張脳つけりゃいーのに。便利だぜーこういう時は」
瞬きもせずに忙しなく動く眼球で刻みつけるようにそれを追っていたフォルテが、ちらりと一瞬ユウに視線を向けて事も無げに言う。ユウは眉間に寄せた皺を深くした。
「拡張脳……は、あんまり使いこなせる気が」
「そういうもん? シエロは使ってたろ、アレ。シエロがあんただったって話ならあんたにも使えそーだけどな」
まぁいいや、と呟いて機械の眼球が再び文字列を追う。数秒目まぐるしく動いた後、ぴたりと止まった視線がアサクラに向いた。
「つーか何で目視確認なんだよ。アサクラさん、データでくれよ」
「おや。この出自の良く分かんない自称未来産のデータ、直接電脳に入れていーのぉ?」
「う……それ、は」
「ってわけで目視で頑張ってねー。拡張視界は同期してるよ、好きにスクロールしちゃって」
「へーい……」
拡張視界経由でフォルテが文字列をどんどんスクロールさせ始め、ついていけなくなったユウはモニタの情報を追うのを諦めて、フォルテを眺めているアサクラへと声を掛けた。
「フロストアーク、無事なんでしょうか……。その、さっきの音声では壊滅したって」
「さあ。なんとも言えないねぇ。ただ、シエロは今の状況を"マシ"だって言ってた。違う展開を進んでいる可能性は大いにあると思うね。兎にも角にも僕らはもう後戻り出来ない。今考えなきゃ行けないのは行き先のほうだよ」
「"星の卵"……、が俺たちが今向かっている先にあるんですかね。アザトゥス母星と星の卵は同じなんでしょうか」
「どうなんだろうねぇ。この文字データ解析は一度僕が済ませてるんだけど、アザトゥス母星と星の卵の関係性については不明瞭なままだ。実は音声でノイズが入っていたあたりの情報は文書からも拾えなかったんだよね。"僕"の言うところの矯正力が働いてる可能性がある」
ユウは顎と唇に指を添え、少しだけ俯いて思考しながら答える。
「シエロ……いえ、"俺"は、時間の捻じれた次元孔を辿って戻ってきたって言いました。それからアザトゥスも同じ、だとも。星の"卵"と"母星"……"卵"が時間が経って育ったものが"母星"なのか、"母星"が生み出したものが"卵"なのか……」
「あはは、卵ニワトリのジレンマだ」
「あの。真面目に考えてるんですよ俺は」
ごめんごめん、と笑ってアサクラはビーカーに満たしたコーヒーをかちゃかちゃとかき混ぜた。底のほうに溶け残った砂糖が堆積しているそれをごくりと一口飲み込んで、机上の混沌を押しのけながらビーカーをキーボードの脇に置く。その手で混沌を掻き分けて、ユウがつけているのと同じ義眼の補助装置を手に取った。それを慣れた手つきで右目に装着すると、かちりとスイッチを入れる。聞き慣れた起動音と共に、アサクラの深淵の目が片方、薄青の輝きを放った。
「え……」
言葉を失ったようにただそれを見つめていたユウの口から、呆けたような声が漏れた。
「アサクラさん、その、目……どう、したんですか」
「初めての術式を他人で試せないしねぇ。痛覚遮断の実験にも丁度良かったから」
くしゃりと表情を歪めたユウの額を、アサクラは勘違いしないでよー、と言いながら小突く。
「僕は僕の肉体拡張のためにコレが必要だったの。ユウのそっちはおまけだよ、おまけ。ほら、同期して」
拡張視界に飛んできた同期要請の同意UIに触れると、軋む心を追いやるかのように視界に複数のデータ閲覧ウィンドウがばら撒かれた。ちいさな接続通知音が控えめに鳴って、フォルテも共有視界に入ってくる。
「ダーメだ。破損データはどうにもならないし、音声が削れてた部分は文書のほうも削れてやがる。まるで見られたくねーモンでもあるみたいだ」
「やっぱりかぁ」
「あ、でも一か所だけ何とか復元できたぜ。ここだけ単純な数字だったから」
そう言ってフォルテは拡張視界上に小さなウィンドウを開いて、小数点を含む数字を二つ、表示させた。それを眺めたアサクラが顎を撫でる。
「これは座標データかなぁ……? うーん、これだけだとなんとも言えないな」
「だよなぁ……」
はぁ、とため息をついてフォルテはぐうっと身体を伸ばした。その動きに弾かれたデータウィンドウが視界からはみ出そうとするのを、ユウが捕まえる。何かの画像データのようだった。地図のようにも見える。
「これは?」
「それね。何かのマッピングデータだね。星の卵かアザトゥス母星の地図なんじゃないかなぁって思うんだけど」
「このマッピングデータにさっきの座標っぽいのを入れてみたらどうです?」
「うーん、緯度経度情報まで入ってるかなぁ」
訝しみながらも地図データに座標をマッピングさせたアサクラは、煮え切らない表情で頭を掻いた。座標を示すピンは、地図データの何もないところにぽつんと立てられている。
「やっぱダメかぁ」
期待してなかったよ、と言いたげにフォルテは肩を竦めた。
「とりあえず分かったことは、星の卵と、アザトゥス母星があるってコト。それからよくわかんねーポエムと、よくわかんねー座標と、よくわかんねー地図か。何もないよりゃマシなのか……?」
「今俺たちは星の卵に向かってるんだよね。アサクラさんは……えっと未来のほうのね、殻を割れって言ってた。星の卵は次元孔の向こうにあるのかな」
「なんだ、次元孔って」
「シエロが言ってたんだよ。"自分は時間の捻じれた次元孔を辿って戻ってきた"って。だからもしかしたら、星の卵はその次元孔を通らないと辿り着けないのかもしれない」
ふぅん、とフォルテは曖昧な相槌を打つ。
「いよいよフィクションじみてきたな」
「…………そうだね」
ユウは頷き返して、見慣れない地形のマッピングデータを見上げた。未来の自分はあそこから戻ってきたのだろうか。そんな二人に、アサクラは倦んだ笑みを見せた。
「行ってみたら分かることもあるかもしれないねぇ。"彼方の我らより"――か。この"鍵"は僕の趣味じゃないけど、何とも言い得て妙だね。さしずめここから先は鍵穴探しの旅ってわけだ」
本話より第6章「星の卵」開幕となります。
立ち止まることを許されぬまま、喪失のその先へ。
残り少ない彼らの旅を、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。
次回の更新は4/18です。
それではまた、次回。




