第14話 フロストアーク迎撃戦 − Phase3:コアスキャン・システム ①
目まぐるしくカウントダウンを続ける数字は、アザトゥス母艦と仮称された超巨大個体とフロストアークが接触するまでの残り時間だった。無慈悲に減っていくその時間は、時折再計算されてただでさえ残り少ない時間を削っていく。
全隊に出撃を命じたシキシマは、拳を強く握りしめた。白い手袋の内側は、冷たい汗でじっとりと湿っている。
『シキシマくん、少しいいかい』
「少将閣下」
唐突にインカム越しに呼びかけられて、シキシマは拳を解いて指を耳に当てた。個別通信で繋いできたカスティーリャの声は得も言われぬ苦さを帯びていて、それだけで戦況の悪さを感じさせる。
『思っていたより遥かに酷い状況だ。"監視塔喰らい"との直接戦闘経験のある君たちに知恵を借りたい』
「とはいえ規模が違いすぎますが……ええ、勿論。アサクラも近くにおります。音声をスピーカーに切り替えても?」
『構わない。よろしく頼むよ』
電源のある壁際に移動して相変わらずラップトップを眺めているアサクラのそばへと歩み寄ったシキシマは、その肩を軽く叩いてから通信音声をスピーカーモードに切り替える。お待たせしました、と声を掛けるや否や、カスティーリャは本題に入った。
『早速だが状況を。現状ひとまず艦砲掃射を試みているが、これでは撃破に至らないのは見ての通りだ。"監視塔喰らい"の時は爆撃したんだったね?』
「ええ、そうです。広範に肉を吹き飛ばせば核が見える、というごく単純な話です。核を潰せば奴らは死にますから」
『単純ね。確かに単純だね。ちなみに現状もごく単純だ。雑魚が多すぎて爆撃機が近付けない』
シキシマは正面のモニターを見上げる。広がる肉の大地からは、繊毛のように無数に生えた触手の群れが小型を捕らえては取り込み続けていた。だがその上を飛び回る肉塊の数はさらに多く、一向に減る気配を見せない。
『企業が人格コピーの精鋭部隊で突破を試みたが、これは失敗に終わった。タイタンの駐留部隊は既にこっちに向かっているけど、間に合うかは正直なところ五分五分だ。追加の火力は見込めないと思ったほうがいい』
「艦砲をいったん雑魚処理に切り替えるのは?」
『それも難しい。あれは今も加速し続けているが、艦砲での牽制で少しだけそれを抑えられているというのが解析班の見解だ。これを見てくれ』
シキシマ宛に、短い画像ファイルが送られてきた。シキシマはファイルの圧縮を解くと、手元のホロモニタでそれを再生する。透ける表示領域の向こう側から、アサクラの黒い瞳がじっとそれを見つめた。
映像の中で、複数の艦砲が一点集中で発射される。わずかな時間差を置いて次々と発射されるそれは再生を許さずに肉を穿ち続け、その奥に蠢く核を露出させる。シキシマは瞠目した。
「核……!」
紫電の閃光が蠢く核を抉り取る。ばら、と広大な肉の平野のわずかな一角がほどけるように宇宙に散った。飛び回る肉塊たちがそれに群がり、瞬く間に散らばる肉を食い尽くす。そうして質量を増やした肉塊を、巨体から伸びたうねる触手が絡め取った。崩壊した部位に再びじわじわと肉を広げ始める巨体を引きで映して、映像が止まる。シキシマは眉間に皺を刻んだ。
「これは? 冒頭で破壊したのは核ではなかったので――」
「群体生物みたいになってんねぇ? さしずめ珊瑚やヒドロ虫ってとこじゃない?」
シキシマの声を遮るように、奇妙に明るいアサクラの声が被さった。そうだ、とカスティーリャは答える。
『さすがだね、アサクラくん。うちの解析班も同じ見解を示してる。こいつは"監視塔喰らい"タイプの大型の複合体だ。この中に幾つもある核を潰していかねばこいつは止まらない』
ちなみに、とカスティーリャは苦い息を吐いた。
『ついさっき内包されている核の数は少なく見積もっても3桁は下らないとの試算が出た。爆撃機に核弾頭でも積んでいれば良かったんだけど……いや、今はないものの話をしても仕方がないね。とにかく闇雲にでも核を探して撃ち続けるしか手がない状態で――』
「あー、あるよ」
たん、とアサクラがラップトップのキーに指先を打ちつける。シキシマは眉をひそめて、ラップトップを抱え込んで座ったままの幼馴染を見下ろした。
「ちょうど僕とうちの整備班長でアザトゥスの核探知システムを試作しててねぇ。使ってみる?」
『核探知!?』
カスティーリャの声が驚愕の色を帯びる。
『実現の見込みはほとんどなかったはずだ。専門の研究所でも成し得なかったそれを、一体どうやって』
「木星にアザトゥスと義体の融合を目指して研究してた変態がいたんだよ。そいつの置き土産と、あとはうちのハイドラの協力のおかげだね」
「……聞いてないぞ、キリヤ」
「言ってないからね。君とクピドに黙ってることがハイドラとの約束だったの」
シキシマは眉間に刻んだ皺を深くした。ぎろりとアサクラを睨めつける。
「あの子に何をしたんだ」
「あーやめてよね、尋問もお説教もあとにしてくれるかな。今それどころじゃないでしょ?」
アサクラは肩を竦めると立ち上がった、どーする? と訊かれたカスティーリャがうん、と応じる。
『核探知が出来るなら是非とも試したい。すぐに出れる状態かな?』
「出られるよ。ただしさっき言った通り試作品だからね、少将どの。現状装備しているのはトルストイ兄妹のヘイムダルだけだよ」
『トルストイ兄妹……"双子の番人"か! 実に頼もしいね』
「システムの性質上、二人には最前線に出て貰わないといけなくなる。スキャンが始まったら動けないからウチからもエースを護衛につけるけど、そっちからも少し出してくれないかな。……それでいいよね? ノブ」
「……ああ」
『承知した。アークトリアの精鋭を護衛に回して貰うよう、要請をかけよう』




