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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記  作者: 新井 狛
第五章 土星の環でワルツを
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第15話 フロストアーク迎撃戦 − Phase4:マザー・コア ①

 核を示す赤い光点は、手前の20個ほどが検出されてからは徐々に検出速度が緩やかになっていった。検出された核は真夜中に光を浴びた岩礁の海蛆(フナムシ)のように、気味の悪い動きで右往左往と動き回っている。見つかってしまった事に怯えているのか、それとも初めから()()だったのか――まあ後者なんだろうな、と思いながらユリウスは逃げ回る核に照準補助の楔を穿った。

 複数の戦艦主砲が迸り、交わり束ねて赤い点を貫く。ぽーん、と少し気の抜けるような音と共に光点が消失すると、広がる肉の平野の端がはらりとほどけるように崩壊していった。肉塊の群れは崩壊した肉片に夢中になり、群れの攻勢の手も緩み始める。


『兄さん、()()()()


 いくぶんか(いろ)を取り戻したユリアの声が、インカム越しに囁いた。精緻な操縦を強いられ続けている半身(いもうと)の声はまだ硬く強張ってはいたが、ようやく射した光明にほっとしている様子も窺える。

 うん、と相槌を打ったユリウスは、核探知(コアスキャン)のマッピングデータの横に展開させた解析ウィンドウを眺めた。アザトゥス母艦と命名された巨大な肉の塊は、崩壊と捕食によって増減を繰り返しながらも徐々にそのサイズを縮小し始めているのが見て取れる。

 手前から徐々に崩壊していく肉塊との距離が、僅かに開き始めた。アザトゥス母艦は巨大すぎて、そのすべてを核探知(コアスキャン)システムの範囲内に収められていない。無数の肉塊たちは崩壊する母艦の肉を食うのに夢中で、あぶれたものがぽつぽつと寄ってくる程度だ。もう少し前に出てスキャンの範囲を広げるべきだと判断する。


「少し前線を押し上げたい。データリンクした位置までエスコートを頼めるかな」

『はぁーいお任せ~』

『えぇいマックスその気の抜ける返事をやめろ! チャーリー、デルタ、一気に押し上げるぞ』

『『はぁーい』』


 相変わらずゆるふわな雰囲気のアークトリア第三部隊がスラスタを吹かす。食べ放題(バイキング)にありつけなかった肉塊たちが伸ばしてくる食指を、星の子供(スターチルドレン)たちが薙ぎ払った。相変わらず宇宙の奥からはひっきりなしに新しい個体がやってくるが、それらもほとんどが誘蛾灯に誘われる虫たちのように崩壊する肉に向かっていく。互いに貪り貪られあうその姿に、言いようのない嫌悪感が臓腑の裏側をきりきりと擦った。

 スキャン範囲が広がり、ぽーん、と核の消滅する音にティン、と軽い検出音が交じり始める。検出範囲の拡大に伴うように、背後の味方艦の群れも徐々に戦線を押し上げ始めた。小型艦が何隻か突出し始めているのを見て、ユリウスは眉をひそめる。


「艦長、こちらユリウス。突出しすぎている艦がいるんですが、大丈夫です? 応答願います(オーバー)

『企業連合のほうで爆撃機の投入を再度試すらしい。今前に出ているのは武装輸送艦だそうだから――』


 シキシマの応答の語尾を、断続的に重なる検出音がかき消した。連続しすぎて長いアラート音のように鳴り続ける音とシンクロするように、核探知(コアスキャン)のマッピングデータには赤い点の集合体が穿たれていく。


『なんだ、不具合か!?』

『兄さん、これって――』


 シキシマの険しい怒鳴り声と、ユリアの怯えた声が重なった。点描で巨大な心臓を描くように形を成していくその手前で、相変わらず海蛆(フナムシ)のように動き続けている赤い光点を見て、ユリウスは違う、と呟く。不具合ではない。これはちゃんと検出された情報(データ)だ。


『失礼しちゃうなー。不具合(バグ)なんて起こしてないよ。ねえユリウス?』

「……………はい」


 呻くように答える。恐怖と興奮が胸の奥で混ざりあって、心臓が鼻先まで迫り上がってきたかと誤解するほどに全身に激しく鼓動を刻みつけた。ユリアの緻密な操縦によって保たれていたマッピングデータがかすかに揺らぐ。細く長く息を吸ってから、努めて穏やかな声を出した。


「大丈夫だよ、ユリア」


 それは浅くなった呼吸を怯えた(ユリア)に気取られまいとしているのか、自分自身を宥めようとしているのか、自分にももう良く分からない。ただ揺らぎを消すことに意識を集中させて、感情を抑えつけた。少し乱れたユリアの操縦に合わせて機体の角度を微かに調整しながら、トーンを保ってアサクラに尋ねる。


「アサクラさん。こいつを壊せば……()()は止まりますか」

『どうだろうね。見たところどでかい心臓ってよりは核の集合体みたいだからねぇ。撃ったらどうなるかはちょっとわかんないけど……まぁ選択肢はないかな、少将閣下殿?』

『ちょうどうちの解析班から試算が来た。——うん、核の分布間隔から計算して、今のやり方ではこいつの撃破は()()()()()()。そのいかにもな弱点の破壊に賭けるしかないね。ヘイムダル――いや、ユリウス・トルストイ上等兵』

「……は、はい!」

『こちらは土星基地司令カスティーリャだ。君たちトルストイ兄妹のそのスキャンデータが我々の生命線となる。死んでもスキャンと照準補助を維持しろ』

『「了解(アイ・コピー)閣下(サー)!!!」』


 張り詰めた語気の強い命令が、薄い平静の殻を吹き飛ばした。上ずった応答にユリアのそれが重なる。ばくばくと心臓が早鐘を打った。じっとりと汗で湿るグローブを動かして、巨大な肉の巨大な心臓に照準の楔を穿つ。覚悟の滲んだカスティーリャの声が回線を駆け巡った。


『作戦変更! 防衛軍とアークトリアの全艦は主砲照準を仮称マザー・コアに変更せよ! 一斉掃射でこれを破壊する。合図待て! アークトリア以外の土星企業連合艦は引き続き部分破壊を継続!』


 旗艦のオペレータによってユリウスの付けた照準補助データに「マザー・コア」のラベルが張られる。


『防衛軍およびアークトリア艦隊(バトルグループ)統制射撃コーディネイティッド・ファイア準備。カウント・ゼロを待て!』


 味方艦の向きを示す三角形の頂点が、ゆっくりとただ一点に向かって絞られ始めた。


『おー、こりゃ壮観だな。フォルテ、背部カメラを見てみろや』


 ユリウス機の護衛にぴたりと張り付いているクロエが、愉快そうにそう言ってくぐもった笑いを漏らす。食肉パーティにあぶれた肉塊を撃ち落としながら、フォルテが呆れたように「よそ見すんなよ、おっさん」と混ぜっ返した。その会話に混ぜ込むように、次々と主砲チャージ完了の報告が上がる。


『全砲門エネルギーチャージ完了! 友軍機の射線上から(ファイアリング)の離脱を確認(ライン、クリア)! カウントダウン開始……5、……4、……3、ターゲット・ロック確定、2、……1、撃て(ファイア)!!!』


 視界が真白に染め上げられる。数十艦の艦砲を束ねた光が、真空を切り裂いて巨大な肉の心臓にその牙を突き立てた。巨大な肉が蠕動するようにぶるりと震える。肉の大地には巨大な孔が空き、標的喪失の音が断続的に鳴り響いた。


『第一射効果確認、目標未だ健在! 全艦、第二射用意! このまま圧殺する。撃ち続けろ!』


 鰯の群れのように波打って逃げようとする核の集合体(マザー・コア)をユリウスの照準補助は逃がさない。

 膝が笑っている。身体の芯から来る恐怖と興奮が、全身を細かく震わせていた。操縦桿にそれが伝わらないように、必死で腕に力を籠める。キャノピーの向こうに光が迸り、赤い光点の集合体が次々と消失していく。アザトゥス母艦の全容を監視している企業(アークトリア)のレーダー班から歓声じみた報告が上がった。


『アザトゥス母艦、崩壊の兆候を確認! 効いてます!』


 わっと歓声が上がる。口の端から乾いた笑いが漏れた。わずかに緊張の緩んだユリウスの視界の中で、赤い光点が一斉に動きを換える。力の抜けかけた背中を、ぞわっと悪寒が駆け上がった。


「待て! マザー・コアの動きに異常が――」


 喉を切らさんばかりの声量で叫んだその言葉を発し終える前に、巨大な肉が――


 ――――――弾けた。


 核を失った崩壊とは違う。それはまるで巨大な肉のうちに内包された無数の核が、各々の意思を取り戻したかのようだった。巨大な群体の形をとることをやめた核の集合体が、肉をまとって四方八方へと猛スピードで飛び散る。


『くそ、取り付かれ――帰艦口の閉鎖を――うわあああああああ!!!』


 前線を押し上げて部分破壊を行っていた土星企業連合の小型艦が、無数の悲鳴と共に肉の渦に飲み込まれた。


『アラハタ・バイオテックの2番艦、通信途絶しました!!』

『全艦後退しろ! 前線下げ――』


 回線を駆け巡る悲鳴を、ユリウスは呆然と聞いていた。何が起きたか理解できなかった。ノイズだらけになった核探知(コアスキャン)のマッピングデータでは核の光点が真夏の死体に集る蠅の群れのように縦横無尽に飛び交い、キャノピー越しに見える視界には肉の大群が迫っている。ぶつん、と横一文字に光の線が走って、核探知(コアスキャン)のマッピングデータが消えた。


『ウス……ユリウス! ユリウス聞いとるか、リバーススラスタを吹かせ!』


 クロエの声が、インカム越しに鼓膜を殴りつけた。

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